63.魔狼アザルト
(ど、どうにか魔狼の牙から脱しないと…!父さんが身動き取れなくて危険に晒される!)
俺は、狼騎兵の隊長ゲイルの作戦により、ガナイと分断される形となってしまった。
奴隷の国の目的が拉致であるため、俺を殺すという選択肢は今のところ無いようであるが、今も首根っこを魔狼に咥えられてのしかかられている事で、全く身動きが取れない状況だ。
6歳の子供の体では、力ではどうすることもできない。
(やはり、ここは魔法だな。俺を咥えながらも呼吸しているようだから…)
俺は、魔狼の呼吸を奪うために水球を発生させようと魔力を練り始めた。
「グルゥウッ!」
「う、うああ!」
俺の魔力を察知したらしく、大きく唸り声をあげて俺を振り回しにかかった。
(俺の魔力を感知しているのかッ?こ、これじゃあ、魔力を練ることができない!)
その後何度も魔法を発動させようとするが、その度にこの魔狼に邪魔をされてしまう。
それでも諦めるわけにはいかない。
こうしている間にも、ガナイがなぶり殺しにあっているかもしれないのだ。
俺たち親子が倒れれば、村のみんなが奴隷の国に連れていかれてしまうのだ。
(魔法発動なんて上品なものは止めだ!ここまできたら、なりふり構っていられないんだ!)
「ふむぅ~ッ!(高圧水噴射!)」
俺は、ただただ魔力を力任せにぶっ放すだけの高圧水噴射を発動させた。
これは、修練宝塔で初めて会得した水魔法であり、一番最初にポロンを助けるために何時間も打ち続けることになった馴染みの魔法でもある。
加減をしなくてもいいという事は、それだけ発動もスムーズに行えるという事だった。
バシュウッ
「ギャンッ!」
これまでと段違いの発動時間の短さにより、魔狼も察知することができなかったのか、まともに腹部に喰らわせることができたようだ。
「ぐっ!くはあぁああ~ッ!」
魔狼の牙から転がるように抜け出した俺は、すぐさま態勢を整えて魔狼に対峙する。
(口もとから血が出ているな…。腹に穴をあけることは叶わなかったが、ダメージはそれなりにありそうだ)
魔狼は怒りの表情を見せるが、俺を警戒しているのか動かない。
「すぅー、ふぅー…」
「フーッ、フーッ!」
……。
しばらく、俺の静かな呼吸と魔狼の荒い呼吸ばかりが聞こえていた。
(なんだ?なぜ動かない?それだけのダメージを負ったという事なのか…?)
警戒しながら円を書くように魔狼の周りを移動してみる。
この膠着状態を早く脱するためにダメージの具合を確かめたかったのだ。
ピチョン
魔狼の後方で血が滴り落ちたのが見えた。
(腹を、やったから尻の方から血が出てもおかしくは、ない……かも。
だけど、引っかかる……そういえば、この魔狼。やけに腹が大き…………ッ!?)
ハッとした。
さっき組み敷かれているとき、男性のシンボルが無かったのを思い出した。
「お、おい!まさかお前お腹に子供が…!」
「ガルルルルルル!!」
思わず無警戒に近づこうとすると、すさまじい威嚇が返ってきた。
「何もしない!何もしないから!お前、子供が……赤ちゃんがいるんだろう!?さっきの一撃で子供が傷ついたんだろう!?今ならきっとまだ間に合う!俺に治療を……ッ!」
「グルルルルァーッ!」
魔狼は動かない。いや、お腹の子供のために動けないのだろう。
その代わりに精一杯の力で俺を威嚇し、お腹の子供を守ろうとしていた。
「頼む!治療をさせてくれ!敵同士だけど、お前は同じ人間でもないけど、赤ちゃんが未来の希望だってのは変わらないだろう!そのくらい俺にだって分かるよ!だから頼むよ!お前らの未来を守らせてくれよ!」
「グルアァアアアアアアアッ!」
当然かもしれない。
ここまで叫んでも、魔狼は俺が近づくことを許さない。
(どうすれば…どうすれば救えるんだ……!)
なぜ、敵である魔狼に対してここまでしようとするのか、自分でも分からない。
だけど、これは理屈ではないのだ。
目の前の親子をどうしても助けてやりたい、ただそれだけだった。
「土魔法!土器生成!」
「グルルル…」
俺は四方3mほどの大きなプールを作った。
それを見てさらに警戒心を強める魔狼だが、俺は構わず次の魔法を発動する。
(ここまで魔法を発動させても動かないってことは、あいつが動くだけでお腹の子供が危険だということだろうな。急がなくては…!)
「ロイケルポーションッ!」
俺は、先ほどガナイに使った回復の水魔法、ロイケルポーションを発動し土魔法で作ったプールを満たしていく。
ロイケルポーションは回復の水、浄化の水、ロイケル皇帝液2をバランスよく配合させたものだ。
(くっ!急場で作ったポーションでこれを満たすのはさすがにキツイ!浄化効果とロイケル皇帝液を薄めて、まずは回復効果を優先させるぞ!)
俺は、体内で調合をし直してプールに水を満たしていく。
「ふうっ…」
プールが満水状態になったのを確認して、俺は魔狼に呼びかけた。
「おい!必ずお前の赤ちゃんは守ってやる!その水がここにあるんだ!俺が今からやることをよく見ていろ!」
言われずとも、警戒しっぱなしの魔狼は一瞬たりともロイから目を離さない。
(よし!やってやるぞ!)
俺は左腕を前に出し、魔力を練り上げる。
そして、その左手に向かって右手で魔法を放った。
「水刃!」
ズパッ
「うあああああー!」
切られた自分の左腕が落ちた。
肘から下が無くなった傷口からは大量の血が流れ出る。
(い、痛ぇ!こんなに痛いの!?って、アホか俺は!それどころじゃないだろ!)
「くっ!み、見てろ狼…!この切断された腕をくっつけて、プールにそのまま漬けるからなっ」
俺は、飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、自分の左腕を拾って断面にくっつけた。
そしてそのままプールに体ごと飛び込む。
パアアッ
途端に傷口が光って徐々に痛みが引き、手、指と感覚が戻ってくる。
「はあ!はあ!もうやんねー!絶対もうこんな痛ぇ事やんねーからな!
もうやんねーからお前も早くこのプールに入れ!見てただろ!見て分かっただろ!?助けられるんだ!ここに入ればお前ら親子は助かるんだ!」
俺は左腕を回したり、手をニギニギしたりしながら必死に呼びかけた。
呼びかけながら両手を広げて魔狼に近づいて行く。
襲われようが構わない。
その時は、潔く戦うまでだ。
「早くしろよ!ここまで俺がやってんだぞ!赤ちゃんの事だけ考えろよ!どうすれば助けられるかだけ考えろよ!助かるかもしれない最善を尽くせよ!早く!でないと……!」
そこまで俺が言うと、魔狼は警戒しながら俺に近づいてきた。
いや違った。
俺の事など目もくれず、脇を通り抜けて一直線にプールに向かった。
そして、一切の躊躇いを見せずに回復のプールへとその身を委ねたのだった。
プールから溢れ出る水の音が、やけに耳に残る。
「クウゥーン……。」
魔狼のお腹が癒しの光に包まれるのを、俺はしばらく呆然と見ていた。




