22.虹色の雨
「まずはこの子を抱いて外に行きましょう。家の中だと都合が悪いです」
そう言ってガナイを外に促し、
呼吸を整えて処置のイメージを固める。
「僕の魔力をこの子に流し込んで流れを作ります!
この子にとって過剰な魔力は僕が引き受ける!
その間、父さんはしっかりとこの子を守ってあげてください」
「ま、まもる…?守るって、なにからだ…?」
「この子の敵からです!
命を奪う全てのものからこの子を守る砦になってください!
僕がきっと何とかします!」
「おまえ、ロイ…分かった。俺はきっとこの子を守り通す」
―ッ!?
思わず息を呑んだ。
言うやいなやガナイは驚くほど静かに、そして唐突に自身のゾーンに入ったのだ。
その集中力はガナイ自身に留まらず、彼の周囲にまで影響を与えた。
ガナイの周囲が無音になったと錯覚するほどの穏やかな空間を自らの集中力によって創り出したのだ。
しかし、その静寂さに反して体中から放たれる気迫はすさまじく、熱量を持ち、近くにいるだけで汗ばむほどの熱さを感じる。
「…父さん、少し抑えてください。熱すぎてこの子が負けてしまいます。」
「分かった。」
ガナイの熱が落ち着きを持ったその時、
ぐったりとするだけだった赤ん坊の手がピクリと動いた。
「―ッ!」
思わず、ガナイと二人で顔を見合わせる。
呼吸は…まだしていない。
だが今まで動くことのなかった体がガナイの気迫に呼応したように、少しだが動いたのだ。
(本当に、すべてのものからこの子を守ってる。きっと命を奪いにくる死神からも…。
父親ってのは…いや、ガナイが凄いんだな)
自分の父親はこんなにもすごい。
そう思うと力が湧いてくるようだった。
「いきます!」
赤ん坊のお腹に手を当てて、魔力の流れを探る。
どんよりとしていてまるで泥の中に沈んでいるようだ。
(先に魔力を流すより、同調させて引き出すことから始めたほうが良さそうだな…。
これまでの魔力操作の成果、見せてやる!)
コンセントの差込口を暗闇の中で探し出すように、慎重にジョイントできる箇所を探していく。
(ここだ!)
少しずつ、少しずつ赤ん坊の体内から魔力を吸い出していく。
肉親だからか自分の魔力水が原因の症状だからか定かではないが、
流れ込んでくるものが自分のものと錯覚するほど似ている。
「…ッく!?」
突如、赤ん坊からの魔力の流れが怒涛のように押し寄せてきた。
無理やり魔力の通り道を広げられているような感覚と魔力量に一瞬めまいを覚える。
「ロ、ロイ…ッ!?」
「へ、平気です!こんなもの…!この子の苦しみに比べればなんてことない!」
「…お、おまえは…なんて子だ…」
息子の初めて見せる気迫に驚きながらも、
ガナイは咄嗟に意識を切り替え赤ん坊の守護神に立ち戻る。
その姿を見て改めてガナイのことを心から頼もしく思った。
(きっと、何があっても父さんが守ってくれる!この子のことも、俺の事も…)
赤ん坊はまだ呼吸すら取り戻してはいない。
しかし、俺はその赤ん坊をまるであやすかのように優しく声をかけた。
「ねえ、赤ちゃん?苦しいよね、辛いよね…。
でも、安心するんだ。今、父さんと兄ちゃんが治してあげるからな?」
数回、深呼吸を繰り返し準備を整える。
魔力回路の流れはできた。
解決のイメージもある。
あとは自分のど根性のみ。
「いくよ、父さん!うおぉぉッ!高圧噴射ァッ!」
右手を赤ん坊のお腹に添えたまま、高々と左手を天に掲げて高圧の水を噴射させる。
「くっ!う、腕がぁ…!」
予想以上の反動に体のバランスが崩れる。
(まるで消防体験で初めてホースを持ったときみたいだッ)
水の勢いに腕が振られ、体勢を維持できなくなる!
そう思った瞬間パシィッと左手首をガナイに掴まれた。
「と、父さん…!」
「安心しろ。お前も当然、俺の守るべき対象の一人だ!」
俺は心底震えた。
父親の頼もしさに、泣き叫んでしまうのを堪えるくらいに。
(言葉だけじゃない!父さんが魔法の発動までも安定させてくれてる!これなら、もっと出力を上げられるぞ!)
天高くまで水を打ち上げる。
強く、太い噴射をすればそれだけ魔力を消費させられるのだ。
(手が熱い…けど!負けるものか!)
この子を救いたいその一心で、過剰な魔法発動に伴う痛みに耐える。
―来い。
―戻って来いッ。
―死の淵から戻ってくるんだッ。
―ガナイも、ミアも、そして俺だって…ッ。
―みんなが待ってる!みんなのところへ戻って来いッッ!
「…ァ……」
…なんだ?
「…ァア……」
今、何が聞こえた?
「…ァアアッ!オギャア!オギャア!」
激しい泣き声がガナイに抱かれた赤ん坊から聞こえた。
(こ、声が…!呼吸が戻ったんだッッ!)
「ロイ!」
ガナイが嬉しさと驚きが混じった顔で問うように叫ぶ。
俺も、この子の生命力の強さに打ち震えるが、しかし、これで終わりではない。
「まだだ父さん!始まったばかりだよ!」
そう、まだ息を吹き返したばかりなのだ。
身体の膿を全て吐き出させるように、古い魔力を空にしてやる必要があるのだ。
どれほどの時間がたったのか。
昼過ぎから始めた救命処置だが、既に太陽が赤く染まり始めているがまだ終わらない。
疲労で途切れそうになる意識を気持ちで繋ぎ止めて水を打ち上げ続ける。
打ち上げられた水が小さな雨となって落ちてくる。
太陽の強い光を浴びたそれはキラキラと虹色の輝きを纏い、大地に降り注ぐ。
赤ん坊はその間、ずっとガナイの腕の中で泣き叫んでいた。
これは、この子の涙だ。
生きられるはずの命を投げ出さなければならなかった悲しみの涙。
そして諦めた命を死の淵から掬い上げられた喜びを歌う希望の涙。
暗い青色に変色していたその身体には生気が宿り、取り戻した声で力一杯小さな命を主張する。
―自分は確かに生きているのだ、と―
太陽が光の余韻を残して眠りにつく頃、
ようやく虹色の雨が止み、赤ん坊の泣き声が静かな寝息に変わった。




