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モノゴイと呼ばれた男  作者: クラノ恩樹
第2章 奴隷の国編

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71.何時かの自分

「おじさんっ、これ飲める!?」


ゴミ山の麓から大事にしていたポーション掘り出したロッカは、急いで自分のねぐらにしていた場所に戻った。

そこには血を流している見知らぬ男が横たわっている。


息を切らしながらその男の顔の前に、ズイとポーションの小瓶を差し出して声をかけた。


「………………………」


返事がない。


「え?あっ……え?」


返事どころか呼吸すらあるのかないのか、時折微かにしているくらいである。



ロッカの目の前で男が一人、その生を終えようとしていた。



飢え、暴力、病…。

あらゆるものが自分たちに牙をむき、あっという間に命を奪っていく。

そんな場所で暮らすロッカにとって、人が死ぬのを目にすることは、そう珍しくはなかった。


誰かの死は、はじめのうちこそロッカの感情をひどく揺らしたが、次第に道端の雑草を見るかのように、無機質なものに変わった。

それこそ路傍の石でも見るかのように。


だが―。


「…し、しっかりしなよっ。」


会ったばかりのこの男の死が、ロッカには何故かとてつもない大きな出来事に思えた。


『ボウズ』


自分を呼んだこの男の言葉からは、蔑みの気持ちは感じられなかった。

この街に来て初めて、そんな人間と出会ったからだろうか。


気づけば肩を抱いて必死に揺さぶり、男を迫りくる死から遠ざけようとしていた。


「………あ? ああ、お前か…。」


「死んだら…ダメだよ…。」


「もう……手遅れだな…。」


「そんなこと、ない…!がんばれ!」


「がんばれか…………そう言われても、な…。」


男は、ロッカの言葉に苦笑いしながら、再び目を瞑った。


「う…あ、あ、あ、あぁ…!これ、これ飲んでよッ!死にそうなとき飲む薬なんだ!」


キュポン


小瓶の蓋を開けて、意識が無い男の口もとに持っていく。

意識を失った人間に飲み込む動作はできないことくらいロッカにだって分かっていた。

ただ、目の前の命をどうにかしたい、それだけだった。


当然、男が口を開くわけもなく、ひどく浅い呼吸をするばかりである。


 ―どうしたらいい!?


口もとに差し出したポーションを離してオロオロと狼狽え、周りをキョロキョロ見渡すが、答えをくれる人などいるはずもない。




『―バダッ!』




その時不意に、頭の中で傷だらけの気を失っている子供の姿が浮かび上がる。


『まずは、傷を治す。回復の水!』


そしてその子に少しずつ、ほんの少しずつ、口の中を湿らせる程度の水を垂らしていく。


やけに鮮明に浮かび上がるそのイメージに手を引かれるように、ロッカはポーションの小瓶に蓋をして地面に置き、男の背中のナイフに手をかけた。


「ま、まずは傷を……!」


ナイフを両手で掴み、男の広い背中に両足をつけて踏ん張る形を取る。

緊張で胸までしか入っていかない空気を無理やりいっぱいに吸い込み、歯を食いしばった。


「フウー…ッ、フウー…ッ、フウー…ッ!んああ!!」


「ぐぅッ!」


自分でもこんな力が出せたのか、と思うほど一気にナイフを抜くことができたが、ブシュウと血が噴き出し、ロッカの前身に返り血が浴びせられる。


しかし、そんなことに構っている暇はない。


すぐさまポーションの小瓶を手に取り、血で滑る手を着ているボロ服の背中で拭いて蓋を開けた。


「お願いします…!どうか、この人を助けてください!」


祈る思いで小瓶の半分ほどのポーションをナイフの傷口にかけた。


「う、うわ…」


驚くことに、見る見るうちに出血が止まり傷口も痕すら残らずに治ってしまった。


「これ……すごい薬…」


数秒間、呆然としてしまったロッカだったが、こうしている場合ではないとハッとして今度は右肩の矢じりに手をかける。


しかし、矢じりにはナイフと違って()()()がついていて上手く抜けなかった。


「くっ…、こうなったら!」


ロッカは、引き抜いたばかりのナイフを手に取り、矢じりの刺さっている両側に突き刺して傷口を広げ始めた。

痛みのせいか、ビクンと男の身体が一瞬跳ねるも、既に弱りきっている男は目を開ける事すらしない。


それを良い事に、傍から見れば狂人の行いにしか見えないが、ロッカは脇目も振らずに男の身体にナイフを突き刺していく。


ズプゥ…


「抜けたぞ…!」


すぐさまその傷口にポーションを少量だがかける。

使用量が少ないからか治りはナイフの傷より遅いが、確実に塞がってきている。


それを見て、右太ももに刺さったもう一本の矢じりも同じように傷口を広げて取り出していく。

そこにポーションを少量垂らして傷口を塞ぐ。


そして、ここからだ。


「薬は残りわずかだけど、頭の中の傷だらけの子はこれで回復してる。おじさん、がんばってよ!?」


ピチョン


ピチョン


体勢を仰向けにして、左手で口を開けさせると、ロッカは慎重に一滴ずつポーションを垂らし始めた。


「口の中を、湿らせるように……ちょっとずつ…」


眠りも浅く、水も満足に飲めていなかったロッカはフラフラだったが、意識を繋ぎ止めて男を介抱し続けた。


そして、ポーションの小瓶が空になるのを見届けたロッカは、そのまま男の隣に崩れ落ちてしまう。


意識を失っていくロッカは、その寸前、ふと妙なことを思った。


 ――傷だらけの子供を助けようとしたあの手………あれは自分の手によく似ていたな、と。



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