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第一話 柊乃巫女と妖精猫

主人公であるフュリスが、ちょっとした失敗をやらかします。

 たしたしたしっ

 険しい山々に囲まれ人里から遠く離れた深い森。山の上から森を見下ろす旅姿の少女。

 濃茶の髪の頭の上では小柄な黒猫が手を伸ばし、少女の頬を小さな手で叩いている。

 いや、黒猫、と言うには奇妙な猫だ。

 全体的には黒いが、4本の足と尻尾は中ほどから先が銀色で、両目の色は紅と翠の左右異色。

 額から背中を通って尻尾まで一筋に銀色の毛が生えていて、しかも額には目と同じくらいの大きさがある宝石が七色に煌めいていて、どう見ても普通の猫ではない。

 たしたしたしっ

 にゃあっ、にゃあぁっ!

 黒猫もどきは懸命に少女の頭を叩いて鳴いているが、叩かれている少女の姿も風変わりだ。

 年の頃は15歳に届くかどうかだろうか。

 小柄な体格をありふれた旅装束に包み、傷んではいるが丈夫そうなブーツを履いている。

 顔立ちは素朴で着飾れば年相応に可愛らしいと言えなくもない。しかしその左の頬から旅装束の胸元まで柊の葉の形をしたアザが4つ連なっていて、否応なく目についてしまうだろう。

 髪は濃茶だが、こめかみの上から鎖骨の高さまで伸びた横髪の右側は黒、左側は銀。虹彩の色も右目は銀で左目は黒と異なっていて、これまた一目見たら忘れられない異様さだ。

 そんな少女は黒猫もどきに叩かれ続けているのだが、茫然としたまま動かない。

 ふみゃぁと一声鳴いた黒猫もどきは少女の左肩に降りて、横髪を噛んでぐいぐいと引っ張る。

 ようやく我に返った少女が、黒猫もどきと目を合わせた。

「ルーク、あれ。どうしよう」

 少女は黒猫もどきに問いながら、眼下の森を震える手で指差した。

 指の先には森の東側から3割ほどを切り取るように刻まれた一筋の線。

 つい先ほど少女が放った魔術が木々を吹き飛ばし土を抉って刻んだ破壊の痕跡だ。それが盆地の反対にそびえる山の裾野まで届いている。

 線が始まっている手前には農民が暮らすような小さく質素な家なら3~4軒は建てられそうな草地があって、その隅っこに数人の小さな人影が固まっている。

 恐らく全員子供であろう。

 自分たちがいる草地と同じ幅に抉られた森の方を、身じろぎもせずに見つめている。

 少女は遠く離れた高みから、その様子をまるで見てるかのように感じ取っていた。

 ふと、子供たちの中で1番大きな、12歳くらいの体格の子が、少女がいる辺りを指差した。

 何かを叫んでいる様子だが、少女がいるのは山の頂で森からは距離があり、声は届かない。

 しかし少女は、彼らが自分を見つけ、森を破壊したのはあの人だと言い合っていることを感じ取った。

 にゃぁっ! にゃあああっ!

 黒猫もどきが必死で少女の髪を引く。

「そうね。見つかったらいけないんだから。ルーク、行くわよ」

 少女は黒猫もどきに声をかけるや山の頂から飛び降りて身を隠した。

 ふみゃぁ。

 黒猫もどきは少女の肩から飛び降り、呆れたような鳴き声を一つ。

 子供たちを一瞥してから、少女の後を追った。


 山の頂から降りた小さな草地の片隅で、少女と黒猫もどきは腰を落ち着けた。

(迂闊にも程がある)

 黒猫もどきが少女の横で体を丸め、心の声のままにふみゃぁと鳴いた。

「何よ、ルークはあの子達を助けない方が良かったって思うの?」

 聞こえるはずはない文句をつけられ、ルークは再びふみゃぁと吐息を漏らした。

(同族の子供を気にかけるのはわからんこともないが、狼に喰われて死ぬも其奴の寿命であろうに。

 お主は人に知られれば力を失うのだろう?

 それが正体を晒す危険を犯して、しかもあのザマとは)

 ルークが「あのザマ」と称した事件は、出来事としては単純だ。

 険しい山に囲まれ大半を森に覆われた盆地。

 その森の端の方に開けた草地へと飛び出してきた子供たち。

 たまたま草地を見下ろす山の上にいて、子供たちが狼の群れに襲われていることを感じ取った少女が、彼らを助けようとして光の矢を放つ魔術を使ったというだけの話。

 ただ、魔術を使うときに余計なことをしたのがまずかった。

 魔術は少女の予想を遥かに超えた威力の光線を放ち、森を直線状に長々と抉ってしまったのだ。

「私の力を魔術に接続したらあんな風になるなんて思わなかったの。

 初めてだったんだから、仕方ないじゃない。子供は無事だったし、狼だっていなくなったし……」

 少女の言い訳に、ルークはふいっと横を向く。

(魔術とやらのことなぞ知らぬが、届かぬと言うなら他のやり方を考えればよかろうに。

 あんなとんでもない力を思い付きで使うとは呆れてものも言えぬ)

 元から人の言葉は理解はできても発音はできない。だからルークは呆れて地面を掃くように尻尾を振った。

「それに、“ネームドキャスト”は発揮できる力に制限があるって、銀之聖者様の知識にはそうあったのよ。だから大丈夫だと思ったの」

 少女の言い訳は続いていたが、ルークは無視することに決めた。

(言い訳をしたいのなら1人でやれ。

 そもそも猫の貴族(ケット・シー)たる儂がここにいるのは、この身を蘇らせた男への借りがあるからだぞ。

 お主の反省にまで付き合う筋合いはない。今宵の飯の方が大事だ)

 4本の足ですっくと立つと、ルークは額の宝石から緑の光を放つ。

 人間からは妖精猫(ケット・シー)と呼ばれるルークの種族が持つ力だ。

 光は細く短剣の様な形に集まって、周囲の自然に宿る力をルークの意思の元に従えた。

 みゃぅ

 一声鳴いて跳躍。

 風が体を運び、ルークは少女の背丈の5倍以上の高さにある梢へと軽々飛び乗る。

「ルーク、どこに行くの?」

 にゃ~ん

 狩りに出る時の合図で鳴いて、ルークは森の中に姿を消した。


「はぁ、失敗しちゃったなぁ」

 黒猫もどきが姿を消して1人になって、少女は肩を落として呟いた。

「バーソロミュー様が、接続したらどうなるかもう少し詳しく遺してくれていたらよかったのよ。

『始原の力は慎重に扱うのだ』なんて一言だけでは、わからないわ」

 ぼやきながら少女は、自分の顔の左、生来の濃茶から銀色に変じた横髪を摘み上げて睨んだ。

「大魔術師とか大魔王とか言っていても、役に立たないんだから」

 ため息をついて、闇夜のように黒い右の横髪を摘んで持ち上げる。

 それから目を閉じて顰めっ面。しばらくしてから息を吐いて目を開ける。

「やっちゃったものは仕方がないわ。

 今夜のご飯はルークが狩ってくるだろうから、それまでに魔術のおさらいをして、同じ失敗はしないようにするのよ」

 少女は吹っ切れたように呟くと両手を握り合わせて祈りの姿勢となり、黒と銀の目が薄く開かれる程度に瞼から力を抜いて、己の内に受け継がれた記憶へと心を向けた。


 フュリスの心が記憶の底に降りると、そこはまるで深い森のような情景となっていた。

 森のよう、であって、森ではない。

 木々の幹は書物を収めた本棚が遙かな頭上まで積み重なったもので、枝は巻き物。

 枝の先の梢は様々な形の結び目があるロープで、それらが枝と枝とを繋ぎ合って幾重にも重なった蜘蛛の巣のように複雑な網となって覆っている。

 そして葉の代わりに様々な色合いの光が茂って明るく暗く煌びやかに揺らめいて、草花に書かれた、落書きのような文字を照らしている。

「フュリスよ、此度はいかなる相談事だ?」

 涼やかな声と共に唐突に風景が切り替わると、他の木々を圧倒する書物の大樹の根元、銀と黒の髪を持つ穏やかな表情の男性が立っていた。

 男性は白と黒に染め分けられた豪奢な法衣の裾を揺らし、ゆっくりと太い根のコブの1つに腰かけて、隣の根にフュリスを誘う。

「バーソロミュー様、始原の力を魔術に繋いだらあんな風になるなんて、聞いてないです」

 フュリスが根っこに腰かけ愚痴をぶつけると、バーソロミューは微笑みながら首を振った。

「ここにいるのはバーソロミューではない。

 お前が受け継いだ我が技があまりにも膨大であったが故、これを逐次理解するためにお前自身が思い描いた、仮初の存在だ」

 彼はここに初めて現れたときと同じ自己紹介を繰り返してから、本題に入る。

「さて、柊乃巫女(ひいらぎのみこ)たるお前の力は、あらゆる命に連なる始原の力だ。

 広大無辺な自然の猛威の現れであって、その全貌は我にもわからぬ。

 わからぬままに強い力を振るえば手綱が切れて暴れることもあろう。

 故に、『慎重に扱え』と忠告したはずだぞ」

 正論を突きつけながらも、バーソロミューの声は笑いを含んでいた。

 そもそも彼はフュリスの心が作り出した存在だ。

 彼女が受け継いだ千年以上に渡る膨大な知識と経験。

 それらがフュリスの内にあるまま、本来の持ち主であるバーソロミュー・グレイズヴェルドという大魔術師の姿と振る舞いを借りている存在こそ、今の彼だ。

「人死にを出さずに済んで幸いであったな」

 だから、フュリスがしでかした失敗についてももちろん承知している。

 そして本物のバーソロミューが今日の出来事を知ったなら見せるであろう呆れまじりの微笑みに、フュリスは肩を丸めた。

「慎重にって言われても、結局、やってみるまではわからないということですよね」

 軽々しく力を使ったことが心苦しくなったフュリスは、しかし原因が自分にあるとは認めがたく、ささやかな抵抗を試みた。

 バーソロミューの指摘は続く。

「その通りだ。しかし、やるなら小規模の魔術を用い、事前に試しておくべきであったな」

「“ネームドキャスト”なら、威力の制限があるって言っていたじゃないですか。

 私が使ったのは、力天使級の聖光焼矢(ホーリーレイ・ボルト)ですよ。

 上位の聖者が使っても、名前の通り人1人を射抜くくらいの術ですよね」

「あれが制限がかかった上での最大の威力だ」

 予想外の答えを聞いて唖然としたフュリスに、バーソロミューが説明を続ける。

「法術として学んだ者では増幅機構を動かせぬが故、お前が言う程度の威力にしかならぬ。

 しかしお前は魔法陣を用いて魔術として発現させ、増幅機構に始原の力を繋いだ。

 その違いがあのような結果を引き起こしたのだ」

「それを早く教えてくれていたら……」

 フュリスは失敗の原因を理解して、ガックリと肩を落とした。

 かつてフュリスは、エーデルリート神学校という聖女を育成するための学校に通っていた。

 聖女は癒しの法術の使い手で、法術とは人に害を為す魔物と戦うため神から与えられる超常的な力のことだ。

 そして聖女は癒しの術を、男性である聖者は戦いのための法術を修めるものなのだが、神学校では聖女であっても聖者の術についての知識は教えられていた。

 その知識に従って魔術と法術の違いを考えずに術を選んだことが、間違いの元だった。

「一番遠くまで届くと習った法術を選んで、それでも届きそうにないから始原の力を繋いだだけなのに、まさか威力から何からあんなにも強くなるなんて」

 発現した際の異様な輝きに不安を感じ、咄嗟に狙いを逸らしたことが幸いした。そうしていなかったら、子供たちまで巻き込んでいただろう。

 轟音と共に森が抉られていく情景を思い出し、背筋が寒くなる。

「予め試しておかなかったお前の落ち度だ」

 同じ指摘が繰り返され、フュリスはさらに重苦しくなった。

「だって、慎重にしろって。でもあの時には他にやり方が思いつかなかったから」

「慎重にするというのは、危険を予測した上で準備と心構えをしておけという意味だ。闇雲に遠ざけ手付かずにしておけということではない。

 また、“ネームドキャスト”についても理解が足らぬ。

 “名付け”によって魔法陣の描写を条件反射にまで落とし込み、魔術の名を呼ぶだけという簡易な手順で発現を行う。条件反射なのだから型通りの動作しかできんと説明したな。

 増幅機構も型通りにしか動かんのだから、始原の力を繋げばあの様になるのは当然だ」

「ううう」

 フュリスは言葉に窮した。

 もはや言い逃れの余地はなかった。彼女は自分の迂闊さであの破壊をやらかしたのだ。

 そうとわかれば、今できることは一つしかない。

「きちんと勉強し直します」

「よかろう。

 幸いここはお前の心象世界。心構え一つでひと月の学びも一夜とすることができる。

 雑念は時を失うこととなるぞ。集中するのだ」

「はい」

 書物の森の大樹の根元、厳しい講義が始まった。


 夜明けの光に空が明るくなる頃、ルークは草の上に横たわるフュリスの肩に飛び乗った。

 たしたしたしっ

 みゃっみゃっ

 早く起きろと鳴きながら猫パンチ。

「ルーク、やめて。朝なのはわかったからもう少し寝かせて。

 あなたには寝ているように見えても、ずっと勉強していたの」

 フュリスは猫パンチを繰り返す相棒に根負けして、重い瞼を開いて体を起こした。

 その途端に、キュ~グルルと胃袋が空腹を訴える。

「そういえば、昨夜は何も食べなかったわ」

 フュリスは地面に散らばる小鳥の骨を見つけてルークを睨むと、ため息一つ。

 背筋を伸ばし、背負った鞄から小さな鍋を取り出した。

「まずはご飯。

 ルーク、食べたらあの森を見に行くからね。

 こんな人里離れた山の中に子供たちだけでいるなんて、もしかしたら、瘴気核と関係があるかもしれないわ」

 料理を始めたフュリスの隣で、ルークがふみゃぁと一声鳴いた。

もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。

たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。

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