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第7話 人を集めよう

 エレインが父宛に書いた手紙の返事が届いた。以前彼女が侯爵家の財政状況を向上させるための助言を求めて書いたものだ。封を切って内容を確かめる。


 書いてあることは、侯爵領で収穫された物については今よりは多少色を付けて買い取ることは出来る。だが、やはり侯爵領にこびりついた呪いのイメージを何とかするしかない。そもそも既に呪いの仮面を被らされている時点で、貴族としては規格外なので、他の貴族と同じような領地の運営では上手くいかないだろう。何をやってもとやかく言われるのだし、それを逆手に取って大胆な方法を取った方が良い、ということであった。


「大胆な方法って……それが何なのか教えて欲しかったんだけど……」

 自分達で考えろってこと?

「でもまあ、作物も今までよりは良い値で買ってくれると言うし、うちの商会に売っても良いか侯爵に伺ってみましょう。確か、庭で草刈りをするって言ってらしたわね」

 侯爵を探すべく、エレインは自分の部屋を出た。




 一方その頃、ハイラムは庭の手入れをしていた。手入れ、というよりは無法地帯のように伸びた雑草を刈り取ってるだけだが。

「おい、ハイラム」

 しゃがんで作業をしていたハイラムに誰かが後ろから話し掛けて来た。仮にも侯爵のハイラムの名をぞんざいに呼ぶのは一人しかいない。

「アーロン、来てたんですか」

 アーロンはハイラムの母方の従弟だ。亜麻色の髪に緑の瞳の美男子で、アーロン本人もそれをよく理解し利用している。ハイラムがうんざりした声で振り返った。ハイラムの手には雑草を刈る用の小型の鎌が握られている。


「……お前がそれ持ってると何か別のものを刈り取ってるように思われるぞ」

「別の何かって何です?」

「生命に決まってるだろ」

 黒く落ち窪んで奇妙に歪む目と口、まるで断末魔を叫んでいるような仮面に鎌を持っていれば、刈り取るのは草ではなく命の方が相応しい。

「まったく、勝手に入ってきた上に失礼ですね」

 文句を言ってハイラムが立ち上がり、服についた草や土を払う。

「で、今日は何か用ですか?」

「そりゃ、お前、侯爵夫人に挨拶に来たんだよ」

「はぁ……」

「何だよ。気の無い返事をして」

「……別に。貴方が失礼な態度を取らないか危惧しているだけです」

「お前の方が失礼だろ」

 ハイラムはため息を吐く。この従弟はいつもこんな感じでああ言えばこう言うのだ。

「まあ良いでしょう。少し休憩します」

 鎌を置き、手袋を取って、ハイラムは屋敷へ向かって歩き始めた。その後ろをアーロンがにやけ顔でついて来る。屋敷に入ったところで、エレインと出くわした。


「あ、侯爵。草刈りは終わりました……あら」

 エレインは侯爵に声を掛けると、彼の後ろにいるアーロンに気が付いて目を丸くする。

「彼は母方の、ラッカム伯爵家の次男、従弟のアーロンです」

 その視線に気が付いてハイラムが説明する。

「お、こちらが噂の侯爵夫人か。よろしくな」

 貴族の子弟にしては随分砕けた言葉使いの男性にエレインは一瞬たじろぐ。一見して美男子と分かる見てくれの割に雰囲気はとても気安い。

「あ、えっとエレインと申します」

「いいって。俺この通り、堅苦しいのは嫌いなんでね」

 エレインが慌てて礼をすると、アーロンは笑って手を振った。

「そうですよ、エレインさん。アーロンに礼儀など不要です」

「何だよ、失礼だな。俺以外に外の事情を教えてやるやつ居ないのに」

 そう言って、アーロンは手に持っていた新聞をハイラムの目の前で振って見せる。

「それは口実でしょう。ラッカム家の屋敷に帰るのが嫌なだけで」


 ハイラムがうざったそうにそれを止める。アーロンはその容貌と地位と財力で舞台女優や未亡人やらと数々の浮名を流している。その放蕩を両親や兄に小言を言われたり、関係した女性達が家に来て詰られたりすることが多々あった。その為、誰も来ないハイラムの屋敷は彼の都合の良い隠れ家になっていた。

「俺ってモテるからさ。ここなら怖がって誰も追って来れないからな」

「人の家を避難所代わりにしないで下さい。まったく困った人でしょう、エレインさん?」

「ふふっ……」

 二人のやり取りに、エレインは思わず笑い声が漏れてしまった。

「エレインさん?」

「いえ、すみません。侯爵にもこういう丁々発止なやり取りされるんだと思って」

 普通じゃない侯爵の普通の青年ぽさが面白くて、つい吹き出したのだ。


 侯爵にも心を許せる友人がいらっしゃるんだわ。良かった。


「笑いごとじゃありませんよ」

 困ったような声音のハイラムに、アーロンがぽん、と肩を叩く。

「仲良くやってるようで良かったぜ。これでも一応、叔母さんにお前の様子を見てくるように頼まれてるからな」

「侯爵のお母様が?」

 ハイラムの母は、ハイラムが呪いの仮面を付けられて以来実家の地所に帰ったままだ。

「それなら自分で見に来たら良いでしょうに……」

「そりゃ、叔母さんにも意地があるからな。親父さんが迎えに来ない限り戻れんだろ」

「そういうものですかね……」

 ハイラムが肩を竦める。息子の心配より意地の方が大事なのだろうか、とハイラムは疑問に思わないではなかった。

「だーかーら、俺が代わりに安否確認しに来てやってるんだろ」

 一瞬、重い空気になりかけたところでアーロンがハイラムの仮面を新聞で軽く叩いた。

「貴方は本当に躾がなっていませんね」

 少し怒ったようにハイラムがアーロンから新聞を取り上げる。


「新聞……あっ!」

 その様子を見ていたエレインが何か思いついたように声を出した。

「どうしました?」

「侯爵これですよ!」

「何がです?」

「新聞に広告を出しましょう!」

 エレインがハイラムの持っていた新聞を掴んでかっと目を見開く。

「え?」

 妻の言っている意味が分からなくて、ハイラムは首を傾げる。

「使用人募集のお知らせを新聞に載せるんです」

「ええっ?」

「なるほど。訳アリには訳アリをぶつけるって寸法だな」

「どういう意味ですか、それは。エレインさん、説明して下さい」

 アーロンの茶化す言葉を睨みつつ、ハイラムはエレインに尋ねる。

「察しの良い俺が代わりに説明してやろう。どうせちゃんとした紹介屋や人伝に頼んでも断られるなら、いっそ大々的に募集しようって腹積もりだろ?」

 自信満々に答えたアーロンに、エレインが悲しそうに頷く。


「はい、そうです。侯爵には申し訳ないんですけど、ここで働くのに紹介状の有無とか身元がしっかりしてるとか、構っている場合じゃないと思うんです。本当に侯爵には申し訳ないんですけど」

「しかし、貴族の体裁というものがありますし……」

「そんなことに拘ってる場合か。そもそもお前がこんな仮面被らされた時点で、貴族としての体裁なんか吹き飛んだだろ」

「侯爵、何も来た人全員雇おうって話ではなくて、勿論ちゃんと面接もして良さそうな人を選別します。今働いてくれてる人もあと何年もつか……彼らのとこも考えてあげなくては」

「それは……」

 アーロンとエレインに畳み掛けられ、ハイラムは仮面の下で弱った顔になった。表面上は相変わらず断末魔の叫びを上げているが。

「モノは試しです。やってみませんか……」

「……ではとりあえず、一回だけですよ。上手くいくか分かりませんし」

 熱意に押されて、ハイラムはついに折れた。

「勿論です。今回上手くいかなかったら、また別の方法を考えましょう」

「よーし、選別の方法は俺にアイデアがある。任せておけよ」

 アーロンが何か企むような楽しむような怪しい笑みを浮かべて親指を立てた。

「はぁ……」


 何を考えているのか、とハイラムが一抹の不安に駆られていると、チリンチリンと小さな鈴が足元で鳴る音がした。

「あら、アローネ」

 いつの間にかアローネが3人の傍に来ていたようだ。エレインが子猫を抱き上げる。

「何だ、猫まで飼い始めたのか」

「ええ。庭で弱っていたので」

「アローネって言います」

 黒猫のアローネをアーロンに見せるように彼の前に差し出す。首には赤い首輪が巻かれ喉元には小さな鈴が付いていた。すぐあちこち移動して姿が見えなくなるので、鈴を付けたのだ。


「へー。黒猫か。不気味な侯爵にはぴったりだな」





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