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モノゴイと呼ばれた男  作者: クラノ恩樹
第1章 開拓村編

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44.家族

「コリージ、どういうつもりだ?」


「ふんっ」


「リタさんも…」


「何?話しかけないでくれる?」


ガナイやデンゴさん、マルジさんら主だった面々がシンディの家に来ていた。

もちろん、ミアたち奥さん方も来ていて30人ほどのが集結している。


コリージさんとシンディのお母さんに話を聞くためだ。


(リタさんっていうのか。初めて知ったな。それに…)


シンディの母親であるリタさんも鮮やかな青い髪をしている。

ウェーブがナチュラルにかかった青い髪と、ボリュームのある唇。

少したれ目のその下には泣きボクロまであった。


この村に来て少しやせたようだが、スタイルも抜群で、なるほど確かに男の目を引く身体つきである。


しかし、その性格に難があることは一目でわかった。

腕を組み横を向いて、話しかけると時折睨みつけてくる。


リタさんの様子を数秒観察していると、先ほどのコリージさんの対応に怒ったガナイとデンゴさんが前に出た。


「コリージ…ッ。お前にはリタさんとシンディちゃんの世話と同時に、この家周辺の見回りもしてもらうよう他のでいたはずだな?ロイに聞けば、ゴブリンの数は10やそこらの数では無かった。お前はいたずらに村を危険に晒したんだぞ!」


「うるせぇな…!次からはちゃんとやるよ!これでいいだろ」


「て、てめえ、コリージ!お前のせいでうちのヴィンスもシンディちゃんも、ロイもポロンも死にかけたんだぞ!」


「悪かったって言ってるだろ!もういいだろうがよ!」


まったく反省の色の見えないコリージさんに、デンゴさんが拳を握る。


「こ、この…!」


「おっ?やんのか、デンゴ?ああッ!?」


「よせ、二人とも!子供たちの前だぞ!」


「くっ!」


「うるせえ!ガキが何だってんだよ!?世の中きれいごとだけじゃねえんだ!薄汚ねえところを見せつけて勉強させてやったらいいじゃねえか!」


聞くに堪えないな…。

バダじゃなくても、親がこれじゃグレても仕方ない。

むしろ、あの程度で済んでいるバダを褒めるべきだろう。


「と、父さん…」


悔しそうに、悲しそうに歯を食いしばりながらバダはコリージさんを見つめている。


「…大人の話は大人に任せて外に出ようか」


俺は、ヴィンスとバダとシンディに声をかけて外に出ようとした。

みんな居心地が悪かったのか、俺の言葉にも素直に従ってくれたのだが、そこに声がかかった。


「坊や、ちょっと待ってくれる?」


呼び止めたのはリタさんだった。


「……なにか?」


「うちの娘たらし込んでくれると困るのよね。子供にしては綺麗な顔してるし頭も良さそうだけどね、その子は将来の金づるなの。少しくらいちょっかい出すのはいいけど、傷物なんかにはしないでね?価値が下がっちゃうから。」


…は?


金づる?


…何を言ってるんだ、この女は?

シンディが、自分の娘をまるで道具のように――。


「こ、この…!」


俺がポロンを抱えたままリタさんに殴りかかろうとしたとき、同時にヴィンスも握りこぶしを作って走り出していた。






バシンッ








俺もヴィンスも突然の乾いた音に足が止まった。


ミアがリタさんを殴ったのだと気づくのに、数秒を要した。

それほど意外な出来事だった。


「あなた…!それでもあの子の親なの!?」


ミアの目から涙が滲んでいた。


頬を叩かれたリタさんはキッとミアを睨みつける。


「……人様に簡単に手を上げるなんて、さすが野蛮な村の雌ザルね。あの子はまぎれもなく私の子よ!お腹を痛めて産んだの!だから、私の好きなように使ってやるのよ!」


「自分が母親ならその子に何をしても良いの!?この子の味方はあなただけなのよ!」


「余計なお世話だって言ってるのよ!先にこの村に居たからって偉そうに…!私だって、あんな子産みたくなかったわよ!ここまで私の体で育ててやったんだから、私に恩返しするのが当然じゃない!」






―――――――。






その場の全員が言葉を失った。

まさか、この人がここまで愛の無い人間だとは思ってなかったからだ。


「そう……だよね。私、要らない……子だもんね。私、ゴブリンに食べられちゃえば……うう……ううう……」


泣いているような、笑っているような…。

そんな顔で、フラフラと漂うようにシンディが家を出ていく。


「待って、シンディちゃん!」


ミアがその後ろを慌てて追いかけた。


「待つのはあんたよ!他人の事に口をださないで……ヒッ!?」


家から出ようとするミアをリタさんが咎めるが、ミアの圧力がそれ以上、口を開かせなかった。


「……あなたは許さないわ。あの子は私が引き取る。あなたはどこへでも行きなさいッ」


「そんな勝手が…」


「あの子はもう私の子よっ。私から娘を奪えるものなら奪ってみなさい!真正面から受けて立つわ!」


「―――――ッ」


リタさんが何かを言おうとしていたが、ミアは既に家を出ていた。










「シンディちゃん!」




「…………。」




ミアを見上げるその眼には光が無く、しかし、悟ったように力のない笑顔をしていた。

虚ろですぐにでも消えてしまいそうなその顔を見て、ミアは唇を噛んだ。


「………わたし、森に行くの。そうすれば、もう辛くなくなるから」


「そんな!そんなこと言わないで……!」


森に一人で入るという事は、死にに行くということ。

10歳に満たない女の子の口からそんな言葉を聞くことになるとは――。


ミアは立っている膝から力が失われるほどに悲しくなった。


いや、ミアだけではない。

シンディたちを追いかけてきたその場にいた全員が、その言葉に打ちのめされた。


(こんな子に、ここまでの事を言わせるなんて…)


悔しかった。

許せなかった。


これまで同じ村で暮らしていて、そこに気づいてやれなかったことに。


「最初はやっぱり怖いけど、それで終わりになるから。ありがとうございます。……さようなら」



―プツン



シンディのその一言でミアの何かが切れた。


振り向いて、暗い森の中に踏み出そうとする小さな体を、ミアは引き留めるように抱きしめた。


「シンディちゃん!いえ……シンディ!」


「……なんですか……?」


「私を母さんと呼びなさい!」


「………は?なに言ってるの?」


「いいから私があなたの母さんなの!いいわね!?」


「い、意味がわからないわッ」


「わからなくてもいいから母さんと呼んで!」




この支離滅裂な呼びかけは、慎重に言葉を選んだ末のことだった。


実母であるリタやこれまでの人生を否定するような言葉はかけられない。

今までの事は忘れて、などと軽はずみに言ってしまえば、たとえ今生きる希望を持ったとしても、いつの日かシンディが自分を否定しながら生きていくことになる。


親から受け継いだものすべてを嫌悪する人生に光などありはしない。

今まで生きてきた時間は何だったのかと。自分自身を見失うきっかえにしてはいけない。


一つでも間違えたらこの子は消えてなくなってしまうのだ。


(それなら………それなら!()()()()()()()()』まで私が呑み込んでやるわ!暗く、孤独な毎日さえ、光り輝く思い出に変えて見せる!)


その思いが「母さんと呼べ」という一言に集約されていた。


だが、シンディはミアの思いとは反対に怒りの顔を浮かべた。

一度死を受け入れた、いや、死を望んだシンディからすれば、この優しさは相当に辛い。


「なんで……なんで、今更そんなこと言うの!私はもういいの!生きていても良い事なんてないのよ!」


シンディは身をよじってミアから離れようとする。


しかし、ミアがそれを黙ってみているわけがない。


「いいえ…っ。そんなの私が許さないわ。私は、シンディが生きることを諦めるのを許さない!」


シンディは泣いていた。

唯一の味方であるはずの実の両親から、この言葉かけてもらえなかったという事が、シンディを強く痛めつけた。


「勝手なこと言わないで!私には父さんも母さんもいないもん!私、要らない子だもんッッ!」


「必要のない子なんていないわ!いるわけないの!ちゃんとあなたの家族はいるわ!

 あなたの父さんはガナイ!ミアの私が母親よ!あなたには双子のロイと弟のポロンもいる!」


「違う!違うもん!私ひとりぼっち……!」








「「「ひとりじゃないッッ!」」」








ガナイとポロンを抱えたロイが、いつの間にかシンディとミアを囲むように傍にいた。

そしてミアを含めた3人が揃って同じ涙を流しながら、同じ言葉を叫んでいた。


「シンディは俺の娘だ!」


「何回でも言うわ!私があなたの母さん!いいわね!?」


「俺の方が大人だけど、しょうがないから双子でいいよ!」


「ねぇーっ!ねぇーっ!」


口々にシンディのことを好き勝手に話していく。

ポロンまでもがそれに加わった。


「なにを、言って……なにを………な……」


シンディはもう、目の前の身勝手な言葉たちから逃げることを止めた。

死を望むことを止めた。


「う、うわああああああーッッッッ!」


ミアにしがみつき、ありったけを込めて泣き叫ぶ。

そんな感情を顕わにした娘に、(ミア)はニッコリと笑って優しく声をかけた。


「……さあ。(わたし)を呼んでごらんなさい?」






「う、ううっ…!お………………おかーさーんッ!!!」







この日、こうして俺たちの家に家族が一人増えたのだった。

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