85. VSゲイル
ギィンッ!
ドゴッ
バシッ
バギッ
「こんのクソガキ!大人しくその首差し出せ!」
「うわっ、あぶねえ!?それは俺のセリフだクソ野郎!父親の仇だ、死んで詫びろ!」
「ぬお!仇って……お前の親父ならトークンでピンピンしてんだよ!逆恨みも大概にしとけや!」
「うぐッ!あ、当たり前だ!父さんが簡単に死ぬもんかよ!あの時の恨みは忘れてねえって話だ!」
俺とゲイルは既に20分以上闘っていた。
『4K』発言をした俺にブチ切れたゲイルが襲い掛かってきたのだ。
俺は俺で、一方的に村を襲い、武者神楽のスキルが封印されて成す術を失ったガナイを痛めつけた狼騎兵とその隊長に対して、怒りを抑えきれずに応戦した。
(クソッ!なんでこのガキ、ガキのくせにこんなに強ぇんだ!?ガキのくせによぉ!)
(クソッ!このオッサン、攻めるのも守るのもやりにくい事この上ないぞ!3K…いや4Kの異名は伊達じゃないな!)
俺は、ガーディさんと打ち合った時と同じように、土魔法と水魔法で土氷剣を作り、上級剣技に魔法を組み合わせて攻撃を浴びせる。
「土槍!そして氷弾!」
足元から突き出る土魔法の槍と、左右から挟み撃ちするように氷のミサイルを10発ずつゲイルに向かって放つ。
「んな!?……なんつう強引な魔法の使い方しやがるんだ!」
「まだまだ、これでどうだよ!?」
大してゲイルは両手に一本ずつ剣を持って闘う、二刀流スタイルである。
ゲイルは両手に剣を持ったまま後方に飛び退いてその攻撃を躱すが、俺はそれを見越して既に背後に回り込んでおり、剣による直接攻撃を仕掛けた。
「だが…」
十分に体勢は崩したはずだった。
「攻め方も剣技についても、見た目通りまだまだガキだな」
「うっ…!?」
ゲイルは右手の剣で横薙ぎの攻撃をを軽く流しつつ、左手の剣で俺の剣筋に合わせるように手元に向かって同時にカウンター攻撃を放ってくる。
(お、俺の流しが幼稚に思える程の剣捌き!この悪人面と剣技の美しさのギャップ……)
「安心するなよ?残念だが、それだけじゃねぇ」
「ハッ…!」
いつの間にかゲイルの右手剣が俺の首筋に迫っていた。
(マ、マズ……ッ!)
ガキィンッ
咄嗟に出せたのは、首だけをどうにか守れるほどの小さな土氷盾。
だが、なんとか防ぐことができた。
「ハッ、ハッ、ハッ…」
慌てて距離を取り、呼吸を整える。
「……魔力量にも驚いたが、呆れるほどの魔法の発動速度だな。一本取ったと思ったのに止められちまったぜ」
それからほんの数秒、にらみ合いが続いた。
「そこまでだ。お互いに剣を収めろ」
いつの間にかガーディさんが間に割り込み、俺たちに制止を促す。
「………………」
「………………」
しかし、ガーディさんを挟んだ両者のにらみ合いは続く。
「二人とも、終わりにしろと言ってるだろう」
さらなる牽制の後、やがてようやく二人同時に警戒を解いた。
「…ガーディさんに免じてここまでにしておいてやる」
「ぬかしやがれ。命拾いしたのはてめえの方だろ」
その様子を見ていたガーディさんは、腰に手を当ててため息をつきながら呟いた。
「お前ら……少し似てるな…」
「「似てねえしッ!」」
―。
お互いに矛を収めた俺とゲイルは、ガーディさんに促されて話をするために地面に座った。
だが、さっきまで殺し合いしていた相手となんか、何を話していいか分からない。
とりあえず、こうしていても埒が明かないので、一番の疑問をぶつけることにした。
「「「なんでこんなとこに居るんだ?」」」
三人とも、同じことを思っていたらしい。
一言一句同じ言葉を同じタイミングで発してしまった。
俺とガーディさんはゲイルを見て、ゲイルはガーディさんを見ながらだ。
狼騎兵隊長がこんなスラムに居ることが疑問だった俺とガーディさん。
一方のゲイルとしては、深手を負ったはずのお尋ね者のガーディさんが俺と一緒にいることが不思議だったのだろう。
「………………」
「一人ずつ、順番に喋りましょうか」
気まずさを隠すように、俺はあまり間を置かずに提案する。
「「…そうだな」」
今度は、ガーディさんとゲイルが一緒に喋った。
「…………」
ゴ、ゴホンッ
とにかく、話を進めよう。
まずは俺からだ。
「ガーディさんには話したが、俺はミジョウにスキルをかけられ約2年間別人として暮らしていた」
「ああ、知ってる。目の前で見てたしな。至高・ミジョウ様のアレをかけられたら人格が壊れちまうってのも、これまで何度も見てきたしな」
「で、さっき自分を取り戻した」
俺の言葉でゲイルの目の奥がギラリと光った。
「そこだ。何をやった?アレから戻ってきたやつを俺は見たことがねえ」
「秘密だ。誰がお前なんかに喋るかよ」
俺がそう還すと、ゲイルはさっき一瞬強めた目の奥の光を抑えるように息を吐いた。
「ま、そうなるよな。いいぜ、今は喋らなくて。気に食わねえが、アッサリ大事なことを喋るような奴は信用できねえしな」
信用?
俺の何を信用しようというんだ?
「じゃあ次だ。ガーディ、喋りやがれ」
「お、おい!俺はそんな簡単でいいのかよ!?」
あまりに短すぎるやりとりだったため、もう説明はいらないと言われると、それはそれで逆に気持ちが悪くなってくる。
「いい。お前の事は時々見に来てたから聞くこともそんなに無ぇ」
「見てただって?」
「いいから、ガーディの番だ」
「うぬぅ…」
こんなところで食い下がっても仕方ないので、ガーディさんの話を聞く。
「俺はミジョウの追手から深手を負い、ここに逃げ込んだ。そこをロッカに助けられたんだ。その縁で今はこうして一緒にいる」
そう言うと、ゲイルは俺に顔を向ける。
「お前が助けただと……?」
「なんだよ、文句でもあるのか?」
「だってよ、お前封印されてて魔法なんか使えねえだろう?さっき戻ったって自分で言ってたじゃ…………って、ああ!なるほどね、理解した。それでガーディは今は何をやってるんだ?」
勝手に聞いておいて自己完結しやがった。
イラっとするが、我慢だ。話が進まなくなる。
「昼間は動き回っているな。夜は大抵ここに来てロッカと食事をしていた」
「ふぅーん。動き回っている、ねえ…」
意味ありげな会話をする二人だが、なんとなく察しがついてるような会話だ。
何か思い当たる事があるのだろうか。
「最後はお前だ。お前こそこの場所に一番ふさわしくないだろうに。なぜ、ここに居る?」
ガーディさんがゲイルに順番を促す。
ゲイルが深く息を吐いた。
「―っ!」
今までは怒りながらもなんとなくヘラヘラしていたゲイルだったが、スイッチが入ったかの如く、その悪人面に凄みが増した。
(分かってはいたが、俺との闘いはほとんど遊びだったってわけか。…さすがは狼騎兵の隊長ってところか)
俺たちはゲイルの言葉を待った。
右手は拳を握り、それを左の手で押さえつけるように胸の前で手を組んだ状態のゲイルから、ようやく絞り出すような震える声が聞こえた。
「ショーンが……このスラムに送られた…」