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0-1 頑なにされるほどこじ開けたくなる心理

水杜(みなと)には 桜の神様 眠ってる』


 童謡の一節として子どもがよく口ずさむこのフレーズはこの島国だけでなく、この世界に生まれ落ちた生き物にとっての常識だった。


 桜の神(キルヘミリナ)

 それは一番初めに原初の神から華を戴き、神に至った元人間の、神としての名前だ。そういった経緯で神に至った者を、この世界ではまとめて〝華神(はながみ)〟と呼ぶ。


 桜の神(キルヘミリナ)は水杜の国神であったが、同時にこの世界が新暦になる以前では水杜を含めた九ある国を渡り歩き、人々に分け隔てなく恵みを与えた豊穣の神とされていた。

 しかし新暦になる際に世界を守るために力を使いきり、この水杜で眠りについたのだ。


 そんな世界中の民に愛される偉業を成し遂げた華神を、織雅を含めた信奉者たちは感謝と尊敬を込めて『華王(かおう)陛下』と呼ぶ。

 彼の神が華神たちをまとめ上げていたことに由来する愛称であり尊称だ。


 そんな神が眠りについてから早九九七年。

 咲良家はそれまで、桜の神(キルヘミリナ)の存在を守り継ぎながらも、今の今まで務めを果たしてきた。


 だからこの国の王族の役割は、そんな誇り高い自国の神、桜の神(キルヘミリナ)の眠りと威光を守ること。

 そして彼の神の代わりに、世界に恵みを届けることだった。


(……そして、私にもとうとう、そのお役目が回ってきたのよね)


 神の仕事、その代わり。

 それが、織雅の役目だ。


 神様代行業ができるのは水杜の王族の血を引く咲良家だけで、それ以外は桜の神(キルヘミリナ)の力を扱えないという。


 そのために水杜の王族は、『咲良』という桜の神(キルヘミリナ)と同じ音の苗字を唯一名乗ることができる。

 同時に、緋色の瞳と漆黒の髪を持つのも、水杜の王族の証だった。


 もちろん、それは織雅にも適応される。

 また、織雅は歴代王族の中でも特に美しい緋眼を持つとされ、周囲から今まで以上に期待されていた。


 特別であり、同時に不自由。

 しかし織雅は別に、そのことに不満を覚えたことはなかった。今までとても大切にされてきたし、民とも触れ合ってきた。彼らも含めて守ることができるのは王族だけだし、だからこそこの役目を誇りに思っている。


 だが、その仕事の一番初め――政略夫との関係性でここまで手こずることになるとは、全く思っていなかった。







「話を交わされ続けて早一週間……私が言うのもなんだけど、あの人相当頑固ね……」


 自身の執務室にて。

 織雅は執務椅子に座って頬杖をつきながら、思わずそう呟いた。


 何に対してそんなにも苦戦しているのか。それは政略結婚の相手であるルシフェルとの関係が、一向に前進しないからだ。

 一週間も粘ってできたのは挨拶くらいなもので、それ以外のやりとりはなし。話しかけても「それは業務に必要ですか?」の一言でばっさりと切られ、沈黙で終わるのが常だった。


(この程度でへこたれる私じゃないけど、そろそろアプローチを変えないと駄目ね……)


 というより、あそこまで頑ななのを見ていると、逆に無理やりでもその心の扉をこじ開けたくなる。それが咲良織雅という女性(ひと)だった。


 困難には真っ向から立ち向かい、無理だった場合は打開策をいくつも練って何度でもチャレンジする。

 それは昔も今も変わらない。むしろ歳を重ねれば重ねるほど打開策の種類はより多く、作戦はより複雑になっていった。

 なので頭の中には他にも、ルシフェル相手に試したい作戦がいくつも浮かんでいる。むしろワクワクしているくらいなのだが。


 しかし織雅と違い、現状を楽しめない者もいた。

 その筆頭が、織雅に対して音もなく紅茶の入ったティーカップを差し出した彼女だ。


「一体全体どういった了見で、あの男はミヤ様にあのような態度を取られるのですか」


 地を這うような声でそう告げたのは、織雅の第一補佐官――主に織雅の身の回りの世話やケアを担当している使用人――こと、夏片なつひらかさねだった。

 織雅の愛称である「ミヤ」呼びができていることからも分かる通り、仲がいい。幼い頃から共に時間を過ごしてきた彼女は、織雅の幼馴染でもあった。


 それと同時に、織雅の優秀な部下でもある。しわ一つない紺色の着物に白地の帯が彼女の制服で、燃えるような真っ赤な髪と翡翠色の片目を訳あって眼帯で隠している点が特徴だ。

 そんなかさねは、表情を動かすこと自体があまりないため感情が乏しく見える。しかし幼い頃から一緒に過ごしていたこともあり、織雅には彼女の瞳が怒りで燃えているのがよく分かった。


 そんなかさねを嗜めるのは、その表情の違いを理解できる数少ない数名の一人、彼女と瓜二つの顔をした青年だ。


「まあまあかさね。一応あの方は賓客という扱いでもあるのですから、そのような言い方をしてはいけませんよ?……まぁお客サマのくせに、態度が大きいのが気になりますけどね!」


 織雅の第二補佐官――主に事務や執務のサポートを担当している使用人――夏片(つむぎ)が、にこやかな笑顔でそう言う。


 名前や容姿からも分かる通り、二人は双子の兄妹(きょうだい)だった。

 かさねとの違いといえば眼帯を付けている目が左右対称なところと、常に笑みを絶やさないところだろうか。

 しかしどちらも織雅に対する忠誠心は人一倍で、彼女の身に何か起きたり無礼な態度を取る他者が現れるとそれはもう烈火の如く怒り、バレないように最新の注意を払った嫌がらせをしたりする。それもあり、二人は陰で狂犬兄妹と呼ばれていた。


 そんな双子の刺々しい態度に、織雅は嘆息する。


「嫌がらせとかはしてないでしょうね?」

「今回は流石にしてませんよ〜国際問題になりますから」


 今回は、という部分が気になったが、ルシフェルに手を出してはいけないということを把握しているならいいか、と織雅は流すことにした。

 だが紬の溜飲は治っていないようで、従順な顔をしながらも口を尖らせる。


「僕たちだって、ミヤ様の立場を悪くするようなことはしません。……ミヤ様に対する態度はいかがなものなのかと苦情入れましたけど」

「それも、あっさり流されました。わたし、許せません」


 明らかに怒りをたぎらせている二人に釘を刺す意味も込めて、織雅は言った。


「おやめなさい。向こうは仕事をしにきているようなものだもの。仲良くなろうとしているのは私の都合であって、あちらの契約条件には入っていないわ」

「……ですがそれにしても、あの方の行動は目に余ります」

「そうです。一応は夫という立場なんですから、それ相応の態度を取って頂かないと僕たちも納得できないんですよ」


 双子の言うことはもっともであり、だがしかし扱いにくい問題でもあった。

 それは、織雅の立場とルシフェルの立場にある。


 織雅は、次代の桜の神(キルヘミリナ)代行者だ。代行者は各国を順々に回り、桜の神(キルヘミリナ)がおこなっていたような恵みの配当をするのが仕事になる。


 そしてルシフェルは、代行者の護衛という立場がメインだった。これは各国――特に桜の神(キルヘミリナ)の存在を大なり小なり認めている国が順番に担っている役割で、配当を受け取る代わりに戦力を提供してくれる。同時に各国との絆をより深める意味も込めて、配偶者という立場に落ち着くのが常だった。


 それゆえの政略結婚であり、そこに愛も肉体関係も必要ない。必要なのは〝夫婦〟という立場であり、それ以外は水杜としても各国としてもそれほど重要視していなかった。


 夫婦なのでもちろん交わり子どもを成すこともしていいが、水杜側としては次代さえ生まれてくれればいいので側室なども認めている。

 そして各国としても、血による縛りが水杜からの恵みに意味のないことを知っているので、そこまで躍起にならないのだ。配当は桜の神(キルヘミリナ)の古よりの方針により、『どれくらい民のためになることをしたのか』という基準の下、平等かつ均等に行き渡るため、そんなところで出し抜いたとしても意味がないとも言える。


 ということもあり、ルシフェルのような態度を取る配偶者は少なくないと言われていた。


(だ、け、ど! あんなに頑なな人は聞いたことない!)


 恋愛感情など要らない関係とはいえ、相棒ではあるのだ。代行者は守られているだけでなく守る立場にもあるため、これから先、共に戦場へ向かうことだってある。互いのことを知っておかなければ、連携は上手くいかない。

 だから織雅は断固として、ルシフェルとの関わりを深めようと思っていた。


 そうと決まれば、取るべき行動は一つ。

 ルシフェル――ひいては、ルシフェルの祖国、エーデルフューレン帝国と、そこに住まう天使族について知ることである。


 自身がやらなければならない仕事を手早く片付けた織雅は、双子の補佐官を従えて意気揚々と書庫に向かったのだ。

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