82.診察
「あの、ガーディさん」
俺は、しばらくの沈黙を破ってガーディさんに声をかけた。
どうしても、やらせてほしいことがあったからだ。
「どうした、ロ、ロ、ロ、ロ…」
ん?
「あーと、その……ロ、ロ、ロ、ロ…」
(ああ、そう言う事か。ロイと呼べばいいのか、ロッカと呼んでいいのか分からないんだな)
なんか、ガーディさんが可愛く見えてしまい、危うく笑いそうになる。
「ロッカでいいですよ。というか、この国では当面ロッカとして生きていくつもりです。ロイなんて人物はいなかったでしょうし、この名前をミジョウや狼騎兵が覚えていたらややこしくなりそうですから」
「そうか、ではロッカと呼ばせてもらう」
「ええ。これからもよろしくお願いします」
「それで、ロッカ。何か用でもあるのか?」
「はい。ガーディさんの身体を診察させてもらえませんか?」
「俺の身体を診察だと?」
「はい。実は……」
俺は、自分のスキル修練宝塔についてガーディさんに話をした。
普通なら秘密にすべきことなのだろうが、俺はスキル内で体感5年ほどガーディさんと過ごした。
既に信用できる人物というのは確定していたが、その修業期間でガーディさんに対する信用は信頼にまで変化した。
そしてガーディさんは上級スキルを取得した俺ですら毎秒死を覚悟するほどの達人である。
腹の内を早い段階で見せて仲間に引き込んでおきたかったのだ。
何のための仲間か。
そんなことは言うまでもない。
『ミジョウを倒す』
これは俺の中で決定事項であり、必ず成し遂げるべき義務でもある。
俺は親の命乞いをするという親不孝をガナイの目の前でやってしまった。
そのときの怒りと悲しみに満ちたガナイの顔が忘れられないのだ。
今のままでは家族の顔を見る事など恥ずかしくてできたものではない。
ミジョウを倒して汚名を返上し、ようやくガナイに詫びを入れる準備が整うというものだろう。
それに、自分としても毎晩のようにミジョウとガナイの夢を見させられ続けるのはたまったものではない。
一生、この夢に悩まされながら生きていくのかと思うとゾッとする。
家族に会うこともできず、毎晩悪夢にうなされる人生などまっぴらだ。
だから、自分の能力について話し、ミジョウを倒すことに全面的に支援してもらいたいというのが狙いの一つだった。
「その修練宝塔というスキルの中で、俺はガーディさんから上級の診察スキルを伝授してもらいました。それで分かったことですが、さっき打ち合っていた時、ガーディさんの動きに違和感を感じる事があったんです。」
「…ロイとロッカの件といい、お前の特殊なスキルといい、わけのわからない事が多すぎて困る。そういう大事なことを簡単に他人に言うなと怒ってやりたい気持ちもあるのだが……まあいい、続けろ。」
「はい。そのガーディさんの不自然な動きで、自分としては間一髪助かった部分も大きいのですが、どこかに異常を抱えてしまっているのではないかと考えたんです。単刀直入に聞きますが、自分の動きがおかしくなることはありませんか?」
「……………」
答えない、という事がすべてを物語っていた。
「あるんですね?以前からそう感じることが」
観念したとでもいうように、ふぅ~、と大きくため息を吐いて、左足を擦りながらガーディさんは口を開いた。
「……前にな、左足を怪我したことがあってな。その後の治療で完全に良くなっているはずなのだが、時折軋むような感覚がおきるようになったのだ。」
「古傷……というわけではないですよね?どんな怪我だったんですか?」
その質問でまたもやガーディさんは口が重くなった。
「まさか、ミジョウですか?」
「…ああ、そうだ。俺は闘技場での闘いでミジョウに足を切断された。腕のいい治癒士がいたからこの通り、くっついてはいるが
な。確かに、肝心なところで左足から力が抜けてしまう時がある」
「……………ミジョウ、ですか」
――ガーディさんの怪我にミジョウが関わっている。
俺にはその事実を聞き流していいものだとは、どうしても思えなかった。
「ガーディさん、やっぱりその左足、診せてもらえませんか?」
「変なところに執着する奴だな…。無駄だとは思うが、やってみろ」
俺は、ガーディさんが差し出した左足にそっと触れて、魔力を練り始めた。
(修行を思い出せ、ロイ。髪の毛よりも細い魔力繊維のイメージだ。それを何千、何万と作り細胞の隅々まで調べ上げる!)
始めたばかりなのに額から汗が滲み出てくる。
スキル内では散々に練習して息を吸うようにできた魔力操作なのだが、やはり返実世界での訓練が足りていないらしい。
「お前……こんな魔力操作までできたのか?」
「言ったでしょ?修練宝塔の中でガーディさんから上級の診察スキルを教わったって。診察のためだけなら、魔力操作は上級クラスと太鼓判押してもらいましたよ」
「上級クラスとは……いや、確かに……だが……」
小分けにスキル獲得ができるようになったため、教わるスキルによって特化した技術を習得できるようになった。
おかげで、本来上級の魔力操作ができないと習得不可能なはずの上級診察スキルも身に付けることができたのだ。
これはラウルのおかげとしか言いようがない、とエマさんが忌々しそうに言っていた。
「言っている事がよく分からないが、やり方は合っているな」
「当然ですよ。ガーディさんから教わったんですから………んっ、これは!?」
「何か、あったのか!?」
魔力の繊維の先に何か不自然に当たってくるものがある。
(毛先をもっと、細かいものにして…)
非常に狭い範囲に集中してなぞる様に魔力を注いでいく。
すると、やはり微妙に違和感を感じる場所がある。
(アキレス腱に……これは指輪…いやメビウスの輪のような……)
既に診察を開始して30分は経過していたが、それからさらに30分ほどかけてじっくりと診察を行った。
「ふうぅ~…。お手数をおかけしました。診察終わりました」
俺が汗をぬぐいながらそう言うと、ガーディさんは呆れたように
「…なんという魔力量をしているのだ、お前は。普通の奴がその操作をやったら5分も経たないうちに魔力切れで倒れるところだぞ」
「これは一つの自慢みたいなものですが、恐らく弟はこの俺よりも魔力が多いですよ」
「非常識な兄弟だな」
「ちなみに父は冒険者時代、災害と呼ばれていました」
「………訂正しよう。傍迷惑な親子のようだ」
(おお、ガーディさんまで知っていたか。有名人だね、お父上は)
会話をしながら、俺は乾いた喉を潤すために土魔法でコップを作り、そのコップに水魔法で氷を浮かべた冷たい水を注いだ。
二人分の水をサッと作り上げて、その内の一つをガーディさんに渡すと、俺は煽るようにコップを傾けた。
「………もう、よく分からん」
ガーディさんは頭を抱えていた。