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第四話 山の中の隠れ里

フュリスは森の中の隠れ里を見つけ出し、子どもたちと出会います。

 険しい山々に囲まれた盆地に広がる深く暗い森。

 森の北西の片隅は山の裾野が人の左手のように凹凸を作りながら広がって複雑な地形となっていて、その捩れ曲がった中指と薬指の間の平地には、粗末な小屋が数軒あった。

 南側には小さな畑。

 近くを流れる川の上流から引いた木製の水道は何箇所かで水漏れしているが、それらには拙いなりに手入れしたり直そうとしたりした痕跡が見られる。

「メリナ先生、帰りました」

「大変なの。猫が怪我をしてるの」

「メリナ先生! 猫が落ちてきたんだ!」

 3人の子供たち。

 捌かれたウサギを抱えた男の子と、ルークを抱えた女の子と、ツギハギだらけの革袋を担いだ男の子。

 彼らはそれぞれに呼びかけながら、畑で草むしりをしていた女性に駆け寄った。

「アーサー、ソフィア、レノス、おかえりなさい。

 こんなに早いなんてどうしたの?

 何かあったの?」

「ほら、猫!」

「怪我をしてるの、治してあげて」

「木の実を探していたら、この兎が解体されていて、木の上から猫が落ちてきたんです」

 それぞれ話しかける子供たちに、メリナと呼ばれた女性は首を傾げてから立ち上がる。

「猫? こんなところに?」

 束ねた深い色合いのブロンドの髪を背中へ払い、目尻が下がり気味の青灰色の目を細めて、女の子の胸元に抱えられたルークをじっと観察する。

「森でレノスが見つけて『猫だー!』って驚かしちゃって、枝から落ちて怪我をしちゃったの」

「驚かすつもりじゃなかったんだからな!」

「レノス、今はそんな場合じゃないだろ」

 黒髪の少女の説明に、濃い茶色の髪の男の子が革袋を下ろして言い返す。それを一番大きなブロンドの少年が止めた。

 そこに女性が歩み寄る。

「そうなのね。

 これは、骨が折れているから添木がいるわ」

 ルークに指先で触れながらメリナは目を細めた。

 額に宝石があるなんて、普通の猫であるはずがない。

 剣呑な視線はしかし、怪我を見ている指先に注目している子供たちには悟られなかった。

「手当てをするわ。

 私の小屋に運んでちょうだい」

 子供たちがパッと顔を上げ明るい表情で揃って頷く。

「ありがとう、メリナ先生!」

「良いのよ。

 それよりソフィア、静かに運んでちょうだい。

 揺れると傷に良くないわ。

 それと、どこでこの猫を見つけたのか、詳しく教えてもらえる?」

「はい!」

 メリナは3人の子供たちに囲まれながら、粗末な中でも3番目に大きな小屋へと向かった。


「もうお昼よ。

 ルークってば、何をしているのかしら」

 フュリスは魔術で炙った干し肉を齧りながら、行方不明の相棒を思い出して愚痴った。

「朝から探したけど、ルークの命まで見つからないなんておかしいわ。

 こうなったら、隠蔽をかけている相手を探した方が早いかしら。

 でも、空からでも見つけられないのに、どうしたら?」

 森に施された隠蔽はフュリスの予想を超えて強力で、始原の力をもってしても彼女が探しているものは何も見つからなかった。残された手段は魔術だが、フュリスが扱える術では精密な探査や隠蔽の回避が困難で、現状では役に立ちそうもない。

「あとは森の中を全部歩くくらいしか……待って、ここまで完全に隠しているなら、反対に『全くわからない場所』があるはずじゃない。それが無い? ううん、隠されているんじゃなくて、無いと思わされているんだわ」

 フュリスはこの森の隠蔽が、単に何かを隠すだけでなく、それを探ろうとしているものの心にも作用していることに気がついた。

 そうとなれば話は早い。

「だったら、私の中の瘴気を切り払ってしまえば良いのよ」

 フュリスに現れた始原の力は柊の姿を象っている。そして魔除けとして知られるその葉と同じく、瘴気でも法力でも容易く引き裂いて吹き散らしてしまうことができる。

 彼女の周りに、深緑の光が現れ群れを成した。

 渦巻く光は刺々しい木の葉の形となって、フュリスの肌を切り裂き体を突き抜け、体内に忍び込んだ瘴気を一掃する。

 無限に湧き出す生命が傷を瞬時に癒し、瘴気を切り払ったフュリスは己の力を周囲に放った。

「見つけたわ」

 険しい山々に囲まれた盆地の北西の一角に、彼女の力が吸い込まれるように感じられなくなる場所がある。

「相手が何者かわからないんだから、こっちもしっかり準備をしてからね」

 フュリスは自分の正体を隠す変身の魔術をかけ直し、いくつかの隠蔽と欺瞞の術も施してから、森の奥へと進んだ。


(誰かが近づいて来る。あの女?

 いいえ、力は感じないわ。どこにでもいそうなくらいの普通の人間。

 ……間抜けね。

 力が無いのにこの隠れ里までやって来ること自体が、疑いようの無い証拠でしょうに)

「先生、どうしたの?」

 メリナは森にうっすらと漂わせた瘴気を介して、フュリスの、正しくはフュリスが姿を変じた少女の気配を感じ取った。

 そちらを遠く眺めれば、木々の上では傾きかけた太陽が南の山の頂を越えたところだ。右隣の頂を越えると太陽は山の陰に沈み、隠れ里には早い夕方が訪れる。

「明日のお天気を考えていたのよ。

 今の雲行きなら、お洗濯ができそうだわ」

 メリナの声は柔らかく、しかし子どもたちの半分以上は眉を寄せて視線を交わした。

「お洗濯! 私がんばる!」

「それなら、男の子たちも森に出ないし、その分のお弁当は……」

 一番幼いポーラだけは喜んで両手を上げてはしゃぎ、生真面目なソフィアは小声で呟きながら炊事の予定を考え始める。

「みんな、私は川の様子を見て来るから、今夜の食事を用意してもらえる?

 あの猫ちゃんもいるから、干し魚を出しても良いわ」

「はーい!」

「やったぜ! おかずが増えた!」

 メリナの頼みに真っ先に答えたのはポーラで、次いでレノスが指を鳴らす。

 二人の喜びようが伝染して、子どもたちはすぐに夕食の準備に取りかかった。

「それじゃあ、しっかり用意するのよ」

 メリナが子供たちに手を振ると、それぞれの返事が返ってくる。

 彼らの様子に微笑んだメリナが、森へと立ち入る。

 その双眸は、剣呑な黒さに澱んでいた。


「川があるわ。それに、あれは人が暮らしている証拠よね」

 フュリスは川の中程にある、不自然に流れを捻じ曲げている石組みを観察しながら呟いた。

 川の三分の一程を堰き止め一箇所だけ隙間が開いていて、そこを水が流れるようになっている石組み。

 隙間の近くには石と石に挟んで固定された棒があって、それに結ばれた蔓草の束の先は細められた流れの中に沈んでいる。

「お魚がたくさん獲れてるわ」

 フュリスは始原の力を通じて、捕えられた魚たちの命を感じ取った。

 おそらく蔓草の先にあるのは入ったら出られないようにした木の籠だろう。フュリスも故郷などでそういう罠を見たことがある。

「この近くに、あの子供たちが暮らしているのね。

 どっちなのかわからないけど、川から少し離れたくらいなのは間違いないわ」

 フュリスは川の流れを上流下流と交互に眺め、それから岸に近付いて水に触れた。

「どちら様かしら?」

 突然の呼びかけに振り向けば、森の木々の間に女性の姿があった。


 その女性は街で見かけるような服装ではあったが、服のところどころには継ぎ接ぎがあって、同じ服を長く直しながら使っていることが見て取れた。

 背丈はフュリスより高く、年齢も明らかに上。30には届いていないように見えるが、はっきりしない。

 束ねられた深みのあるブロンドの髪を左手で背中に払うと、硬い表情に警戒心を露わにしながら歩いて河原に出てきた。

「わ、私は、ええと、アニタと言います。

 エーデルリート神学校の学生でした。

 成績が悪くて、退学になって、故郷に向かってます」

 騙った名前も事情も、いくらなんでも無理矢理だとは思った。

 だけど突然の出会いに至ってようやく気付いた、自分の素性を誤魔化す必要性。それに迫られ咄嗟に飛び出した言葉は、もう引っ込められない。

「エーデルリート神学校?

 確か、シルトベルン王国の王都にある学校ですわね。

 そんな遠い所からわざわざこんな山奥まで、大変だったでしょうに。

 故郷はどちらなのかしら?」

「この山の向こうの向こうです。

 カリスリンってご存知ですか? そこの小さな村なんです」

 女性が頷いたので、フュリスはそのまま話し続ける。

「ここから西にある開拓村に親戚がいて、最初はそこを頼ったんです。でも置いておけないって言われて、この山を越えたらすぐだって聞かされて」

 早口で捲し立てるフュリスを、女性は首を傾げて見下ろした。

(バレちゃうかしら。だって、もう随分人と話してないのよ。それに元から嘘は苦手なの)

 目線をあちこちに彷徨わせるフュリスをしばらく眺め、女性はクスリと小さく笑う。

「それは災難だったわね。

 この山には道は無いのよ。もしかしたらあの尾根の向こうにはあるのかもしれないけれど、聞いたことはないわ」

「ええ?

 それじゃあ、私はどうしたら?」

 嘘を見抜かれずに済んだのかと不安に思いつつ、フュリスは演技を続けた。

 オロオロと困った様子にしていると、女性が川へと一歩足を向けてから微笑む。

「自己紹介がまだでしたわね。

 私はメリナと言うの。

 それで、あそこに魚を捕まえる罠があるのだけど、アニタさん、手を貸してもらえるかしら?

 手伝ってくだされば、私の家で泊めてあげるわ」

「ええ? 良いんですか?」

「ええ、あなたもお困りでしょ?

 それに、こんな辺鄙なところではお客さんなんて滅多に来ないもの。

 外の話を聞きたいし、きっと子供たちも喜ぶわ」

「ありがとうございます」

 フュリスは話の流れで反射的に、頭を下げてお礼する。

 話が決まったときにはすでに空は暗くなってきていて、2人は急いで罠の引上げに取りかかった。

 丸々とした魚を見て、

「大漁ね」

 と満足そうに袋に入れて担いだメリナ。

「美味しそうですね」

「ええ。串焼きが良いかしら」

 籠に囚われた魚を見ながら話を合わせるフュリスは、メリナの笑みには気が付かなかった。


 森を抜けると、そこには粗末で小さな家が数軒だけの小さな集落があった。

 その中の一番大きな建物の壁からは揺れる光が漏れ出ていて、中から賑やかな声が聞こえてきた。

「子供たちが騒がしいけど、勘弁してね」

「メリナ先生、おかえりなさい!」

 中からメリナが持つ明かりを見つけたのだろう。利発そうな黒髪の女の子が扉を開ける。

「「「おかえりなさい!」」」

 すぐに子供達の声が飛び出してきて、フュリスは驚いて足を止める。

(こんな僻地で暮らしている子供たちなら事情があるはずなのに、みんなとても元気だわ)

 子供たちから溢れる命の輝き。跳ねて跳び回る彼らには、恐怖や不安は感じられなかった。

 そして、彼らの奥には見慣れた命。

「みんな、今日はお客さんがいらしたのよ。

 大人しくしなさい」

 メリナの声が子供たちと、フュリスの声を遮った。

(ルークってば、怪我をしたのね。

 なんて間抜けなのかしら。

 仕方ないから後でこっそりと治して……)

 メリナの前にお行儀よく並ぶ子供たちに、キラッキラの無邪気な目で見つめられ、フュリスはルークへの愚痴をやめる。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなったのだ。

 子供たちに向き直り、自己紹介。

「えっと、アニタって言います。

 今は旅の途中なの。

 よろしくね」

「「「「「「「はーい!」」」」」」」

 フュリスの挨拶に元気いっぱいの返事。名前を騙っているのが心苦しい。

 だけど声が途切れた途端に、フュリスの視界が著しく狭まった。さっきまでははっきりと見えていたルークの命も子供たちの命も、今は全く見えない。

 始原の力がもたらす超常の感覚を失って、代わりにざあっと血の気が引いていく音が聞こえた。

 メリナと子供たち合わせて9人。ここにフュリスが元から持つ縁が3つ。合わせて12人、元の4倍。

 縁の数が4倍となる、つまりフュリスの力は四分の一に減じられた。

 そしてそれは、この森を覆う魔導の力に大きく劣っているのだとはっきりしたのだ。

(このことがばれたら……)

 フュリスは現状を、その危険性を理解した。

 バーソロミューの魔術で隠しているから、彼女の変化はわからないだろう。

 しかしこの森に潜む魔導の使い手がどれほどの力を持っているかは未知数だ。

 見抜かれたなら、瘴気核を浄化しようとするフュリスを狙ってくるのは間違いない。

 そうなった時、今のフュリスには勝ち目が無い。

 だけど、緊張を高めたフュリスに反して周りは和やかで、メリナと子供たちは彼女を小屋へと誘っている。

「どうしたの? 疲れが出たのかしら。

 早く上がってちょうだい」

「「「「ようこそお越しくださいました」」ました」」

「は、はい。お邪魔します」

 メリナと子供達に促され、フュリスは小屋の扉を潜った。

もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。

たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。

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