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第3話 侯爵家の事情 

 協議の結果、盛大な結婚式は行わず、法務を管轄する役所にて簡単や誓約と結婚許可書の発行を受けるに留まった。ハイラムとしてはこの不気味過ぎる仮面を着けたまま結婚式を挙げるのには抵抗があったし、エレインの方は父が豪勢な挙式をと、気色ばんでいたが、当の娘が死神侯爵の噂が世間に広まるのは得策ではないと説得して、渋々止めさせた。

 エレインは多少おめかししてウェディングドレスの代わりに昼用の白いドレスを纏い、法務官の前で宣誓する。一方、ハイラムは普段着と変わらず、白いシャツに黒いウェストコートだった。

 それが終わり法務官が出て行くと、隣に立つハイラムにエレインは頭を下げる。相変わらず断末魔の叫びを上げる仮面が不気味だ。


「不束な娘ですが、よろしくお願いいたします。この度は本当に申し訳ございませんでした」

「いえ、こちらこそ自分の仮面のことを知らない方がいると思わず、声を掛けてしまって……」

 奇怪な仮面の衝撃で記憶が少々飛んでいたエレインだったが、改めて思い返してみれば確かに、彼はただエレインを心配してくれていただけだった気がする。


 意外に怖くない人、なのかしら?


 社交界で聞いていた噂では、黒魔術に傾倒しているだの、悪魔を使い魔にしているだの、夜な夜なサバトに出ている、毒薬を作っている、呪いをまき散らしている……等々、碌でもないものばかりだった。

 てっきり性格もおどろおどろしい感じなのかな、とエレインは思っていたが、どうやら違うらしい。


 でも、だったら何でこんな気色悪い仮面なんて被ってらっしゃるのかしら?

 エレインはその仮面に少々気遅れしながら、ハイラムに尋ねる。


「あの、お伺いしても宜しいでしょうか、侯爵?」

「はい。なんでしょう?」

「その、お面をどうして外さないのですか?」

「それは……移動しながらお話ししましょう」


 役所を出て、侯爵家の漆黒の馬車にハイラムに続いてエレインが乗り込む。その際、ふわりとラベンダーの香りがした。


 侯爵がつけてらっしゃるのかしら? 怖い仮面をしてるのに意外だわ。


 不思議に思ったが不快ではない。優しい香りに、エレインはほっと心が安らぐ気がした。二人を乗せた馬車が石畳の道を滑りだす。エレインと向き合う形で座っていたハイラムが軽く咳払いをしてから口を開く。


「我が家の恥を晒すようで気が重いのですが……」

「はい」

「私の父は少々その、浮気性でして」

「はぁ……」


 何と反応して良いのか分からないエレインは生返事を返してしまった。政略結婚が多い貴族には愛人を持つ者やお気に入りの高級娼婦が居る者は別に珍しくない。そのことはエレインも知っている。

 侯爵のお父上もそういうタイプの人だったのかしら。でも、それがこのおどろおどろしい仮面とどう繋がるの?


「それで私の父が旅のある占い師と関係を持ってしまいまして……」

 ハイラムがかなり言い辛そうに続ける。

「父が一体どんな睦言を囁いたかは分かりませんが、その占い師は父に本気になってしまったのですが、当然父と結婚出来るはずなどありません……既に結婚していますからね、私の母と」

 ハイラムは濁したが、たかが占い師と貴族の侯爵が結婚など有り得ないことだ。


「それで怒った占い師が呪いを掛けたのです」

「呪い……占い師が? 運勢を占なうのが占い師の仕事だと思ってましたが、人を呪うことも出来るんですか?」

 意外そうにエレインが目を瞬かせる。幸運になるまじないを掛けるくらいならその辺の占い師でもやるだろうが、それが誰かを呪うとは物騒な話しだ。


「ただの占い師ではなかった、ということでしょうね。ある日、夢の中で突然黒いローブを着た女性が現れて息子のお前もまた女を傷つける者になるだろう、と言って目が覚めたら私にこの、取れない仮面が着けられていたのです」

「取れない? 本当ですか?」

「ええ」

「私を揶揄っているのではなく?」

「そのようなことは誓ってしておりません」


 じっとエレインがハイラムの仮面を見つめる。どうやら趣味で着けている訳ではなかったようだが、本当に取れないのかどうかエレインは気になった。


「……試してみても良いでしょうか?」

「……どうぞ」

「失礼します」


 好奇心には勝てずにエレインが呪いの仮面に手を伸ばす。仮面に指を掛け、引っ張ってみた。徐々に力を強めていくが、全然取れる気配はない。

「痛い、痛い……その辺にして下さい」


 仮面に引っ付いた顔ごと引っ張られて、ハイラムは呻いた。その声に我に返ったエレインは恥ずかしそうに頭を下げる。しかし、これでハイラムの語る言葉が真実だと分かった。


「ご、ごめんなさいっ。とうしても気になってしまって……でも、侯爵のお話しが本当なら、ご自身には何の咎もありませんよね?」

 やらかしたのはハイラムではなく、ハイラムの父なのだ。

 それなのにどうして、侯爵に呪いが……?

 エレインは首を傾げる。


「恐らくそれが一番ダメージになるから、でしょうね。それに私はどちらかというと父親似ですし。外れない仮面は父の火遊びの結果を見せられるようなものですから」

 ハイラムは昔を思い出すように仮面の下で目を瞑った。

「多少のおいたには目を瞑っていた母も流石に怒って実家のラッカム伯爵家に帰ってしまいました。私の呪いが解けない限り、侯爵家には戻らないと言って」

「そんな……」

「父も私に掛かった呪いを解こうと、高名な魔術師に頼んだり、解呪に役立ちそうな魔術書やアイテムを集めたりと方々手を尽くしてくれましたが、結局は上手くいかず、失意のまま領地に隠居しました。占い師は侯爵家を罰するのに成功した、ということですね」

「まぁ……」


 淡々と話すハイラムだが、彼は何も悪くないだけに何ともやり切れない話だ。エレインはハイラムに対して同情する気持ちが湧き上がってくる。


「侯爵は苦労されてるんですね」

「いえ。私はもう慣れっこですから。もう13年になりますかね、この仮面と過ごすのも」

「13年!?」

 思わずエレインは叫んでしまった。侯爵は今23歳。つまり人生の半分以上この呪いの仮面を付けていることになる。

「それって大分、大変なことでは……」

 心配そうにエレインは上目遣いにハイラムを見るが、彼は肩を竦めただけだった。

「でも、恐らくこれから大変な思いをするのは貴女でしょうから……」


 意味深な言葉を吐いて、馬車はリード侯爵家の前まで迫っていた。


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