18.ガナイとの修行
「「申し訳ございませんでしたっ」」
俺とガナイは数時間殴り合いを続けたあと、
エマさんに強制的に親子喧嘩をストップさせられ並んで正座をしていた。
「まったく。修行だというのにいつまでもいつまでも醜い争いをしおってからに…。」
「はい…。」
「面目次第もございません…。」
俺もガナイも互いを殴り合って顔から何からボコボコに腫れている。
口の中も切れて腫れてしまい喋りづらい。
だが、エマさんのビンタ一発が一番痛かった…。
「よいか?ロイにとって現状一番必要なことを教えようとしているのだ。
お主に必要なことは相手の攻撃に怯まず、それを見極める目を鍛える事。
そして、自分のどこが致命傷となり得るのか、相手のどこを攻めればダメージを与えられるか。
相手との距離の測り方は?力の乗せ方は?
それを理解するのに言葉でどうこう言っても理解できまい?
命の危険もなくトラウマになる危険もなく、実際に経験をしながら習得させようというのだ。
はっきり言って、最も効率的なトレーニングだと言える。
何の文句があるのだ?」
呆れながら、一つ一つ丁寧に説明してくれる。
なるほど。やっぱり根性論には違いない気もするがそう言われればそんな気もしてくる。
「いえ、私が間違っておりました。文句などもはやございません」
さらに、もう一度謝罪する。
「そして、ガナイ!
お前はどうしてそんななのだ?
本当に教える気があるのか?
なぜ丁寧に事前に説明してやらん?
師としてもう少しどうにかならんのか…!」
ガナイはなぜか人間性というか頭の弱さを指摘されている気がする。
実の親ながら不憫に思えてきた。
「考えが足りませんでした。申し訳ございません」
ガナイも何度目か分からない謝罪を口にする。
「もういい!分かったらさっさと行け!」
「「はい!」」
一度、親子で顔を見合わせてから揃ってため息をつき、
トボトボと手を繋いで修行塔に戻る。
「なんというか…親子、だのう」
エマさんの苦笑いが、二人の悲しそうな背中にむなしく突き刺さった。
「さて、ナビゲーターのエマさんが言っていた通り、お前は相手の攻撃に目を瞑る癖がある。
そして、人を殴ったこともないというお前のその弱点をまずは克服するぞ。」
先にそう言っておけばややこしいことにならなかったんだよ!
と、言ってやりたいが話が進まないので堪える事にする。
「はい。わかりました。
でも、さっき散々殴り合いましたよ?」
「あれと修行をいっしょにするなっ。
まずはやってみるぞ。察しの良いお前ならすぐに何がしたいか分かるはずだ」
先ほどの殴り合いとは違って一つ一つ丁寧に打撃の交換をしていく。
1時間ほど同じ作業を繰り返していくと、なんとなくガナイのやりたいことが分かってきた。
(次は…こうか?)
ボクシングのミット打ちに似ているのだ。
ガナイはわざと大きく隙を見せて、そこを俺に打ち込ませるのだが、
間違った攻撃を放てば容赦ないカウンターが返ってくるのだ。
例えば顎ががら空きだったとして、
そこにアッパー気味の拳ではなく蹴りを放つと、
「ちがーう!」
と、言いながら強烈な足払いを喰らう。
また、ガナイが見せた隙を見逃すと、
「おそーい!」
と言いながら右フックをテンプルに食らう。
そんな感じだ。
もちろんガナイからの攻撃だってある。
防御してもいい攻撃と回避しなければならない攻撃の見極めを間違えると、
「ざんねーん!」
と言われて叩きのめされる。
対人戦に特化した訓練ではあるが、
生身の人間の肉体をミットに見立てたこの修行は、
はっきり言って格闘技と無縁だった俺にとって最適なスタートなのではないかと思い始めている。
根性ありきの修行には違いないし、
初めにちゃんとした説明をしてくれていればとやっぱり思うが、
実践でしか培われない感覚を身に付けられるんじゃないかと思うようになった。
ただ、失敗の度におしめ一丁の赤ん坊が宙を舞うのだから、
端から見たら暴行しているようにしか見えないだろう。
スキルの中での修行で本当に良かったと思う。
(脳筋バカ扱いして悪かったな…。)
さっきの殴り合いの事を少し反省していると、
良い笑顔でガナイが叫ぶ。
「よぉーし!休憩だ!」
こうして、数度の休憩を挟みながらガナイとの修行は続き、
自分の動きが格段に良くなってきた実感を得ることができたのだった。