86.ゲイル 相棒の悲劇
「バ、バカな!ショーンが……なぜショーンがスラムに送られるんだ!?冒険者時代からのお前の相棒だったはずだろう!それがどうして!」
ガーディさんが立ち上がって声を上げた。
(ショーン?相棒ってことは狼か?それとも狼騎兵の誰か…?)
「……あいつは、自分でも知らない間にドラッグ漬けにされていた。あの鋼のような肉体も、今じゃもう見る影もねえ。愛用の大槌を持ち上げることもかなわねえんだ」
「そ、そんな…!ショーンッ!」
「今はボロ臭ぇ小屋みたいなところに隔離したよ。あんな…惨めな姿、誰かれに晒されたくねえはずだからな…」
会話の流れから、それが狼の事ではなく、狼騎兵のチームの誰かだという事は分かった。
しかも、心の優しいガーディさんがこれほどまでにショックを受けるほどの人物だ。
きっと、人望も厚かったのだろう。
「……いつスラムに連れてこられた?」
「たった今だ。俺がその役目をさせられた…ッ」
(変わり果てた長年の相棒をスラムに送り届けさせられたのか…)
さすがの俺でもゲイルに同情した。
話を聞いていれば、この『4K男』にも長年の相棒がいたらしい。
しかも、その人はガーディさんに一目置かれるほどの人物でもあった。
(よくよく考えると、狼騎兵の部下たちからも信頼されていたような気がするし、ガーディさんが対等に話をしている時点で、このゲイルは悪人面であってもゲス野郎ではないのかもしれないな)
俺はこの時点で、一旦、開拓村襲撃のことは頭の隅に追いやることにした。
「なんで連れて行かなかった!?」
少し考え事をしている間にガーディさんがヒートアップしていた。
ヒートアップしたガーディさんはしかし、既に怒りで腹の中が満たされているゲイルにとってはどうでもいい事だった。
「仕組まれた。おそらくミジョウだろう」
「仕組まれただと?」
「遠征に行く何日か前にショーンが体調不良になった。俺はあいつを気遣って遠征には連れて行かなかったんだが、それが罠だったんだ。毒なのか術なのか分からないが、医療部屋にショーンを向かわせるのが目的だったんだろう。そして、一度治療を受けてからあいつはおかしくなっちまった。医療部屋に入り浸るようになったらしい」
治療薬と称してドラッグを処方して、廃人にさせるのか。
まったく胸糞悪い話だ。
だが、引っかかることがある。
話の腰を折ってしまうかもしれないが、俺はそれを尋ねることにした。
「ちょっと聞いていいか?」
「なんだ?」
「どうして、そのショーンさんが狙われたんだ?」
それが自分としては謎だった。
開拓村の襲撃を思い出す限り、遊び半分で人さらいをするというよりも、任務を真剣にこなそうとしている雰囲気を感じていた。
つまり、仕事に忠実だったという事だ。
大事な戦力、そして労働力だろう。
そんな人材を廃人にして、ガンデッド国としてはメリットがあるのだろうか?
「俺の………俺のせいなんだ」
そう言ったゲイルの左手の爪が、ギリギリと右の拳に食い込んでいく。
「俺は、ミジョウと闘技場で闘った奴らのその後を何気なく考えた事があったんだ。それで気づいた。そいつらが皆、ミジョウとの戦闘の後で必ず何らかのトラブルを抱えるようになっちまったってな。だから俺は、あれこれと難癖をつけてミジョウとの闘いを避けてきたし、それからもミジョウに近づかないつもりだった。何をされるか分かったもんじゃなええからな。給金の良い闘技者から探索を主とした部隊に移動したりもした。その方が俺も仲間も安全だと判断したからだ。だが……」
「今度は、逆にその仲間のショーンさんが狙われてしまったという事か…」
「………」
俺は相槌を打ったが、ガーディさんは言葉すら発しなかった。
「あいつは冒険者時代からの相棒だ。どんな絶望的な状況でも、あいつとの連携技で乗り越えてきた。俺はミジョウを許さねえ」
今にでもミジョウに襲撃をかける勢いのゲイルに、ガーディさんがようやく口を開いた。
「…一体どうするつもりだ?」
「知れたこと。闘技場でミジョウの首を取る」
…やはりそうなるか。
ゲイルの様子を見ていれば、そんな答えに行きつくだろうことは誰が見てもわかる。
相棒を廃人のようにされて黙っていられる性格じゃなさそうだしな。
だが、無謀過ぎないか?
開拓村襲撃の時だって、ミジョウの得体の知れない力に冷や汗をかいていたのを俺は忘れていない。
つまり、それだけの力の差があるという事だぞ?
自暴自棄もいいところだ。
(だからと言って、俺がやめろというのも…どうなんだろうか?)
俺がどうゲイルの暴走を止めようかと思案していると、その役をガーディさんが担ってくれた。
「やめておけ、今は無理だな」
「なんだと!?」
当然というべきか、ゲイルはガーディさんに牙をむくような反応を見せた。
『お前に俺の何が分かる!?』
という、セリフが今にも飛んできそうだ。
だが、それを言う前にガーディさんが話を続けた。
「今は、というよりは闘技場での一対一で勝てるやつはいない。少しだけ頭を冷やせ。とにかく、安直に暴挙に出るような真似だけはするな」
「てめえだって、その安直な暴挙に出ただろうが!」
「そうだ。それで死にかけた俺がやめろと言ってるんだ。あいつに挑むには時間も、戦力も何もかもが足りない。お前ひとりの命程度ではショーンの仇を討つ事はできん」
「ぐっ!分かった風な口を……ッ」
今にも殴りかかってきそうなゲイルの前に左手を広げてガーディさんが制止を促す。
「なあ、ゲイル。ここは耐えるんだ。俺だってショーンの事は自由のために共に戦った戦友だと思ってる。お前ほどじゃないだろうが、怒りも悔しさも口から込み上げてくるほどに腹の中で渦巻いてる。ここでお前までやられたら、残った俺はどうしたらいいんだ?」
「……っ」
「俺もお前も力を合わせるなんてガラじゃないのは分かってるが、ショーンのために今は耐えろ。仲間を集めて必ずミジョウを倒すんだ」
ガーディさんの呼びかけに、ゲイルは握りしめて震えている拳をついに振り下ろすことができなかった。
代わりに、噛みしめた唇から血の涙がしたたり落ちた。
―。
それから俺たちは、ゲイルが落ち着くのを待ってショーンの隔離された小屋を訪れていた。
ガーディさんがどうしてもショーンに会っておきたいと言ったからだ。
おそらくだが、ゲイルの重荷を一緒に背負ってやろうとしたのだと思う。
最初はショーンに会わせるのを拒んでいたが、やがて承諾した。
ゲイルに案内された小屋の中にいたのは、涎も汚物も垂れ流しながら這いつくばり、ドラッグを懇願するだけの廃人と化した男だった。
「ゲイルゥ~…ゲイルょぉ……酒を、あの酒をくれよ~。頼むよぉ~、アレなしじゃ生きていけねえよ~…頭が割れそうなんだ…アレが、アレがねえと………ゲイルゥゥゥゥx~っ」
足にしがみついた汚物だらけのその男を、ゲイルは躊躇いもなく優しく抱きしめた。
「ごめんな、ショーン…ごめんな…」
ゲイルは長年連れ添った相棒にただただ謝るばかりだった。