閑話5.夢を語る
「あの、アニーさん…?」
ポロンと仲良く店の準備をしていたミアの母親であるアニーに声をかけたのはシンディだ。
ミア率いる開拓村の男たちは、ダンジョンに向かっていて誰もいない。
子どもなのでダンジョン行くにはまだ早いバダとシンディとポロンは、宿屋シーガル・ジャーニーのジョナとアニーに預けられていたのだ。
外の世界を知らなかったシンディにとって、ほとんど初対面の誰かに話しかけるのは勇気のいる事だったが、自分が動かなければどうにもならないと思い、頑張って声をかけた。
「ポロンは魔法がお上手ね~…………って、どうしたのかしら?シンディちゃん?」
アニーはいつもとにかくニコニコしている。
怒っていてもニコニコしているからそれはそれで恐ろしいのだが、今は本当に楽しそうだ。
一人娘のミアが街を出て数年経ち、孫をたくさん連れて帰ってきたのだ。
楽しくて仕方ないのだろう。
「あ、あの…バダ、知りませんか?」
シンディも親に虐げられてきたため、同じ傷を持つ者としてバダの事が放っておけなかったのだ。
アニーは少しだけ考えて何か探る様な顔をしていたが、またニコニコし始めた。
「バダ君は~…大丈夫そうね。安心していいわよ。それよりもシンディちゃん。魔法、使えるようになりたくないかしら?」
「え、いやあの……バダは?」
「バダ君は大丈夫だって言ったじゃな~い。それよりもどう?魔法やってみない?そうだ!ミアたちに内緒でできるようになって、皆をビックリさせちゃいましょっ、ね!?」
「えっ、アニーさん!?魔法って……あのッ…バダはッ……!?」
こうして、シンディはバダについて何の答えも得られないまま、魔法の訓練をアニーとすることになってしまった。
―。
「うう、母ちゃん………母ちゃん……」
宿屋シーガル・ジャーニーの店の裏手に一人膝を抱える小さな影があった。
バダだった。
バダは父に裏切られ、その父に母を殺されるという壮絶な経験をさせられてしまった。
塞ぎこんでしまうのも無理のない話である。
トークンへの旅の途中でも、時々用を足す、と言って隠れて泣いていたのだ。
「父ちゃん……どうして俺を捨てたんだよ……どうして母ちゃんを…ううう…」
バダ本人は父であるコリージが、狼騎兵のスタークスに殺されて既にこの世にいないことを知らない。
だが、殴る蹴るの暴行を受けて家の柱に括りつけられたバダは、自分が捨てられたことを知っている。
寄り添うべき両親を一気に亡くしたバダは、心にとても大きな傷を負った。
悲しみに暮れるバダの元に、大きな影が忍び寄った。
「…坊主」
誰か近づいてきていた事にまったく気づいていなかったバダはビクッとして上を見上げた。
そこに立っていたのは店主のジョナだった。
「な、なんだよ…あっちいけよ!どうせ泣くな、とかっていうつもりだろ!?人の気も知らないくせに……!」
バダはジョナに噛みついた。
村の人たちからも腫れものを触るかのように扱われ、泣いているともう泣くなと慰められた。
それが、心からの気持ちじゃなく、泣いている自分を見たくないためのものだと気づき、また悲しくなった。
だが、店主ジョナからの言葉は意外なものだった。
「この街から西に見える大きな山々はガンコウ山脈という」
「……はっ?」
「その山脈に生息するのは虫、草木に至るまで魔物ばかりだ」
「ちょっ…何を言って……」
突然、脈絡のない事を語りだしたジョナに困惑するバダ。
しかし、ジョナはそれに構わず話を続けた。
「ガンコウ山脈を挟んだ西側には、東のこっちとはまるで違う文化があってなぁ。東西で行き来がたくさんあれば、両方の面白いものが世界に広がっていくはずなんだ。だがな、さっきも言った通り、危険な道しかないんだよ。西から来る者、西へ向かう者、どちらもその8割以上は山脈に棲む魔物たちの餌食になってしまうんだ。そんな危険地帯だから今はもう、ほとんど山脈越えをしようとする者はいないんだ」
「だから、何を言って…」
自分の悲しくて辛い気持ちを脇に置かれて、一方的に話を進めるジョナに苛立ちを覚えたバダは口を挟もうとした。
それを、手で制して、尚もジョナは話続けた。
「俺はな。いつかこの山脈のど真ん中に、でかいトンネルを通したいと思ってるんだ」
「!?」
「俺が、この店をやってるのは嬉しそうにしてるやつを見るのが好きだからだ。そして、冒険者でも商人でも、そんな奴らがあの山脈で命を落とすことが悲しくてたまらねえ。涙が出るんだよ。俺の店に来て酒飲んで笑って旅立っていったあいつらの顔がもう見れないって思うとな…」
「………」
「実現できるかどうかは分かんねえ。何から始めたらいいのかもまだ分かんねえ。
だがよ、その事業に俺程度の人間の一生を突っ込んだ事で、後々たくさんの人たちが笑顔になったらと思うとワクワクしてなあ。40歳過ぎたってのに、時々夜も寝れなくなるんだよ」
「…それが、俺になんか関係あるのかよ!?」
「いや、何もねえよ。ただ、俺の夢を聞いてほしかっただけだ」
「はあ?」
「俺の与太話に付き合ってくれてありがとうな。良かったら、また聞いてくれ」
ジョナはそう言うと、何もなかったようにさっさと店の中へと入っていった。
「なんだよ、あいつ…意味分かんねえよ…」
独り言で悪態をついてみたが、なぜかそんなに悪い気はしていなかった。
「………夢、か………」
バダの悲しみが消えたわけではない。
自身の運命を呪う憎しみから解放されたわけでもない。
これからも、きっとたくさんの涙を流すことだろう。
だが、この時だけは、バダの頬に涙が流れることはなかった。
街の入り口の方で喧騒が聞こえた。
「狼だぁーッ!魔狼が男を乗せて侵入してきたぞーツ!!」
トークンでの生活が本格的に始まろうとしてた。
これだけ時間をかけてようやく第1章の閑話が終わりました。
明日からは第2章が始まります。
相変わらずの不定期なので少しずつの更新になってしまいますが、今後もどうぞよろしくお願いいたします。