第2話 突然の結婚
「で、責任を取って結婚することになったのか。良かったな、結婚出来て」
「良いわけありませんよ、アーロン」
次の日、リード邸にやって来た従弟の、まるでこの騒動を楽しむような言葉にハイラムはため息を吐いた。ハイラムは23歳、アーロンは21歳と、年が近いこともありアーロンはハイラムに対して歯に衣着せぬ物言いをする。
「だいたい、貴方が強引に私を外に出すからこういうことになったんですよ」
「家に引き込もってばっかりでもしょうがないだろ」
尊大な態度でソファに座り、アーロンはやれやれと手を上げる。
「私が行っても場が盛り下がるだけです。現に昨日もそうでしたし」
この不気味な仮面は見る人々を不安にさせ、楽しい気分を霧散させる。その冷え冷えとした空気に耐えられず、ハイラムは夜会中ほとんど庭を散策することで時間を潰していた。植物はハイラムを怖がったり、嫌味を言ったりしないのでハイラムは花や木を見るのが好きだった。そんな折、俯いているエレインを見つけたのだ。
ちなみに、あの夜会にハイラムを引っ張り込んだのはアーロンだったが、エレインとハイラムの騒動が起きている最中にどこぞの令嬢を口説いていて、現場には居なかった。
「でも、その顔、じゃなかったそのおっかない仮面着けてても結婚してくれる相手が見つかったんだから、結果としては良かっただろ」
「結婚してくれる、ではなく結婚する羽目になってしまった、というかさせられることになった、の方が正しいです。私にも相手にも」
断末魔をあげている形相の仮面を着けているのだ。そんな者と好き好んで一緒になりたい、なんて人間はこの世には存在しない、とハイラムは知っている。
「悪いことをしてしまいました。まさか、私のことを見たことがない方がいるとは思わず。体調が悪いのかと、声を掛けてしまって……」
「ま、起きちまったことは仕方ないさ。ほとぼりが冷めたら、ひっそり離婚したって良いわけだしな。相手がお前なら皆納得するさ」
「そうですね……」
年下の従弟の明け透けな物言いに反論することも出来ず、ハイラムは力なく頷く。
つくづくこの”呪い”の仮面は困りものだ、とハイラムは仮面を恨めしそうに撫でた。
***
一方、その頃エレインはといえば、父の書斎に呼び出されていた。
「でかしたぞ、我が娘よ。侯爵家と縁続きなれるとは大したものだ」
エレインの父は恰幅の良い腹を揺らして満足そうに笑う。爵位も持たない平民の娘が侯爵家に嫁ぐのだ。商会を大きくしたい父にしてみれば望外の快挙だろう。
「でも、あの死神侯爵とか暗黒卿って呼ばれている曰くつきの貴族なのよ。ちっとも良いと思わないけれど」
まさか、あの人が噂の”死神侯爵”だったなんて。
リード侯爵は滅多に人前に姿を見せず、現れても常に恐怖に歪んだような表情の不気味な仮面を着けている得体の知れない人物だ。そんな人と結婚させられる娘の心配をしたらどうなのか、とエレインは口を尖らせる。
「大体誰からも反対されないなんて変だわ。普通侯爵家が貴族でもない商人の娘なんかと結婚するなんて大スキャンダルよ」
それなのに、まるでなかなか決まらなかった邪神への生贄がようやく決まって良かった、みたいな反応ばかりだった。
「なに、本当にまずい人物なら爵位だって剥奪されているか、何処かに監禁でもされているさ」
気楽な父親の様子にエレインは首を振った。
「何だってあの、人が叫び声を上げているようなお面をずっと着けてらっしゃるのかしら? そんなだから死神なんて言われるのよ」
とはいえ、無暗に叫んでしまったエレインが悪いのだ。侯爵に文句を言える立場にはない。
本当に一体どうなってしまうのかしら?
嬉々として結婚の準備を進める両親とは対照的にエレインは一抹の不安を覚える。
自分のこれからの生活もそうだが、死神侯爵に娘を嫁がせるなんて、商売人としての評判は大丈夫なの?
「エレ、もし辛くなったらいつでも戻ってくるんだよ」
エレインの4歳年上の兄ライリーが心配そうに声を掛けた。いつもエレインのことをエレと呼んで可愛がってくれている。
「お兄様、ありがとう。でも、お兄様の婚約がこれでダメになったりしない?」
「それは大丈夫だよ。アイナは大学教授のお嬢さんだからね」
つまり貴族ではないので、関係ないということだろう。
「それなら良いんだけど……もしお兄様の婚約が破談にでもなったりしたら辛すぎるもの」
「僕のことより今は自分のことだけ考えた方が良いよ」
「そうよね……」
気遣う兄の言葉にエレインは力なく頷いた。