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0-0 三度目の邂逅は政略結婚とともに

4/16(日)までは、毎日18時更新。

それ以降は月、水、土辺りの週2、3回、18時更新の予定。

※更新頻度が変わる場合はTwitterにて連絡します

「お初にお目にかかります。咲良(さくら)織雅(おりみや)と申します」




 微笑みと共にそう言い、眼前の相手に深く頭を下げる。


 決して失礼があってはならない。

 かと言って、自分の立場を下げすぎてもいけない。


『〝彼〟はあくまで他国から政略的にやってきた伴侶で、あなたはこの国の君主なのだから』と。


 そう大人たちに耳にタコができるほど言われ続けていたからか。

 それとも頭のてっぺんから爪先まで、簪や美しい着物、化粧というもので着飾っているからなのか。

 なんとか、表面上取り繕うことはできた。


 しかし内心、それどころではない。それは、目の前で自分と同じように椅子に腰掛ける一人の男性が原因だった。


(……どうして、彼がここに)


 美しい人だ。

 それはもう、この世のものとは思えないくらいに。


 長く伸びた漆黒の髪は、まるで夜闇のように艶やかで美しい。彼はそれを紅い組紐でひとくくりにしていた。

 瞳は切れ長で鋭く、柘榴のように赤く熟れた瞳と、海底のように深く密やかな紺青の虹彩妖眼(オッドアイ)が、まるで宝石のように輝いている。

 すらりと伸びた長身の肢体を包むのは、髪と同じ漆黒の軍服だ。その上から、片側のみ流す形で真紅の外套を羽織っている。


 片側のみにしているピアスは同色の、総角(あげまき)結びと呼ばれる飾り結びをかたどったもの。それと組紐だけがまったく文化圏の違う装飾だったため、妙に映えて見えた。

 もう片方の耳には筒状の銀素材に蒼玉(サファイア)がはめ込まれたイヤーカフがついている。


 とても同じ人間とは思えない。

 実際、彼は人間ではなく、天使族と呼ばれる有翼種だった。


 本当ならば、今日が初顔合わせになるはずだ。

 なのに織雅はその人を、小さい頃から知っていた。


 ――初めて彼を見かけたのは、七歳のときだ。

 両親と一緒に城の中を歩いている姿を、かくれんぼをしているときに見かけたのだ。漆黒の軍服を身にまとい真紅の外套を翻しながら行く姿はとても美しくて凛々しくて。


 見惚れた。


 あの頃から、彼は織雅の心にくっきりと残るくらい印象深い人だった。


 二回目は、十二歳の頃に行なわれた春の祭事のとき。この国最古の桜の神木の下、彼はひとりただただ項垂れていた。降りしきる桜の中、はらはらと。彼の頬から一筋の涙が伝う。


 声をかけたくて近づこうとしたら、彼は目を見開いて。


 瞬きの間に、消えた。


 まるで、泡沫のようだった。

 あの頃の光景は夢だったのではないかと、何度も思った。


 しかし彼が涙を流した姿は痛ましくて、胸を掻きむしられるようで。時折夢にすら出てくるくらい、儚くも美しい光景だったのだ。


 おそらく、一目惚れであり初恋、だったのだろう。


 両親に聞けば、その人に会えたのかもしれない。しかし知らないと言われたとき、自分の中の〝とても大切なモノ〟が壊れるような気がして、ずっと黙っていた。

 それはこれまでもだし、これからもだ。胸に秘めておこうと決めた。


 なのに。

 それなのに。


 今日、十七歳最後の冬。

 こうして、伴侶として顔を合わせている。


 政略上の結婚相手だ。そこに互いの了承など存在しない。

 しかしこうして淡いながらも想いを寄せていた相手が相手だったことに、織雅は少なからず運命を感じていた。


(……彼とだったら、楽しく結婚生活を送れるかも)


 そう思い、少しだけ胸をときめかせていたときだ。

 彼が口を開いた。


「初めまして。ルシフェル・ユヴェリ・エーデルフィーレンです」


 ルシフェル。

 その名前を口の中で転がしていたときだ。彼がピシャリと言う。


「俺たちの関係はあくまで、政略上のもの。ですので、よろしくしなくて結構です」

「……え?」

「俺のここでの役割は、貴女の補佐であり護衛ですから。そのため夫というより、どちらかといえば従者という立場のほうが正しいかと」


 確かにルシフェルの言う通り、この国で言う『結婚』は普通の結婚とは違う。なので、ルシフェルの言うことは間違ってはいない。いないのだが。


「それは……いささか味気ないのではないでしょうか……?」


 戸惑いながらもそう言うと、ルシフェルは無表情のまま織雅のことを見た。


「先ほども言いましたが、俺はあくまで従者、側近です。従者に敬語などいりません、普通にしてください」

「いえ、ですが」

「もしそれがお嫌なようでしたら、俺は今回の話を辞退させていただきます」


 めちゃくちゃなことを言い出した相手に、織雅は頭を抱えたくなった。

 そんなこと、織雅の一存でできるわけがない。これは政治的な理由で既に決定していることで、今更覆せば非難を受けるのは彼女自身であり、この小さな島国・水杜(みなと)だった。


 つまり織雅が取れる選択は、二つに一つ。

 彼の言うとおり、敬語を外して従者のように扱うということだけだった。


 織雅は一つ息を吐いた。気持ちを少し落ち着かせてから頷く。


「……分かったわ。敬語は外す」

「ありがとうございます」

「でも。ならなおのこと、仲良くはしたいわ。これから先、一緒に過ごすのだから」

「俺は仲良くしたくありません。そういうのはわずらわしいだけです。職務に支障をきたすことはありませんから、どうぞこのままでお願いします」


 頑なに仲を深めることを拒まれ、さすがの織雅も途方に暮れる。同時に、今まで胸の内にあった淡い感情が、湖に張った薄氷のように脆く崩れていくのを感じた。


 人生、そうそう上手くいかない。だが、このような事態になるとは全く予想もしていなかった。


 始まってしまったおかしな関係は、いったいどこへ向かうのか。まさに神のみぞ知る、だ。


 初顔合わせにして受難を感じさせる状況に、織雅は遠い目をする。


 そして自身が信奉する神様に対して「どうすればいいんでしょうか」という疑問を投げかけたのだった――

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