56.襲来
「ゲイル隊長!こちらですぜ!」
「…こいつがコリージとかいう奴だろうな。自分の村と息子を売ったクズ野郎だ。
スタークスも抑えのきかないバカだが、こいつよりはよっぽどマシだな」
「こっちには、細切れの死体がありますね」
「さらにこれは報告で聞いていた女の方だな?スタークスめ、やりたい放題も大概にしておけよ…まったく。女はどんなクズでも使い道があるってのに」
コリージが狼騎兵のスタークスに殺された翌日、その本体がその現場まで来ていた。
その数30騎。
本来は100人程度の村を蹂躙するのに1騎あれば事が足りる。
が、今回は人員の確保が目的のため人手が必要だった。
それを率いるのは集団の中で一番悪人面をしたゲイル。
背が低く、華奢に見えるが狼騎兵の旗手としての腕は一流で、周りからの信頼も厚い男である。
元は、ほとんどが犯罪を犯した戦う奴隷たちであるが、このゲイルはガンデッドを興したヴィルシャークと同じく、元冒険者で冤罪により流感されてしまった人物である。
冒険者時代に厳しい現実と向き合いながら生きてきた彼は、人格者でいて極めて素行が良く、蛮行を働いたことなど無かったため、人望に熱く、材の調達(人さらい)などでも安心して仕事を任せられる男だった。
そのゲイルが今回いきなり任務失敗の危機に陥ってしまった。
スタークスに情報が洩れて、抜け駆けされてしまったのだ。
(まったく、ウチの隊に来て3年も経つのに一向に言う事を聞きゃしねえ。無駄に有能だから悪知恵を働くし、困った奴だよ…)
「面食いのスタークスさんが手を出すなんて、よっぽど上玉だったんだろうなぁ」
「いいよなぁ……」
「俺も抜け駆けすりゃ良かったかな」
「でも、スタークスさんが上玉の女を分けてくれるとは思えないぜ?」
「それもそうか…」
(こ、こいつら……任務の楽さから言えば仕方ねえが、弛み過ぎだぜッ)
ゲイルの部下たちが緊張感のないことを口々に言っている。
彼らにとっては開拓村を襲うことなど散歩のついで程度にしか考えていないのだ。
「お前らっ。くだらないこと言ってないでさっさと行くぞ。スタークスが全員殺っちまったら大目玉だぞ」
「ああッ!そうでした!」
「こうしちゃいられねえ!急がねえと!」
ゲイルに怒られて、急に慌ただしくなる狼騎兵たち。
先ほどとは打って変わって我先にと村に向かいだした。
(さて、と。戦士タイプと魔法使いタイプ、100人規模の集落でどちらかでも手に入ればありがたいんだが、どうかな)
コリージとリタを殺したスタークスを追って、30騎の狼騎兵が再び動き出した。
―。
「イーハッハーッ!人の気配だッ、まずは2人!
見つけたな、アザルト!分かってたがお前の足と嗅覚で余裕だったなぁ!!」
大きな影が木々の間を猛スピードですり抜けるように進んでいく。
生い茂った木々で薄暗くなっている森の中では、尋常でない速度で移動する狼騎兵の姿を捉えるのは経験を積んだ冒険者でも難しいに違いない。
雄たけびの様な声ですら置き去りにしてしまう。
声の主の名はスタークス。
ブランクがあるとはいえ一時はC級冒険者にまでなったコリージが、首を切られたことすら気づかない程の槍斧の使い手である。
10時間ほどぶっ通しでリタの体を弄び、廃人のようになったリタを容赦なく細切れにして、その後休む間もなくロイたちの元へと移動を開始している。
そんな怪物のような男が、村のすぐそこまで来ていた。
「あと、5分、いや3分程度だな………ん?こいつは変だな。」
さっきまではしゃいでいたスタークスの様子が変わった。
(近づいてるのに人の気配が増えない…?ずっと2人のままだ。
ちっ。さてはあのクズ野郎、感づかれてやがったな。死んでからも使えねえ奴だ)
「ふん、まあいい。ここに2人だけでいるってことは、村のために壁役として残った骨のあるやつに違いねえ。こういうやつは連れ帰ってもいい働きするもんだしな」
一瞬、コリージの失態で気分を削がれたスタークスだったが、すぐに気を取り直した。
スタークスが狼の背でさらに身をかがめてスピードアップの体勢を捕ろうとしたその時だった。
何かがスタークスめがけて飛んできたのだ。
「ムッ!?」
しかし、狼を巧みに操って危なげなくその飛来物をよけるスタークス。
(防衛のつもりか?無駄だ無駄無駄!開拓民風情が俺たちに何を抗おうと…ッ)
ガシャンッ
飛来物を避けた後方で何かが割れるような音がした。
(…なんだ、何の音だ!?)
ガシャンッ
ガシャンッ
ガシャンッ
ガシャンッ
今度は前方で幾つも何かが割れるような音が聞こえた。
その途端、これまで寡黙に走り続けていた狼に異変が起きた
「ギャオオオォオォォォォーッ!!」
「お、おい!アザルト何が………ッ!? く、臭ぇーッッッ!!」