59.防戦
ゴッ!
ギィンッ!
ガギィンッ!
「むうっ!」
狼騎兵が移動力を惜しみなく使って俺たちに襲い掛かる。
地面を走るだけでなく、木の幹や枝を蹴って三角飛びをするように空間を立体的に使った攻撃である。
ガナイもその動きに対応するのに苦戦しているように見える。
「ちぃ。乗ってる奴は大したことねえが、あちこちから狙われるこのタイプの攻撃はあんまり見たことがねえ…。
ロイ!順応するのにもう少し時間がかかる!油断するなよ」"
「えっ!?わ、分かりました!」
(今、なんて言った?乗ってるやつは大したことない、って聞こえたが?苦戦してるんじゃないのか?)
俺がガナイの発現を疑問に思っていると、別にもう一人それに反応している者がいた。
「てめえ~…今なんつったーッ!?」
狼騎兵の男である。
当然と言えば当然、見る見るうちに頭に血が上っていき、攻撃もそれに比例して苛烈さを増した。
乗り手の男の怒号に呼応するように、狼の動きも一段と加速する。
「くっ!」
ブシュッ!
一段階威力の増した一撃を腕に掠らせて血が噴き出したガナイからくぐもった声が漏れた。
「と、父さん!」
初めて見るガナイの流血に背筋が凍る。
(か、回復を…!)
咄嗟に回復の水魔法を発動させようと魔力を練ると、ガナイから声が飛んできた。
「ロイ、心配するな。順応に時間がかかるとは言ったが、勝てないとは一言も言ってねえし、こんな傷お前に頼るほどじゃない。」
「で、でも!」
「それに、あいつはまだ隠し玉を持ってる。その時まではジッとしてろ」
そこまで言われては仕方がない。
とりあえず様子を見ることにして、渋々魔法の発動を取りやめた。
ガナイがロイに魔法を使わせなかったのには理由があった。
できるだけロイを目立たせたくなかったのだ。
狼騎兵は今のところロイには目もくれず、ガナイのみを攻撃している。
しかし、もしロイが魔法を使う事ができるとなればロイが標的にされかねない。
戦士の殺気にしろ魔法使いの魔力にしろ、戦いの経験を多く積んだ者は、そういった気配に敏感であり、この狼騎兵もその強者の雰囲気を漂わせている。
そんな敵に自衛手段に乏しいロイが標的にされてしまえば、かなり分が悪い戦いになってしまう。
それを危惧して、ガナイはロイを制止したのだ。
上級者ほど、その気配を内に隠すことができるが、ロイはまだその域に達してはいない。
この年で4属性の魔法をある程度自在に使えていること自体、驚くべきことであるのだが、それが裏目に出ないよう細心の注意をはらっていた。
「お前くらいの力量の奴は珍しくないって言ったんだよ」
腕から血を流しつつも、ガナイは狼騎兵を煽り続ける。
「腕から血ィ流してる開拓民風情が、まだ言うかよッ!」
「ああっ?かすり傷だろ、こんなもの」
「ぶっっっ殺してやるッ!」
執拗にガナイが挑発するのは、自分にだけ目を向けてほしかったからだ。
間違ってもロイを傷つけることなどさせないために。
挑発により、ガナイと狼騎兵の武器がぶつかり合う音がさらに大きく鳴り響くようになった。
「おらぁ!……くっ、この!なんなんだ、てめえは!?どうしてこんな簡単に俺の攻撃が防がれるんだ!?」
「知らねえな。お前が弱いだけだろう」
「う、うるせぇえええ!」
俺の目では狼騎兵の腕の振りを捉えることができない。
にもかかわらず、ガナイはその攻撃を防いでいく。
狼騎兵の攻撃が止むことはなく、むしろ過激になっているのに、次第にガナイの動きに余裕が出てきたようにすら見える。
金属製の棒、棍とでもいえばいいのだろうか。
その金属製の棍を巧みに使いながら、時に受け止め、時に受け流しながら攻撃を防いでいく。
さらに、ガナイの足元を見た俺は驚愕に震えた。
(元の位置から動いてない!?なんて順応性…っ!こ、これがガナイの実力なのか!)
人、狼一体となった狼騎兵の攻撃にさらされても、ガナイは狼騎兵を迎え撃った最初の位置からほとんど動いていなかったのだ。
「お前程度、この場所から移動させることすらできないんだ。いい加減諦めて家に帰んな」
明らかに余裕が出てきたガナイは、さらに煽りを続ける。
しかし、今度はそれが狼騎兵スタークスのプライドを決定的に踏みにじってしまった。
「許さねえ…!このガンデッドの将、スタークスにそこまで言ったんだ。覚悟しろよ!やるぞ、アザルトッ!」
「アオオオオーンッ!」
ブチ切れたスタークスと名乗った男と狼が叫ぶと、赤い陽炎のようなオーラに包まれた。
さっきまでと明らかに違う様子にガナイにも緊張が走る。
懐から何かを取り出して口に入れた後、棍を構えて攻撃に備えた。
「ロイ!準備しろ!お前の力が必要だ!」
「は、はい!」
狼騎兵が必殺技のようなものを放とうとしている事くらい俺にだってわかる。
言われる前に魔力を既に練り始めていた。
「行くぜ、クソ農夫!うおおっ、ターボブーストッ!」
狼騎兵の赤い陽炎のオーラが紅蓮の炎に変わり、瞬間、目で追いきれない程の高速の突きが放たれる。
ゴオォォッ
「ウグァッ!」
「父さん!」
ガナイの反応がわずかに遅れた。
手持ちの棍で直撃を防いだものの、右のわき腹が大きく抉れてしまっている。
「よく防いだと褒めてやる。だが、次は無ぇよぉ!」
もう一度、体勢を整えた狼騎兵が槍斧を構えたとき、ガナイは口に入れた何かをかみ砕いて小さく呟く。
「ターボブースト……なかなかの技だな。しかし、【武者神楽】……ッ!」
ガナイの体が一瞬強く光った。