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最終話 美形は罪?

「お、ようやく来たのか、ハイラム。遅かったな」

 いつもの気軽な様子で、アーロンが人混みを掻き分けて二人の前に現れる。いつもと違い着飾ってはいるが、見知った人物が気安く話し掛けてきたので、エレインは少しだけ緊張が緩んだ。

「アーロンさん……」

「まったく、俺を伝令代わりにするなんてよ。世話の掛かるやつだ」

 やれやれとアーロンが髪を掻いて、皮肉気に口角を上げる。

「それについては感謝していますよ、アーロン」

「連れて来てやったぜ、お前の両親」

 アーロンが脇へ退くと、ハイラムとエレインの前に二人の人物が姿を見せる。

「まあっ……」

 エレインは驚いて思わず口許に手を当てた。ハイラムの父、前リード侯爵は確かにハイラムとよく似ていた。父親の方は流石に多少くたびれた感じと皺のある顔立ちだが、涼し気な目元とすっと通った鼻筋、形の良い薄い唇などはそっくりだ。一方、母親の方はハイラムの瞳の色が同じだった。琥珀のような金色。間違いなくハイラムは二人の血を継いでるのは明白だった。


 このお二人が、ハイラム様の……。


「父上、母上……」

 ハイラムが感極まった様子で、ゆっくりと仮面を外す。周囲はそれを固唾を飲んで見守っている。仮面の下は、エレインが毎日見ている美しいハイラムの顔があった。


 いつ見てもドキドキするわ。誰かしら、美人は三日で飽きるなんて言った人わ。


 彼の顔を見て人々は感嘆の声を上げるのと同時に、彼の両親と見比べるように視線を忙しなく動かす。

「ハイラム……」

 両親は目に光るものをたたえ、息子を抱き締めた。母とは13年、父とも数年振りの再会だ。感情が昂るのも致しかたのないことである。この光景を見れば、ハイラムをハイラムと疑う者はいない。


 ハイラム様、本当に良かった。


 傍で見ているエレインも目頭が熱くなる。ハイラムがアーロンに頼んでいたことは、ハイラムの父を連れてラッカム家の所領に引っ込んでいた母を迎えに行かせることだった。

「父上、母上。紹介します。私の妻のエレインです」

 親子再会の感動に浸っていたエレインの背をハイラムがそっと押して、彼の両親の前へ進ませる。

「ひゃっ……は、初めまして。エレインと申しますっ……お義父様、お義母様」

 エレインはいきなりのことに驚いて、顔を赤くしながら挨拶する。


 お義父様、お義母様と呼んで良いのかしら……ハイラム様が急に言うからびっくりして全然ちゃんと出来なかったわ。


 焦りながら礼をしたので、エレインの頭の中はぐちゃぐちゃで、動きもぎこちなくなってしまった。

「エレインさんは私の最愛の妻で、私の呪いを解いてくれた方です。エレインさん以外には誰も私に相応しい人はいません。素晴らしい人です」

 これは両親に説明している、というより口さがない者達への牽制であった。

「そうだよなあ。何せあんな不気味な仮面を付けてても結婚してくれたんだもんなー」

 わざとらしく、アーロンがにやけ顔で追撃する。呪いを受けている間は近寄りもしなかったのに、魔女の呪いが解けた途端、エレインは侯爵家に相応しくないなどと言い、その後釜に収まろうとするとは、余りに都合が良過ぎる話だ。

「私はお前の選択に口は挟まないよ。それに、とっても可愛らしいお嬢さんじゃないか……い、いや、何でもない」

 母に睨まれて父は咳払いして誤魔化す。前半は良かったが、後半は余計だったようだ。

「息子の呪いを解いてくれたのですもの。私がとやかく言うことはないわ。貴方を捨てたようなものだもの、ハイラム。エレインさん、息子のことよろしくお願いしますね」

「母上……」

「お義母様……」

 しんみりしたところで、ウォーレン大公が空気を変えようと手を叩く。

「いやぁ、素晴らしい親子の対面じゃないか。感動的だねぇ。さ、リード侯爵と夫人もパーティを楽しんでくれ給え」

 これでハイラムの疑いは晴れたということだろう。人々はハイラム達の様子を気にしつつ、めいめい談笑を始めた。女同士の話があるの、とハイラムの母に連れられエレインは庭の見えるバルコニーに出る。


「あの……」

 何を言われるだろう、とエレインは内心戦々恐々だった。


 大勢の前だったので事を荒立てたくなかっただけで、実は私のこと認めてらっしゃらないのでは…….。


「ああ、心配しないで頂戴ね。貴女とハイラムの結婚のことをどうこう言いたい訳じゃないの。先ほども言ったけど、私に口を出す権利なんてないのですから」

「それでは……」

 室内の灯りと外の暗さの対比で、義母の優し気な面差しに影が差した。

「きっと貴女もこれから色々言われることが多くなると思うの」

「色々言われること?」

「ええ。あの人、ハイラムの父親はああいう容貌でしょう? だから私もよく言われたの。あんな地味な、家柄だけの娘と結婚させられて可哀想って」

「そんなっ!」

 エレインは目を見張る。ハイラムの母だって、エレインから見れば充分美しい。

「政略結婚だったから……私もあの人から愛されてるのか自信がなかったの。あの人が火遊びを始めても、人々は、ああやっぱりあんな面白しろ味のない妻なら仕方ない、と噂されたものよ」

「お義母様……」

 自嘲的に笑う義母の瞳は、あの頃の痛みを反映したかのように切なく揺れる。

「それで、息子の呪いの件があったでしょう? 私、耐えられなくて、思わず家を飛び出してしまったの。でもまさか、13年も掛かるなんて……ほんの数日で何とかなると思っていたのよ」

 息子の呪いが解けるまで帰らない、と言ってしまった手前、義母も帰り辛かったのだろう。

「話がそれてしまったわね。貴女もこれから容姿や家格のことでとやかく言われることもあると思うけど、どうかずっとハイラムの傍にいてあげてね」

「はい」

 ハイラム様に嫌だと言われるまではずっと隣に立とう、とエレインは決意を新たにした。

「それで、あの、お義母様はこれからどうなさるのですか? 都のリード家の屋敷に戻って来られるなら歓迎いたします」

「そうね、どうしようかしら……あの人と相談してみるわ。さ、中へ戻りましょう」


 二人が溢れる光の中へ戻って行くと、ハイラムと義父が早速目敏い女性達に囲まれていた。ハイラムとアーロンの牽制も余り意味を為さなかったようだ。

「ああ、エレインさん、母上。お話しは終わりましたか?」

 助けを求めるように弱り顔のハイラムが女性達を掻き分けて二人に近づいて来る。義父も一緒だ。恨めしそうな女性達はアーロンが引き受けてくれた。エレインの姿を見て安堵するハイラムの腕に彼女はしがみつく。いつもと同じラベンダーの香りがして、エレインもほっとする。

「エレインさん?」

 唐突な妻の行動にハイラムが小首を傾げる。

「ハイラム様は私の旦那様です。絶対傍を離れません」

「ええ。私も元よりそのつもりですよ」

 エレインの告白にさらりと答え、ハイラムは彼女の頬を撫でて、そっと口づけを落とした。

「あらあら、熱いわね」

 義母が照れたように口元に手を当てる。その横で義父が妻の腰に手を回した。義母は少し驚いたが、その手を振り払わなかった。




 ***




 ハイラムの呪いが解けたことが周知され、リード侯爵家の状況は急速に変化した。侯爵家の取れる作物が売れるようになったし、ハーブティーも呪いを撥ね退けるほど効能がある、と人気が沸騰している。おかげで屋敷で雇う使用人にも困らなくなった。

 そんなある日の午後。

「えっ……お義父様とお義母様でハーブティーのお店をやりたい?」

「ええ。そうなんです……」

 ハイラムの言葉にエレインは目を瞬かせる。ハイラムは恐縮しきりだ。

「唐突なことを言ってすみません。私が、エレインさんがそういう事業をしようと思っていると両親に話したら、ぜひやりたいと……」

「仮にも元侯爵と侯爵夫人ですよ。そんなことさせられません。というより、失礼ですけどそもそも客商売なんてお出来になるのかしら……?」

 エレインが腕を組んで、首を傾げる。午後のお茶の時間に思わぬ難題が上がってきた。

「そうなんですよね。ただ……」

 ハイラムとしては両親の希望を叶えてやりたいと思っているようだ。折角和解出来たのだし、二人仲睦まじく過ごしてもらえるなら、それに越したことはない。エレインは夫の意を汲んで考え出す。


 品の良い美形夫婦がいるハーブティーショップ、か……いけるかもしれないわ。お義父様はハイラム様と同じくらいハーブにはお詳しいし。イケてるおじ様が自分に合ったハーブティーをブレンドしてくれるって結構良いかも。ただ、その場合しっかりした人をサポートに付けないといけないけど。


「商売のイロハに詳しい人をカールソン商会に頼んで派遣してもらいましょう。あとは、この家からも使用人を何人かつけて。年齢的に大きな屋敷の掃除や洗濯が身体的に辛い者にも、小さなお店ならそれほど体力も要らないと思いますし」

「ありがとうございます、エレインさん。父も母も気心が知れた者達が一緒に居てくれたら安心でしょう」

 ハイラムが嬉しそうに微笑む。エレインはその顔に弱い。何でも叶えてあげたいと思ってしまう。


 惚れた弱み、かしら……。きっとお義母様もこんな感じでお義父様とは何だかんだ別れられなかったんだわ。美形ってやっぱり罪。


「エレインさん?」

「ま、まぁ、小さなカフェスペースもありますし、メイド達がきっと上手くやってくれると思います」

 自分の考えに浸っていたエレインがはっとして答えた。




 ***




 こうしてハーブティーを出す小さな店を大通りから少し入ったところに開いた。隠れ家的な店で、年嵩の割には異様に整った見た目の紳士が自分に合ったハーブティーを売ってくれる、というので女性達にたちまち人気になった。義父が調子に乗ってときどき女性に過剰に愛想を振りまくので、義母に睨まれているが。

「それでもまぁ、何とか平和にやっているそうです」

 ハーブティーを飲みながら、ハイラムは自分の膝に鎮座するアローネを撫でる。

「良かったです。お店もなかなか順調なようですもの」

 エレインもにこにこと機嫌が良い。エレインの読みが当たり店の売り上げは上々だ。ハイラムの淹れてくれたハーブティーを口に含む。

「うん。今日も美味しいです。今日は、レモングラスにジュニパーベリー……それにネトルですか?」

「正解です。溜まった疲れが取れるように、配合しました」

 ハーブティーに使われたハーブをを当てられてエレインは嬉しくなった。ハイラムの気遣いにも。

「私も少しは詳しくなったみたいです」

 微笑むエレインに、ハイラムはアローネをソファに置いて立ち上がり、彼女の隣に座る。

「ハイラム様、どうしました?」

 急にハイラムの顔が近づいてきて、エレインは頬を赤らめて視線を逸らす。ハイラムの顔を見慣れることは決してない。エレインはいつ見てもドキドキしてしまう。

「うん。奥方が可愛いので、キスしたいな、と思っただけですよ」

 琥珀色の瞳がいたずらっぽく笑っている。

「えぇっ……」

 驚いている間に、ハイラムの恐ろしく整った顔が迫ってきてエレインは反射的に瞼を閉じる。柔らかく温かい唇が触れ合う。

「んっ……」

 口づけはさらに求めるように深くなる。


 猫のアローネは興味なさそうに欠伸をすると、ソファに寝転がった。

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