19.父の思い
「えっ?武術の訓練はしたことが無かったんですか?」
「ああ」
休憩の合間にガナイの事を聞くと驚きの答えが返ってきた。
ガナイはただの農夫で特別な武術訓練などしたことはなかったそうだ。
「それなのに修練宝塔の師になれたのですかッ?」
「うーん。だってなぁ…。
相手をどうすれば倒せるかなんて感覚で分かるし、
ほかの奴が闘っているところを見たら技なんて1回でマネできるし、
その辺の武術かじった程度の奴なら数秒でボコボコにできるんだよ」
…天才かよ。畑耕してねぇで冒険者か格闘家になれってんだ。
そう言ったら、
「ミアに心配かけるような仕事はしたくない」
なんて言いやがった。
(じゃあ、なんで浮気なんかした!?)
とは言わないでおいた。
「なあ、ロイ…」
「…?」
何かガナイが言いづらそうだ。
「どうかしたんですか?」
「あ~いや…そうだな。お前は前世の頃から優しい。
人を殴ったことはもちろん無いし、虫や動物にも傷ついてほしくないと思っている。」
「え、ええ。まあ…。」
自分のスキルだから当然なのだろうが、
ガナイが俺の転生の事情まで知っているというのは違和感があるな。
それよりなんだろう?
やけに歯切れが悪いが何が言いたいのだろうか。
「俺はな、まずは殴る事、殴られる事の意味を体験してほしかったんだよ。
自分が痛い事、相手だって痛い事。
それを理解したうえで立ち向かうべき時がある事。
そういう心構えこそが体術の基礎として俺が教えるべきことだと思ったんだ。
その前提があって技術を活かせるのだと…。」
「…。」
「我流でしかない俺だが、今まで見たものを使って格闘技の初歩の型くらいは教えられると思う。
お前がそういうのを身に付けたいという気持ちも理解しているつもりだ。
だが、技術よりも何よりも、心に大事な柱を持ってもらいたかった。
なんつーか、お前は肉体と精神がまるで違う特殊な存在だからな。
強くなる目的とか手段とかを間違えたりしないように…な。」
言葉を失った。
どれほどガナイが俺の事を考えてくれていたのか初めて知った。
修行するためのスキルの中で、
修行よりも大事なことがあると言い切ったガナイが素直に凄いと思った。
今まで俺は、浮気をしてミアを傷つけたガナイを心のどこかで蔑んでいた。
前世を含めればミアもガナイも同年代くらいの年頃だというのも大きいのかもしれない。
だけど、二人は親として俺の事をしっかり育ててくれて将来も考えてくれている。
俺はといえば、二人が作り守ってくれている安全な世界の中で、
やりたい放題やっているだけのガキだ。
それを自覚した途端、自分の事がこの上なく恥ずかしく思えて、
それと同時にガナイとミアの事がとても誇らしく思えた。
(もっと…俺はもっとちゃんと二人の子供にならなきゃな…)
「父さん、ありがとう!」
「なんだよ、いきなりっ」
「見直したってことだよ」
「その上から目線辞めれ!」
俺は、ガナイとミアの息子、ロイ!