4.美女の笑顔は反則です
そのあと、俺は延々と自分の生きてきた過去をほじくり返され、
褒められることの恥ずかしさと、時折それに混ざって飛んでくる叱咤のダメージに、
ダウン寸前となっていた。
(まさか、これが刑罰じゃないだろうな…。)
「さて、最後になるがお主の死に様を教えてやろう。
どうせこの死に方では覚えてはおるまい。」
グロッキー状態の俺だったが、
それを聞いてシャキッと気持ちを入れ替える。
「お、お願いします!」
ドキドキする。
俺はどうして死んだのか。
なんでそれを覚えていないのか。
既にあるはずも無い心臓の鼓動が早くなった気がした。
緊張して睨みつけるように目の前の美女を見ていると、
何故か口元がわずかばかり微笑んだように動いたのが見えた。
そして一言、
「落ちてきた鉄骨の真下にいた少年は助かったぞ。」
―そうだ。思い出した。
朝の出勤時間に遅れそうになった俺は、
いつもと違う工事現場の近くを通る近道を選んだ。
その途中で通学中の小学生低学年くらいの男の子の頭上で吊るされていた鉄骨が、
ユラユラと不自然揺れていた。
嫌な予感がしたんだ。
虫の知らせじゃないけど、そういうのは今までに何度もあった。
だけど、その時は自分の中で大きくなる警鐘に押し潰されるくらい、それは大きな知らせだった。
予感の通りガランガランと大きな音を立てて、
鉄骨が少年の頭上に降り注ぐ。
それを見た途端に全身に鳥肌が立ち、
寒気や吐き気、いろんなものが腹の中に渦巻くのを感じた。
気づいたら自転車を乗り捨てて無我夢中でその子の元に走った。
痛っ、と乗り捨てた自転車が誰かに当たった声が聞こえた気がしたけど、
それに構う余裕はもちろん無かった。
空を見上げなくても、
少年と鉄骨が俺の視界に一度に入ってしまうほど、
すぐそこまで落ちてきている。
地面を蹴りつけて無理やり身体を飛ばして手を伸ばす。
呆然とする少年に間一髪で触れる感触があったけど、
突き飛ばしたのを確認する間もなく俺の目の前が真っ暗になった。
「そう、ですか…。あの子は無事でしたか。」
全てを思い出し、ちょっとだけ怖くなった。
目の前の美女が優しく語りだした。
「自分を律し、他者を貶めることなく生きてきたようだな。
聖人とまではいかぬが、他者のために身を挺することのできる生き様は見事である!
誰かに褒められるためにやってきたわけではないのだろうが、
我が貴様の人生を讃えてやる!貴様も自分を誇るがよい!」
さっきまで厳めしい顔をしていた美女がニッコリと笑った。
その笑顔のなんと素敵なことか…!
「あ、ありがとう…ございます…!」
神々しさが弾け飛ぶような眩しさと、
震える程の甘美な快感で全身が包み込まれてしまい、
卒倒しそうになる。
気を失わずに一言でも礼を言えた自分を褒めてやりたい。
(色々あったけど、無難に生きてきて良かったな)
美女に褒められたから、なんて少し情けない気もするけど、
生前の自分を初めて誇らしく思えたな。