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第1話 月夜の出会い

「はぁ……」


 エレイン・カールソンは歩きながら深いため息を吐いて、広大で暗い庭の、目についたベンチに腰掛けた。


「だから嫌なのよ、貴族って」


 不満を漏らし、エレインは夜空を見上げる。今夜は満月だから、灯りがなくても周囲が良く見えた。綺麗に刈り込まれた木や、薔薇のアーチ、色とりどりの花が植えられた花壇……贅を尽くして設えられたのが見て取れる。

 今夜はとある貴族の夜会に招かれていたが、祖父と父が大きくした商会の、所謂成り上がりの令嬢であるエレインは爪弾きにされていた。

 同世代の貴族に話し掛けても無視されたり、赤銅色の髪を笑われたり、挙動一つ一つを馬鹿にされたり、当然エレインを相手に踊ろうなどという者は居なかった。


「ふんっ、裏では金の無心ばっかりしてるくせに!」


 金に困っている貴族、というのはいつの時代、どの国にも存在した。裕福な商家で種々様々な品物を見ているエレインには、誰が金に困っているのか一目瞭然だった。

 まず金に困っている貴族はオーダーメイドで服を作れない。裾が長過ぎたり短過ぎたり、肩回りや胴回りが緩すぎたりきつ過ぎたりなど、服装が微妙に体にフィットしていない。

 また宝飾品や扇子、靴などの小物もそうだ。金が無ければそういう細々としたものは借りて済ます。今宵の夜会にもそういう装いの貴族は何人もいた。

 困窮する貴族が、密かに豪商相手に先祖伝来の家宝を売ったり、質に入れたりすることは珍しくなかった。援助を求めて娘を商人に嫁がせる、または逆に商人の娘を迎え入れることもままある。当然、エレインの家からも秘密裡に金を借りている貴族は存在していた。


「馬鹿みたい……」


 父には悪いが、こんな夜会で人脈をなど作れそうにない。ましてや結婚相手を見つけるなんて夢のまた夢だ。 エレインは現在18歳。カールソン商会を更に発展させるべく、父から貴族と結婚せよ、と言われていた。

 商売は上手くいっているので持参金はたくさんある。金に物を言わせれば、資金繰りに困っている没落しかけの貴族は喜んでエレインと結婚を希望するだろう。だがそういう貴族と結婚したところで、持参金は借金を返すのに使われるだけで商会のプラスにはならない、とエレインの父は考えている。だから、父はエレインにはきちんとした貴族の妻になって欲しいと常々口にしていた。

 ただ、残念ながらそんな貴族なら、エレインでなく貴族の中から相手を選ぶだろう。


 はぁ、と再びため息を吐いて、エレインは俯く。夜会が行われている屋敷の中へ戻る気がどうしても起きない。エレインがベンチに座って足元を見ているところへ、誰か別の足音が近づいて来る。

 自分以外にも夜会にうんざりしている人が来たのか、とエレインがぼんやり考えていると、その人がエレインの傍に立ち声を掛けて来た。


「あの、ご気分が悪いのですか?」

 妙にくぐもった声だったが、どうやら俯くエレインの体調を心配してくれているようだ。

「いえ、大丈夫です。ちょっと独りになりたかっただけですから。ご親切にどうもあ……」

 礼を言おうと顔を上げた瞬間、エレインは言葉が続かなくなってしまった。


 目の前にいたのは死神だった。


 格好こそ普通の貴族男性が着る黒の燕尾服だったが、顔は妙に黒い目の部分が大きく垂れていて、口は断末魔の叫び声をあげるように大きく奇妙に歪んで開いていた。

 取って食われる、とエレインは本能的に思った。


 そして、エレインは恐怖の余りあらん限りの声量で叫んだ。

「ぎゃー!!」


 私今ここで死ぬの? そんなの絶対ごめんよ! っていうか、死神なんておとぎ話に出てくるだけの存在じゃないの?


「やめて!殺さないで!」

「お、落ち着いて下さい……」

 死神は困ったような声音でエレインを宥める。

「他の人が来たら大変なことになってしまいます」

 しかし死神の制止は効果なく、完全にパニックになってしまったエレインは目を閉じてめちゃくちゃに腕を振っている。ようやくエレインが疲れてたところで死神が肩に手を置いて優しい声音で再び話し掛けてきた。


「あの、別に私は呪い殺したりしませんから……」

「え……?」

 その顔で?、と思ったエレインが目を開けて恐る恐る死神を見た。やはり真っ白な顔に真っ黒で奇妙に歪んだ目と口があった。

「ひえっ!」

「ああ。大丈夫です。これには事情が……」


 怯えるエレインに彼が説明しようとしたときだった、先程のエレインの声に気が付いた人々が、何事かと庭にいる二人のところへわらわらと寄って来る。


「侯爵、これは一体?」

「隅に置けませんなぁ、侯爵」

「逢引きの邪魔をしてしまいましたわね」

 集まって来た人々が口々に好き勝手なことを言い始めた。

「いえ、これはですね、その……」


 咄嗟にエレインの肩に置いていた手を離すが後の祭り。死神ことハイラム・リード侯爵は仮面の下で弱り顔になる。事実を話そうとするが、どんどん大きくなる人の輪の話し声に搔き消されてしまう。彼らの目にはどうやら男女が誰も居ない暗い庭で密会しているように見えたようだ。


 ああ、本当に大変なことになってしまった、とハイラムは思った。

新連載始めました!

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