公爵令嬢の使い途
そろそろ涼しくなってまいりましたね。お読み頂き有難う御座います。
長々とお待たせして申し訳なく。
此処は、奥まった廊下。何故か室内に噴水が設えてあるから、大抵の物音は掻き消される。
何処か……逃げられる場所。
有るんだけれど……。在るんだけれど、咄嗟の緊急回避って滅茶苦茶難しいのね……。親戚一同で避難の訓練やるべきだわ。
ああ、でも継承権持ちしか知らない脱出通路とかの秘匿は、どうしましょう。全部知らないと安全が……でも全公開すると常時の危機管理……!
じゃなくてよ!
私はシャンティ。公爵令嬢だけれど、佩剣した近衛騎士に脅されているのよ!
武の心得とか、全くナシなのに! 何故、我が家の護衛をわんさか連れてこなかったのかしら。
だって、王宮なら近衛が護衛するからって、弛んでたのよ!
隙間から侍女を……ノカは足が遅いから、もうひとりの侍女を走らせる?
「下手な事はお考えなさいますな、姫様。小鳥も逃さぬよう、潜ませてありますので」
「……まあ、そう。よく潜り込めたものね」
えー、そんなあ。そんなにウジャウジャ囲まれてるの?
勝手知ったる王宮なのに、突然治安悪いわ……。
「元々の雇い人ですよ。マッシブスパーキンには、分家も在りましたから」
考えを読まないで欲しいものね……。
在りましたから、って事は没落したみたい。平民へ降った、とは考えにくい。子供だけ他家へ養子に出したのかしら。下級貴族なら、下働きとして……。執念深いわ。王家が何かした訳でも無いでしょうに。
「随分と私に御執心なのね」
「ええ、我らが希望ですので」
め、迷惑ー!
何だかよく知らないのに迷惑!
でも、此処でビビって下手に出てはならないわ。毅然とした態度で……あー、呼び出しベルが遠いわね! 何時もは全く気に掛からないのに!
「……座っても宜しくて?」
「これはご無礼を」
噴水の縁裏に……緊急信号ボタンが有るのよね。
緊急時指輪を嵌めた右手をボタンにスライドさせて、タタッタタンタン……タン! だったかしら。
いや、緊急時に手順多い!
「お隣にお邪魔致します」
「……そう」
うーん、この手は詰んだ。どうしましょう。
「我がマッシブスパーキン。領地の3割を砂漠に覆われております」
「……配置換えが望みなのかしら?」
それなら普通の人質で良いのでは。何故、私がまた精霊漬けにならなきゃならんのよ。
あの精霊漬けされていた私が麗しくて飾りたいレベルだったと言うなら、石で模造品でも拵えりゃいいじゃないの。
「まさか。あの素晴らしい故郷を守りたいのです。手放すなんてとんでもない」
「それなら何が不満なのかしら」
「この体です」
……え、体?
……背は高い、けれど普通に見える体よね。
見えない部分に怪我をしていたり、病気とか?
「我が一族の恵まれた体を作るサボテンが生えなくなったのです」
「え、何ですって? サボテン? サボ……」
恵まれた体を作る……サボテン?
お肉とか、お豆とかじゃなくて?
……サボテン? え、何。冗談?
……目が血走っているわね。でも、斜め後ろでノカが怒り狂ってる気配も感じる……。
「……サボテン」
「ええ、サボテンです。マッシブキーンサボテンです」
わ、訳が解らないわ。
そのサボテンが不作とか? なら園芸関係に強い……モジャケタ伯爵家とかに打診すりゃ良いんじゃないの?
はっ、まさか私を人質にモジャケタ伯爵家に……打診してどうするのかしら。
一応私も王家の人間だけれど、其処迄こう……あんまり縁がないわよね。
「そのサボテンに何の効果が有るのかしら」
「食すと、尋常ではない力が湧き上がり、自然に肉体改造されます」
「……は」
それって、ヤバいドーピングサボテンなんじゃないの?
え、国内にそんな劇物が存在していたの?
曽祖父様が我が王家に伝わる能力を使い、薬物撲滅に尽力されてから我が国は、平和を手に入れたというのに……。
「赤子から食べさせると屈強な肉体が手に入るのです」
「あ、赤子!?
屈強な肉体は……絶え間ない訓練や、食生活で手に入れる物では?」
「……我々が何故そのような下級兵のような下賤なことを? あのサボテンが有れば、全て解決します」
何言ってんだ、みたいな目で見られたわ……。
サボテンで全てを解決したら駄目でしょうよ。オマケに違法薬物の香りがプンプンして鼻が詰まりそう。と思ったらリアルに鼻水が……。噴水の傍だから冷えたかしら。
「あの魔女がサボテンを焼き払ったせいで」
「魔女?」
「スパークルの魔女ですよ。パッティ・スパークル!」
「まさか、あの婿養子希望者行列の御使者様の妹君……」
「そうです! あの、他にも大迷惑を起こした忌々しい魔女!」
婿養子希望者行列はパッティ様のせいではないわよね。前御使者様のピッティ様のせいでもないけれど。
……違法薬物疑惑サボテンを焼き払ったって、滅茶苦茶偉人なのではないかしら。
「そのサボテンに私が関係有るのかしら」
「精霊漬けの粉を、掃除係の我が一族が頂戴し、焼け焦げた種を浸した所、芽吹きましてね」
……あのピンク粉、盗難されていたの!? いや、適切に処理……どうやっていいのか分からないけれど。
……私の、何から滲み出したのか知らない粉を……うう、恥ずかしいし気持ち悪いわ。
じゃなくてよ。
「私を……サボテンの肥料にしようって言うのね」
「察しがお宜しくて何よりです」
い、い、良い訳有るかぁああ!!
うら若き公爵令嬢を人質にして、サボテンの肥料!?
そんな意味不明な話が有るかぁ! 此処に有るけど認めない!
肘鉄でもして噴水に落としてやりたい!! でも、横にはギラギラ光る近衛の剣が!
ああ、此処を華麗に切り抜ける特殊能力が欲しい!
イライラして、つい噴水を指でタンタン叩くしか出来ない……。
ん?
水面に映る苛ついた私の顔……耳飾りの色が変わってるわ。
ライくんの青から、紫……白い?
「さあ、我が姫……。我が領地へ……」
「……」
ああ、来てくれたのね。
しかも、頼もしいか微妙な親しい援軍まで……。
私はニッコリと微笑んだ。
緊急時のボタンはシンプルなのがいいんですが、うっかり常時に触ると……。
兼ね合いが難しそうです。




