生まれた'ワタシ'
土壁に張り付いたべたべたのぐちゃぐちゃになった'物体'達を見上げながら、
'ワタシ'は'物体'達を『消去』したこと自体に興奮と高揚で身体が滾っていることが、
少し冷静になることで自覚出来た。
'ワタシ'が何者なのかは今は全く分からないが、
'ワタシ'が今どこに存在しているのか全く分からないが、
'ワタシ'がどこに向かおうとしているのか全く分からないが、
'ワタシ'を護ろうとしてくれた'愛しい存在'が誰なのか全く分からないが、
少なくとも'ワタシ'は、'ワタシ'が潰した'物体'達の敵であることは認識出来た。
改めて'ワタシ'の廻りの光景を見渡すと、
土壁で囲まれてはいるのだが、鍾乳洞の様な、洞窟の様な、
広さが上に数百メドル(※)、幅は数十メドル、複数に分岐された真っ暗い空間だが、
音のない、漆黒の空間で全く光という存在がないが、
先ほど汚らわしい'物体'達の異臭が漂っても不思議ではないのだが、
異臭がまったくと言っていいほど、不思議と存在しない。
※メドル=メートル
肝心な'ワタシ'の大きさは、先ほどの'物体'達と比べて二廻り大きな程度だが、
身体は漆黒で、鱗に覆われており、何に使用するか不明な小さな翼の様な腕が存在していた。
先ほどまで'ワタシ'を匿っていた'愛しい存在'は、神々しい真っ赤な深紅の鱗を纏っており、
'ワタシ'を包み込むだけの充分な大きさがあり、翼を拡げたら壁いっぱいになるであろう立派な羽と、
数十メドルの体躯を誇っていた。
先ほど意識を飛ばしてしまい、'物体'達を『消去』する前の記憶が全く無いが、
よくよく'ワタシ'の廻りを見ると、割れた卵の欠片が近場にあり、しかも'ワタシ'の翼もどきにも少し欠片が残っていたので、
どうやら'ワタシ'は生まれたばかりの存在らしい…
'愛しい存在'を見て、なんとなく'ワタシ'がどういう存在なのかが分かった気がするが、
それが何なのかが今はよく分からない。
繰り返しになるが、
'ワタシ'が何者なのかは今は全く分からないが、
'ワタシ'が今どこに存在しているのか全く分からないが、
'ワタシ'がどこに向かおうとしているのか全く分からないが、
'ワタシ'を護ろうとしてくれた'愛しい存在'が誰なのか全く分からないが、
ともかく、'ワタシ'はここから出なければならないことだけは認識出来た。
ただ、いま'ワタシ'が居る空間は、どうやら目の見えないバリアの様な壁がある様だ。
どうやら'ワタシ'を護っている壁の様だが、先ほどの'物体'達が、そこの歪みから侵入してきたことが分かり、
この歪みから、薄く朧げではあるがほのかな異臭が漂ってきていることが認識出来た。
この異臭を嗅ぎ取ると、不思議に'ワタシ'の胃袋が活性化し、
口から栄養を摂りたいという本能が目覚めた様で、壁に張り付いた'物体'達を見上げ、
一体一体をはがし、貪り食し始めた。
'物体'達の味はよく分からないが、口に入れ、体内に入れることでエネルギーが体中に巡る感覚が満ち、
生きるという活力を'ワタシ'にもたらした。