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0-9 叶わない夢、望んだ悪夢

 ルシフェルとのおでかけと花見を無事に終えた織雅は、夕食と湯浴みを終え、私室に戻ってきていた。

 天蓋付きのベッドにうつ伏せに飛び込んだ織雅は、そのままぎゅっと枕をぎゅっと抱き締める。


(とっても楽しかったし、改めて彼の好ましいところを見つけて胸が高鳴る瞬間があったけれど……でも、どうしようもなく遠いことを実感させられたわ)


 だって、ルシフェルの心は未だに、自身の主人のもとにあるのだ。それが敬愛だったとしても、織雅にとってこれほどまでに苦しいものはない。


 それでもこちらを見て欲しい、笑って欲しい、そう思うのは間違っているのだろうか。

 この気持ちは、女王として仕事を務める間、ずっと隠しておかなければならないものなのだろうか。


「……お母様がいらしたらよかったのに」


 そうしたらきっと、なんでも相談できたのに。


 現在、最後の務めとして国の巡礼をしている両親のことを思い、織雅はそのまま枕に顔をうずめたのだった。



 *



 その一方で。

 ルシフェル・ユヴェリ・エーデルフィーレンは、御社で自身に与えられた部屋へと戻ってきていた。


 襖を一度開いてから閉め、すぐさまもう一度開く。するとそこには、元あった部屋ではなく、ルシフェルにとって馴染み深い空間が広がる。


 そこには、一本の巨大な桜木が聳え立っていた。


 淡い薄紅の花びらをこれでもかと振り散らすそれは、どことなく御社の中央に咲く桜木に似ている。

 しかしそれよりもなお雄大かつ美しい姿は、見る者すべてを魅了する力があった。


 そしてその根元には、まるで血のように鮮烈な真紅を持つ彼岸花が咲き乱れている。


 生と死。

 その二つが一体となって咲き乱れる場は、神々しいようなおどろおどろしいような、不可思議な雰囲気で満たされていた。


 これは、高位の術者であれば誰でも形成することができる独立空間だ。

 特徴としては、術者の魔力量と想像力次第で、ありとあらゆる形に変化することができる点だ。


 大抵の場合、ここに工房を作り術式の研究のために利用することがほとんどなのだが、ルシフェルに限って言えば一人になりたいときに使う。

 今回の利用も同じだ。


 しかしいつもと違っていたのは、織雅に会いたくないからこそ、一人になりたかったという点だった。


 だって今また顔を合わせてしまったら、そのときは。

 無表情でなどいられない。


「ッッッ!」


 ぱたん。

 独立空間を閉じてからようやく、ルシフェルは詰めていた息を吐き出した。

 そして、喉の奥を震わせて悲鳴のような声を漏らす。

 それでも、ルシフェルはなんとか足を進めた。


 彼岸花を雑にかき分け、咲き誇る桜木へと一心不乱に進む。

 そしてその根元に辿り着いたとき、彼は大樹に身を委ねるように倒れ込み、ぎりっと歯を食いしばった。


「……あぶ、なかった……」


 そう言いながらも、ルシフェルは自身の手を見つめた。

 それは、織雅に握ってもらっていたほうの手だ。

 黒い手袋越しだったが、いまだにそのときの感触が忘れられない。


 木に寄りかかり、自分握って、開いて。そして強く握り締める。その手のひらに桜の花びらが滑り込んできたのを見て、ルシフェルは詰めていた息を吐き出した。


 夢じゃ、ない。


 そのことを実感し、ルシフェルはその手を胸元に押し当てる。


 よかった、という感情と、残念だという感情が一緒に込み上げてくる。

 それは、手袋をしていたことからくる感情だ。


 彼女の白く美しい指先が、自分の血でまみれた穢らわしい手に触れなくてよかったと、そう思う。

 彼女の白く美しい指先から伝うぬくもりを、直に感じられなくて残念だと、そう思う。


 なんという矛盾。


 そのことに自重し、思わず嘲笑を浮かべたとき、鈴のような軽やかな声音が脳裏に響く。


『ルゥ』


 そう名前を呼ばれたとき、驚いた。

 〝彼女・・〟がつけた愛称と、まったく同じだったからだ。


 もう二度と、呼ばれることはないと思っていたからか、自分でも過剰なくらい反応してしまったことは、今思えばかなりの失態と言える。


 そして少し強引なくらいの行動力も。

 誰に対して分け隔てなく接するところも。

 一見すると無駄だと言われるような雑学を好むところも。

 何もかもが、ルシフェルの記憶の中にある〝彼女〟そのものだった。


 だから、すっかり油断していたルシフェルは、思わず顔をしかめてしまったのだ。でないと、無表情が崩れて、緩んだ顔を見せてしまいそうまったから。


 しかし、それだけはだめだった。

 だってルシフェルには、織雅のとなりにいる資格などないのだから。


「……大丈夫だ、問題ない」


 今の今まで、一度たりとも優しくしていないし、冷たい言葉を吐いてきた。そんなルシフェルを、彼女がこれからも構うわけがないだろう。

 そしてルシフェル自身も、そういった態度を表に出すつもりはさらさらなかった。


 だから。

 織雅といることで、心のどこかで生まれた甘くて柔い、希望のようなものを、ルシフェルは自分自身で握り潰した。


 そして、心臓に爪を立てるように。剣を振り下ろすように。自身の汚点とも呼ぶべきトラウマを、思い出すことにした。


「忘れるな……俺は、愛されていい存在じゃない」


 好かれたいなどとは思わない。

 見返りも要らない。


 ただ、そばで守れればそれでいい。

 〝彼女〟の笑顔を。


 だってそれが俺にとっての、〝幸福〟であるはずなのだから。


 だから。

 独りぼっちでいることへの虚しさも。

 欲しいものが手に入らないことへの独特の渇きも。

 すべてがすべて、偽物だ。


 そう自分に言い聞かせ、ルシフェルは自らが作り出した悪夢の中へ、意識を沈めた――

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