生贄勇者 ー生贄は嫌なので、剣聖目指して努力するー
魔力と言うのは魔法を使うために必要な材料だ。
いくら魔法に関する知識が深かろうと、魔力が無ければ魔法は発現しない。
それ故に、魔力と言うのは全ての生物に等しく分け与えられた力なのだ。
だが俺にはその魔力がない。
それ故に魔法を使用する事が出来ない。
そして特に魔法が重視されるこの世界においては、魔力のない俺など、ただの穀潰しなのであった。
だからこそ、俺は公爵家の長男だと言うのに、いつも冷遇されてきた。
六歳で授かる魔力を、俺だけが授かれなかったからだ。
その日から、両親も周囲の人間も、全員が俺のことを蔑んだ。
理由はいくつか考えることが出来る。
それは俺が異世界人であるということだ。
だが俺は前世でしがないサラリーマンをやっていただけであり、特段チートできるような知識がある訳ではない。
結局、前世の知識など、本番の異世界転生では何の役にも立たないのだ。
そして十歳になったある日、メイドからこう告げられる。
貴方様は、赤竜の生贄に選ばれてしまった、と。
この世界では、人族と魔族がその領地を巡って激しい争いをしているという。
ただ人族は魔族よりも脆弱だ。
肉体的にも精神的にも。
だから竜族という第三勢力が、生贄を求める代わりに力を貸してやろうと、人族に対して打診してきたのだ。
それがおよそ三百年前。
それから三年に一度、人族は赤竜に対して生贄をささげているのだとか。
その話を聞いた時、俺の目の前は真っ暗になった。
魔力無しだとは言え、俺は公爵家の、しかも長男だ。
だから油断していたのかもしれない。
自分は世間に冷たくされようが、生きてはいられると。
だがそんなものはただの幻想に過ぎなかったのだ。
結局、俺は全てを背負って死ななければならない。
俺に冷たくあたり、蔑んだ、身勝手な連中の為に。
だが、俺はそこで諦めなかった。腐らなかった。
それは俺の前世が影響している。
俺は高校生の頃、酷いいじめにあった。
きっかけは実に些細なことだった。
俺が痴漢にあっていた女の子を助けると、その人のことが気になっていたヤンキーの男共に集団で殴られたのだ。
それが学校中に広まって話題に。
しかも俺が無謀にもヤンキー連中に絡み、そして返り討ちにあったという、根も葉もない噂だ。
その頃の俺は他人の目を気にするお年頃だった。
だから真実を知っているごくわずかな人間を頼ることも出来ず、不登校になり、腐っていった。
だがそこで、一冊の小説に出会ったのだ。
俺が暇つぶしに読んでいたネット小説。
内容は実にシンプルだった。
現実世界でクズだった男が、異世界に転生することで今度は本気で生きていこうという物語だ。
俺はそれに感銘を受けた。
何度も何度も読み返した。
そして三年の年月を経て、ようやくトラウマを克服し、社会に復帰する事が出来たのだ。
物語の中に出てくるような甘酸っぱい恋愛ではなかったが結婚もでき、子供も二人育てた。
今頃二人はどうしているだろうか。
一人は作家になると言っていたし、もう一人は教師と言っていた。
二人の成長を見守る前に死んでしまったが、それでも後悔はしていない。
それは俺が本気で生きていたからだ。
だから今世でもめげずに生きようと思う。
必死に、それこそ血のにじむような努力すれば、きっと魔力の無い俺だって大成出来るはずだ。
……いや、物語の主人公の様に大成は出来ずとも、せめて前世と同じように結婚して、子供を育てて、普通の幸せを手に入れたい。
だから生贄なんてまっぴらごめんだ。
幸いこの異世界は、引きこもり時代の俺がよく読んでいた剣と魔法の世界だ。
だから俺にもまだ剣の道が残っている。
剣聖になろう。
そうすれば、誰からも認められる人間になれるはずだ。
生贄になんて、ならずに済むかもしれない。
そう思って努力し続けた結果。
彼は、この世界でも有数の剣豪となった。
師匠がいなかったためほぼ我流ではあるが、それでもその剣の腕は、唯一少年のことを見てくれていたメイドを簡単に唸らせるものであった。
そして、時は来る。
魔王歴317年、涙ぐむ一人のメイドを背に、俺は赤竜が棲む山脈へと向かったのである。
◇◇◇
「ここが赤竜が棲むという山脈か……」
目の前にそびえ立つ高い山。
雲を貫くその姿は、まるでバベルの塔のようだ。
俺は一つの覚悟を胸に、整備された階段を登っていく。
「鍛えた甲斐があったな」
石で作られた階段は、登っても登っても先が続いているようだ。
高さで言うと、ざっと百メートル以上はあるだろう。
日々のランニングを欠かさなかったからこそ、今も息切れなしにこの階段を登れているのではないか。
何段かに一度、両サイドに松明が設置されてある。
緊張からか、何段ごとに設置されているのか、数える余裕がなかった。
メイドに、緊張をほぐすために数えろと言われていたのをすっかり忘れていたのだ。
「十九、二十……なるほど、二十段か」
言ってクスっと笑う。
可愛い顔をして案外しょうもないことを言うのが、メイドのアリサの良い所だ。
「ついた……か」
頂上へとたどり着く。
そこには、大きな円形石板の上で眠っている赤竜がいた。
体長二十メートル程の巨大竜だ。
俺が二歩ほど近づくと、気配でも感じたのか。
その巨体をゆっくりと持ち上げる。
「なるほど、貴様が今回の生贄か」
赤き竜は、そう言って俺を鋭く睨みつける。
俺はその睨みに、何か嫌なものを感じる。
気が付けば、竜の瞳が緑色に輝いていた。
「ふっ……人族も我を舐めているとしか思えんな。せっかく我らが魔族の相手をしてやっているというのに。よもや、魔力無しを選ぶとは……身なりだけはそれなりのようだがな」
あれが鑑定眼なのだ、と俺は後になって気が付く。
竜は、その三白眼で、俺のことを品定めしていたのだ。
魔力無しが嫌そうな所を見るに、魔力持ちの方が美味いのだろうか。
俺にとってはどうでもいい情報なのだが。
「魔力無しではいけませんか?それならこの度の生贄は、諦めて欲しいのですが」
「ふんッ、もとより生贄の儀式をやめるつもりはない。我は寛大であるからな……よもや、臆したとでも言いたいのか?」
俺は全身が震える感覚に苛まれる。
これは恐怖だ。明確な殺気を向けられたことへの恐怖。
だがこんな所で諦めるつもりはない。
臆したとしても、それが全てを諦める理由にはならないはずだ。
それに俺は少し安心もしていた。
伝承で語られていた内容程、赤竜が強くなさそうだったからだ。
伝承では、睨み一つで相手を殺しただとか、鼻息だけで山を吹き飛ばしただとか書いてあったが、実際そのレベルはない……ように思う。
単に勘違いの可能性もあるにはあるが。
「いえ、これは武者震いですよ。恐怖による震えなんかじゃない」
「武者震い、だと……?」
赤竜は、疑問を浮かべる。
それもそうだ。
今にも生贄にされようという人物が、武者震いなどする訳がない。
赤竜は俺が腰に携えていた剣を一瞥すると、不敵に笑った。
まるで、その行動が無意味であると言わんばかりに。
「ククク……今まで散々喰らってきたが、貴様のような奴は初めてだぞ。大体は絶望して泣き叫ぶか、全てを諦め無表情か……そう言えば我に色目を使おうとした女もいたか……まあ、結局は皆喰らってしまったがな」
「外道が……」
ここまで外道な人物を俺は見たことがない。
人族の守護者が、こんなクソ野郎でいいのだろうか。
だが結局は力が正義になるのかもしれない。
前世の俺の出来事のように。
「外道とは言ったものだ。元々はお前ら人族が、関係のない我ら竜族を巻き込んだせいでもあるのだぞ?それを身勝手と呼ばずして、何と呼ぶ?」
「……もういい、お前には絶対に容赦しない」
俺は鞘から剣を抜く。
その剣は、特段珍しいものではない。
迷宮と言うダンジョンで取れた、所謂迷宮装備という奴だ。
お値段にして金貨百三十枚。
諸々が高い王都に、そこそこ豪華な家が一軒建つレベルの代物だ。
そんな剣に斬れないものはない。
「剣で挑む言うか、この我に」
赤竜は完全にこちらを舐め切っている。
それも当然であろう。この世界では剣よりも魔法の方が強いからだ。
前世でも剣より銃の方が何倍も強い。
それと同じなのだ。
剣で戦える人間と言うのはほんの一握り。
それこそ、剣聖や剣王レベルにならなくてはいけない。
だからこそ、赤竜は油断している。
こんな十五歳の餓鬼に、自分が斬られるはずがないと。
それはあながち間違いではない。
通常の人間ならば、剣で竜は斬れない。
どれだけの名剣を使おうが、結局は遠距離のブレスや強力な爪攻撃、そして空を飛ばれた時点で負けが確定する。
だが彼は違う。
彼は十歳より、文字通り、血のにじむような努力をしてきた。
寝食を惜しんで剣を振った。
友や恋人と語らう時間を全て剣へと捧げた。
全ては、この日のために。
自らの生贄としての運命を打破するために。
「ふんッ」
そう唸ると赤竜は、何発か火球を放つ。
その炎はマグマのように燃え盛り、ひとたび掠れば皮膚が溶ける程の威力だ。
直撃すれば灰も残さず消えてしまうだろう。
「何……?」
だが俺は止まらない。
赤竜に向かって走り出す。
向かって来る火球は、手持ちの剣で切り裂いた。
迷宮装備は損傷しにくいのが利点だ。だから俺はあえてダイヤモンドやアダマンタイト制の武器を選ばなかった。
溶かされることを防ぐために。
そのことに赤竜は驚く。
魔法を切り裂くなど、普通の剣士ではありえないからだ。
少なくとも剣豪、もしかすると剣聖の域にまで到達しているかもしれない。
だがそれでも赤竜の優位は変わらない。
空中に跳ぶことで距離を取り、ブレスで一方的に焼き払おうとしているからだ。
空中にさえいってしまえば、魔力無しの少年の攻撃手段は無くなるはずだと。
「そこそこの剣の腕前のようだが、剣士など所詮はその程度だ。燃え尽きろ」
今度は火球ではなく、ブレスを放ってくる。
だが俺はそれを全く苦にしない。
刀身を鞘に納め、そこに集中する。
そして素早い速度で剣を抜き取る。いわば居合斬りだ。
その衝撃でブレスが掻き消える。
「ば、馬鹿な!?我の……竜族のブレスをかき消すなどッ」
「我流抜剣術——飛来斬。闘気という要素がある異世界ならではのクオリティだ」
我流抜剣術——飛来斬は、俺が初めて編み出した技だ。
空を飛ぶ竜への対策のために、二年かけて実用化させた。
そう言えばこれを見せた時、アリサは驚いていたような。
やはりこの威力とこの飛翔速度は普通ではないのだろう。
「何だ、今何と……我流だと?それ程の力が、我流で手に入るものか!?」
「人は努力次第でどこまでも強くなれる生き物なんだよ。最初から強い竜族に分かるはずもないだろうけどな」
赤竜は見るからに狼狽えていた。
まさか俺がここまで強いとは思わなかったのだろう。
ここは一旦引こうと俺に背を向け立ち去ろうとする。
だが、俺がみすみすそんなことを許す訳がない。
「ぐあッ!!馬鹿な!?一体どこから攻撃したというのだ!!」
赤竜は右翼を切り落とされ、地に落ちた。
俺はスッと刀身を鞘に直すと、赤竜の方へ歩み寄る。
「我流次元剣術——空間破断。あらかじめ空間を斬っておき、そこを通ったものにダメージを与える剣術。逃亡阻止用だ」
俺はあらかじめ逃亡されそうな後方の空間を切断していた。
ブレス攻撃を飛来斬で防いだ一瞬の出来事だ。
激突の際に生じた砂煙のせいで、俺が空間を切断した動作を視認できなかったのだろう。
「ぐ、ぐぐ……わ、我らが今まで人族を守護してきたことを忘れているのではないか!?我ら竜族がいたからこそ、貴様ら人族は今まで安泰で……」
「五万人、これが何の数字か分かるか?」
「ご、五万人……だと?」
俺はずっとこの赤竜だけが人族を守護しているものだと思っていた。
だがそれは違ったのだ。
この竜は、この国——ガルバン王国のみを守護している竜だ。
中央大陸の端っこ、魔族がいる魔大陸の反対方向に位置するこのガルバン王国を、だ。
「これはな、お前ら竜族が今までに喰ってきた人間の数だよ。それでもまだ、人族が安泰だと言うのか!!」
ガルバン王国は、ハッキリ言って魔族の影響が少ない地域だ。
物流の影響が多少はあるため完全にはない、とまでは言い切らないが、それでもわざわざ竜族に守ってもらうだけの直接的な被害を受けている訳ではない。
つまりこいつは、ただここに居座っているだけなのにも関わらず、生贄を要求してきているのだ。
しかも見るからに下級の竜族だ。
とても上位の魔族を相手に出来るはずがない。
それは俺が今、身をもって体験している。
確かに俺は強くなった。
だが、上位の魔族をこんなにも楽に相手どることが出来るとは、つゆほどにも思っていない。
そこまで自惚れてないつもりだ。
「そ、それでもだ!!我ら竜族が貴様ら人族を守って来た事実は揺るがない!!もし人族だけで魔族と戦うとすれば、今よりももっと犠牲が出たに違いない。今ここで我にとどめを刺しでもすれば、人族と竜族の関係が揺らぐことになるぞ!!貴様はそれでいいのか!!」
赤竜は最後の抵抗かの如く、俺を必死に言いくるめようとしてくる。
確かに、今ここでこの竜を殺せば、それこそ人と竜の関係性が崩れることになりかねないだろう。
だが結局はどうでもいい。
俺は生き残りたいからこそ、ここでこの竜を殺すのだ。
だから別に他の人族がどうなろうが知ったことではない。
アリサだけは……この世界で唯一俺に寄り添ってくれた彼女だけは大事にしようとは思うが、それ以外は正直どうだっていいし、何より俺一人でどうこう出来る程、世の中は甘くない。
「善だとか悪だとか、そんなことはどうだっていい。俺は俺の為に、そして俺が本当に守りたいものの為に剣を振るう」
「なッ……」
「さっき五万人とか言ったけど、正直そんなことどうだっていい。あれは俺がお前を殺す際の忌避感を少しでも和らげるための狂言だよ。まあ、数に関して言えば事実なんだけどね」
赤竜は唖然としている。
何も言わずに、その三白眼で俺を睨みつけてくる。
「昔から俺はそうだ。あの時——痴漢からあの子を助けた時も、俺が助けたかったから助けただけだ。多分、あの子が別の……もっとブサイクだったら俺も動かなかったかな?まあ、今となっちゃ分かんないんだけど……」
「………、」
「だから俺はお前を殺す。それは他の……これから生贄にされる人たちのことも勿論考えてるけど、一番は俺の為だ。諦めなければ幸せは掴み取ることが出来るんだ。みすみす自分から逃すなんて真似はしない」
俺は再び鞘から、その真っ黒に光る刀身を抜く。
後にこの真っ黒な刀身を見て、人々は『黒剣の勇者』という二つ名を付けたとは知らぬまま、少年は剣を頭上に構える。
そして赤竜に最後の別れを告げる。
「我は侮っていたのか、人という種族の底力を……」
「それが分かったなら百点満点だろうさ。来世では、もっと賢く生きて、幸せを掴み取ることだ」
そして小さく言葉を呟いて、その剣を振り下ろす。
「我流剣術奥義——竜殺斬」
竜の硬い皮膚をも貫通する一撃。
直撃した赤竜の脳天は、見事に真っ二つとなった。
死に絶えた竜に背を向け、別れを告げる。
先程登って来た石畳の階段を下り終え、無事に山脈を降りきった所。
辺り一面に背の低い草が生い茂っている草原で、少年は眩しく光る太陽を見上げた。
それはまるで、燃え盛る炎を連想させるようで。
そんな中、少年はこう呟いた。
「君の敗因は、俺に剣を抜かせたことだ」
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