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第4話 呪いの余波

 大変な思いをする、というハイラムの言葉の意味は侯爵家の敷地に入って分かった。

 

 辛うじて屋敷に続く石畳は残っていたが、屋敷を囲む庭は好き放題に伸びた雑草に覆われ、屋外に置かれる彫刻は風雨に晒され苔や黴による汚れが目立っている。肝心の屋敷もその壁は灰色や黒色にくすみ、蔦がびっしり這いまわっていた。ハイラムの仮面同様、屋敷もかなり不気味な有り様だ。


「どーみても呪いの屋敷じゃないですかっ」

 エレインは馬車の窓から見える光景から、ハイラムの方へ振り返る。

「まさか、お屋敷まで呪いを掛けられているんですか?」

「いいえ。呪われてはいません。この件については、中に入って説明します」

「は、はぁ……」


 大丈夫かしら……中に入ったら私も呪われるんじゃないかしら?


 勝手な恐怖心を抱いて、エレインを乗せた馬車は屋敷の前に停まった。馬車を降りて、屋敷を見上げる。侯爵家ともなればその大きさも相当だ。それが大部分は汚れくすみ、ひび割れ蔦に覆われている。その異様さが間近で見てより分かった。

 扉の前で出迎えてくれたのは、白髪で年配の執事と中年のメイドだけで他の使用人の姿はなかった。


「ぼっちゃ……旦那様、奥様、お帰りなさいませ……ごほっ」

 執事が出迎えの言葉を述べたが、唾が喉に絡んだのか咳込む。

「無理をしてはいけないよ、マーカス」

 屋敷の主人であるハイラムが優しく、老年の執事の肩に手を置き、労った。


 大丈夫かしら、この執事さん……。


「エレインさん。紹介しますね、執事のマーカスとメイド長のジュリ―です」

「あ……エレインと申します。これからよろしくお願いします」

 結婚の挨拶で何を言えば良いやら、エレインはよく分からず、まるで新しく仕事を始めるメイドみたいな言葉が出てしまった。

「うぅっ、ついに旦那様に奥方が……」

 メイド長のジュリーが感涙し、体を震わせる。


 そんなに有難がる存在でもないんだけど……結婚に至った経緯を知らないのかしら……?


 エレインは何となく申し訳なく思った。

「ジュリ―、エレインさんを部屋に案内してやってくれ」

「はい。旦那様。奥様荷物をお持ちしますね」

 ジュリ―に案内され、エレインは玄関ホールから2階へと続く階段を上がっていく。心なしか館内も全体的に薄暗い気がしてきた。


 気のせいかしら……でも、何だか隙間風が吹いてる気がするし……きっと、侯爵家のお屋敷だから、年季が入ってるだけよ。たぶん、きっと、そう。


 エレインは自分にそう言い聞かせる。女主人の部屋に通され、中へ入る。天蓋付きのベッド、箪笥、飾り棚、化粧台、背の低いテーブルとソファ、壁に掛けられたタペストリーなど、どれも歴史ある侯爵家らしい豪華な装飾が施された物ばかりだが、不気味なところはない。エレインはほっと胸を撫で下ろした。荷物を解いて、自分の物を並べればそれなりに居心地の良い空間を作れそうだ。

 ジュリーに礼を言い、下がってもらうと、エレインは驕奢なベッドに座り、ため息を吐く。


 何だかとっても変なことになってしまったわ。あの変な仮面の侯爵と結婚する羽目になって。夫婦になったら、その、そういうこともしないといけないのよね……って絶対無理。あの不気味な仮面を着けたままじゃ怖すぎるわ。

 エレインはぶんぶんと首を振った。


 でも、だからっていつまでも駄目という訳にはいかないだろうし……ああ、どうしたら。

 悶々と悩んでいると、部屋の扉を誰かが叩く。エレインは立ち上がって、はい、と返事をした。


「ちょっとよろしいでしょうか?」

 ハイラムの声だ。

「は、はい。どうぞ」

 ハイラムがジュリーとは別の年配のメイドを伴って入って来た。メイドはガラス製の茶器と白い磁器のカップを二つ置いた盆を両手に載せている。テーブルに茶器と菓子を置き、メイドが部屋から出て行く。残されたエレインとハイラムは向き合ってソファに座った。

 ハイラムが茶器からカップへ茶を注ぐ。そして、意を決したように口を開く。


「エレインさん、率直に申し上げると我が家は貧乏なのです」

「えっ?」

「別に呪われているから、屋敷の見た目がおどろおどろしいのではなく、ただ単に管理し切れないだけなのです」

「どういうことですか?」

 ハイラムの苦々しい言葉に、エレインは困惑を隠せない。少なくとも調べた限りでは、リード侯爵家がどこかの商人に借金しているという話は出て来なかったが。


「全ては魔女の、この仮面の呪いの所為なのです」

「と、言いますと?」

「私ばかりか、領地そのものが呪われている、と思われるようになってしまって……折角作った穀物や野菜が思うように売れないのですよ。質は決して悪くないのですが」

「なるほど。確かに口に入るものですし、曰くつきのものは避けたい、という人々の気持ちは分かります」

「ええ。ですが、こちらも売れないと領民達の生活が成り立ちません」

 エレンは顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「つまり、足元を見られて二束三文で買い叩かれている、と?」

「そういうことです。それに問題は他にもあります」

「まだ何かあるんですか?」

「私の屋敷で働くと呪われるとか錬金術の実験に使われるとか噂されていて、その上こんな不気味な仮面の主人が居ると、皆怖がって寄り付かないのです」

「……えーっと、使用人が雇われれてくれないってことですか?」

「はい」

 これにはエレインもうーん、と唸った。

 だから、邸宅が荒れ放題なのね。誰もこの家に近寄りたがらないから。


「今いる使用人達は、私がこの仮面を被らされる前から働いている者達で、こんな呪いを受けた後も残ってくれています。ですが、体力的にも大変な者達もおりますから、何とかしたいと思っているのですが……この家で働くと分かると皆嫌がってしまって」

「なるほど……」

通常貴族の屋敷で使用人を雇うとなると、馴染みの紹介所や貴族同士の伝手などで人を探す。しかし、そういう身元のしっかりした者達は呪われた侯爵家でなくとも働くところがある。


 これはどうしたものか。偏見や迷信の類いを信じる者は多い。

 エレインだって呪われるかも、とつい先ほど思ってしまったばかりだ。それに評判の良くないところで働きたくない、という労働者の気持ちも分かる。せめて、多少なりとも他より高額な報酬を用意出来れば、来てくれる者も居るかもしれないが、それも難しいときている。


 これは、大変なところへ嫁いで来てしまったわ。


「まあ、こんな状態なので、いずれほとぼりが冷めたら、離縁には応じます」

「えっ」

「え?」

 エレインはハイラムの言葉に驚いたし、ハイラムはエレインの反応に驚いた。


 離縁なんて考えたことなかったわ。離縁したって呪われた死神侯爵と結婚してた事実は変わらないのだし、新しい相手が見つかるとも思えない。侯爵の話を聞いた後なら、尚更。

 ここは腹を括るしかない。


「いいえ、侯爵。私は離縁なんかしません。何とかやってみましょう!」

 意気込んで、エレインは目の前のお茶をぐいっと飲み込んだ。


「あら、美味しい」

 ほんのりとマスカットのような甘さの中にすっきりとした味わいが広がる。思わぬ美味しさに、エレインは目を見開いてカップの中身を見る。透き通る薄緑の液体が注がれていた。


「そうでしょう? 領地で取れるハーブをブレンドして作ったハーブティーなんですよ」



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