45.3兄妹
「ね、ねえ、ちょっとあんた…」
「………」
「ねえって言ってるじゃない!」
「…俺はロイだって言っただろ?ロイって呼べよ」
「…い、いやよ」
「じゃあ、兄さんって呼べば?」
「あんた私より2歳も年下じゃない!」
「双子の設定だって言っただろ?それに、呼び方なんてどっちだっていいから、家族なのにあんたはやめろよ。なんで2か月経っても名前を呼ぶくらいで緊張してるんだよ?」
「き、緊張なんてしてないわよ!」
シンディが家族になって約2か月。
ぎこちないながらもみんなで少しずつ家族になろうと頑張っている。
まずはミアだ。
ミアはとにかくシンディを傍に置いた。
「娘ができて嬉しいわ!」
と、しきりに言っていたが、もちろんそれだけではないだろう。
放任していたリタさんとは違い、ウチの家族が優しくて温かいのだという事を印象付けたいのだろうと思う。
そのおかげか、シンディは少しだけ明るくなったように見える。
ただ、やはりふとした時に、この間のリタさんの件を思い出しているのか複雑な顔を浮かべているときもある。
まあ、そこは俺たち家族がしっかり支えていけばいいだろう。
続いてガナイだ。
ガナイは初めての娘の対応に困っていたようだな。
ただでさえシンディは父親との交流がなかったのだ。お互い父子の関係は初心者なので、距離の取り方などどちらも覚えがない。
「シ、シ、シ、シンディっ。こここ、これからは、お、お父さんと、よ、呼びなさいっ」
とシンディに改めて自己紹介したときには、みんなで大爆笑してしまった。
しかし、それが功を奏した。
あまりに下手糞な挨拶に「プッ」とシンディも吹き出してしまったのだ。
この人も緊張しているのだと分かって気が楽になったのかもしれない。
それがあってからは、シンディも少しずつ父との距離を縮めている。
ただでは残念な男に成り下がらないガナイはさすがであるが、
「お父さん」
と呼ばれる日を心待ちにしているのがあからさまなのは、少し気持ち悪い。
そしてポロン。
ポロンはシンディの癒しのような存在らしい。
ガナイもミアも優しいが、心が休まるときというのは今のところポロンのお世話をしているときのようだ。
一緒に遊んだり、散歩したり、そんな時間が精神安定剤になっている。
そういえば、ポロンは村の中でも老若問わず女性たちにウケがいいな。
あいつはジゴロの才能まであるのか?
才能抜群のモテ男………世の中不公平とはこのことだ。
男女の事は俺も素人だが、悪い女に引っかからないように、知識として知っていることは教えてあげよう。
シンディには、ガナイの事は父さん、ミアの事は母さんと呼ばせた。
最初シンディは、リタさんに使う「お母さん」を避けたかったのか、パパやママが良いと言っていた。だが、ミアがそれを許さなかった。
昔と今をくっきり分けてしまうと「お母さん」という単語にリタさんを思い出して落ち込んでしまうかもしれないと考えたらしい。
「心配しなくていいわ。昔のことなんて笑顔で話せるようになるくらい、『母さんの私』が全部塗りつぶしてやるんだから!」
ミアはものすごく張り切っていた。
とにかく、少しずつだが確実に家族の新しい形が作られつつある。
最初はどうなることかとも思っていたが、うまく回っていきそうだ。
しかし、俺にだけずっと対応が刺々しい。
あからさまに距離を置かれるし、ちゃんと名前で呼んでくれないし、かと言ってそっとしておいてやると絡んでくる。
まったく意味が分からない。
まあ、分からないことに悩んでいても仕方ないし、実の兄弟姉妹でも仲の良い悪いはあるようだから、あんまり気にしない事にした。
「ま、とりあえず今日も水配りに行くぞー」
「は、話終わってないわよ」
「シンディがちゃんと呼べば1秒で終わる話だよ」
「…………」
黙るなよ。虐めてるみたいじゃないか。
「しー姉ッ。しー姉ッ」
変な空気になったところで、成長目覚ましいウチの天使が助け舟を出してくれた。
最近パパ、ママ、しー姉と呼ぶことも覚えて、トテトテ走り出している。
俺の時よりも歩き出すのは遅かったが、走り出すのは俺より時間がかからなかったと思う。
そして、
俺のことはというと……
「にいー!にいー!」
と呼んでくれる。
うむ、勝手に目じりが下がるよね。
可愛すぎるぞ、ポロン!
「ポロンは可愛いわね。ポロンはっ」
「はいはい。二人とも水配り行くよ」
こうして、3人の日課となった水配りが始まるのだった。