8.はじめてのスキル発動
「ママ」とはじめて言葉を声に出してから3日後の事である。
俺はおしめを変えてもらっていた。
走れるようにはなったとしても、尿意や便意のコントロールなどできはしない。
当然のようにおしめを汚してしまう。
前世にある紙おむつなら交換するのもどうとでもなるのだろうが、
布のおしめを替えるなど難易度が高すぎる。
下の世話をされるのはこの上なく恥ずかしい限りだが、
あなたは赤ん坊なのですよ、と自分に言い聞かせてジッとしていた。
おしめの替えが終わったとき、
ミアがいつも腰紐につけている20cm程の木の棒がポロッと落ちるのを見た。
この村の人たちの服装はワンピースを腰紐で縛ったような、
前世の教科書で見たような貫頭衣に近いものだ。
落ちた木の棒が何なのかは知らなかったが、
ミアがいつも肌身離さずに持ち歩いていた。
起き上がって落としたそれを拾って渡そうとしたその時だった。
目の前が白くはじけ飛ぶような感覚に襲われ、
俺の意識はどこかに飛ばされてしまった。
◆
「起きろー。ロイー。コラー。いい加減にしろよー。」
「ん、んん~…?ンエッ!?」
気だるそうな声で起こされたロイは、
目の前の人物を見て驚いた。
死後の世界で番人をしていた美人閻魔様(仮)がいるではないか!
「え、閻魔様!?なんでここに!
…というか、ここはどこ!?」
当然、パニックになる。
(また死んでしまったのか!?木の棒を拾っただけなのに!?)
オロオロとみっともない限りではあるが、
頭が混乱してどうにもならない。
「ふむ。落ち着けロイよ。
一つずつお前に説明していってやる。
まあ、お茶でも飲め。」
美人閻魔様(仮)がそう言うと、
死後の世界のように真っ白の何もない空間の中に、
どこからともなくこたつとお茶が出てきた。
「怖いし!どこから出てきた!?こたつとお茶!
っていうか、俺、赤ちゃんのくせにすげえ喋るし!」
そう、身体の感覚が死ぬ前の宇堂正太郎の時と変わらない。
まだまだトテトテ走りのロイ君の喋りや動きではないのだ。
「やかましいのぉ。
それも説明してやるからまずは茶を呑め。」
「はい。」
美人閻魔様(仮)が不機嫌そうだ。
ここは、おとなしく「待て」の命令を聞くのが良いのだろう。
―お茶が美味い。
「まずは、この空間に関してだが、
これはお前のスキル、【修練宝塔】の中だ。」
「はい。」
「そして、我はお前の記憶の中からナビゲーターとして一番ふさわしい人物を再現されてできたもの。
ここまでは良いか?」
「…多分大丈夫です。」
おそらく、これはアレだ。
前世にあったスマホの電話の声のシステムと一緒だ。
声を直接届けるのではなく、
何万通りもある声のデータの中から選びだされた電子音のそれと同じようなものだろう。
ということは、あそこで美人閻魔様(仮)に会っていなかったら、
別の人物がナビゲーターに選ばれていたという事だ。
出会いに感謝せねば!
「なにやら返事が頼りないのう。
まあよい、次じゃ。我に名前を付けるがよい。」
「名前、ですか?」
「うむ。この人物データには名前がない。
それでは不便故、お前がつけるがよかろう。」
「えーっと、閻魔様なんてどうです?」
「却下じゃ。」
「な、なんで!?」
「この世界の大いなる存在を敵に回したくないだろう?
その名前は止めておけ。怒りに触れるぞ。」
この流れは前世のTVゲームで見たことがある。
ゲームでの経験上、何一つ良いことが無いから絶対に止めておこう。
「んー…じゃあ、エマさんはどうですか?」
一文字違えば別人ですよね?
もう、これしか思い浮かびません。
「…まあ、世界の理には反してないようじゃからいいが、
我に対するそのイメージ何とかならんか?」
スキルのナビゲーターがエマさんになりました!