17.親子喧嘩
逃げるように修行塔に向かう俺は自分の身体の違和感に気づく。
(あれ?体が動かしづらい…?)
以前、ミアとの修行に来た時には前世の感覚だったのだが、
そのつもりで体を動かそうとしてもうまく動いてくれない。
そこで、ふとエマさんが言っていいたことを思い出す。
『今はまだ前世の感覚が残っているようだが、身体と意識が馴染んでくればその感覚になるだろう』
成長したことで現実世界で思い通りに体を動かせるようになって、
その5歳児の感覚がスキルに反映されてきたのかもしれない。
(そういえば、どうしてガナイのグローブで今頃スキルが発動したんだろう?)
思えば、ガナイのグローブなどこれまでに何度も触ってきたが、
修練宝塔のスキルが発動することが無かった。
スキルの修行に耐えうる身体が出来上がるまで待っていてくれたのかもしれない―。
そう考えると修練宝塔は、
持ち主に害が及ばないように配慮してくれる優秀過ぎるスキルだと思う。
エマさんがあんなに怒ったのも、
きっと俺がスキルの事を軽く考えたり、自分の力を過信したりしないよう、
正道に導こうとしてくれたからなんだろう。
エマさんの方を振り向いて俺は深々とお辞儀をした。
なんとなく、エマさんの顔が柔らかくなった気がした。
(よぉーし!気合入ったぞ!)
塔に入ると、腰に手を当ててニカッと笑いながらこっちを見ているガナイがいる。
「よく来たな、ロイ!早速だがお前には体術の基礎を教えてやる!覚悟は良いなっ?」
体術か、これはありがたいな。
いずれは剣や短剣、狩りにも使えそうな遠距離攻撃の弓術なんか習得したいが、
体術は身体の使い方全てにおいて基本となる。
武器が無くても攻撃手段を失わないというのも強みの一つだ。
ただの農夫とばかりに思っていたガナイだが、
体術の心得があったとは嬉しい誤算だ。
「はい、父さん!お願いします!」
「よし!じゃあ、まずはここを100周走れ!」
やはり、走り込みか。
前世の記憶でもどの一流スポーツ選手も走り込みは欠かさない。
これが一番の近道なのだろう。
「はい!」
俺は勢いよく走り出す。が、
「…と、本当なら言いたいところだが、
修練宝塔スキルの中で肉体トレーニングをしても意味が無い。
走り込み、やめい!」
ガクッ
(な、なんなんだ!このクソ親父め!せっかくのおれのやる気に水を差しやがって!)
体中から力が抜けていく気がする。
そんな俺を見て笑うガナイはさらに衝撃の事を話し出した。
「基礎と言ったが、肉体トレーニング以外で俺が教えてやれることは実は少ない。
まあ、俺との模擬戦をしながら悪いところを直していくことにするぞ!」
「…は?」
だ、だめだ。言ってることが良く分からない。
ガナイの脳みそは筋肉でできているのだろうか?
俺にはどうも、
『根性さえあればなんとかなる』『打たれて痛い思いをして強くなれ!』
と言ってるようにしか聞こえない。
「なんだ?返事が聞こえないぞ?」
「…。」
「おい!返事くらいしろと言ってるんだ!」
「…るせ…」
「あん?」
「うるせー!そんな基礎の作り方があるかぁー!クソ親父!」
「ぐふっ!?」
我慢の限界を超えた俺は、ガナイに殴りかかった。
赤ちゃんの姿で身体能力は5歳児程度のはずだが筋肉隆々の腹筋に俺の拳が突き刺さる。
「て、てめえ、ロイ…っ!親に向かってクソ親父だと!?
性根から鍛えなおしてやる!クソガキが!」
ゴキィッ
ガナイの拳が俺の顔面に炸裂する。
「ぐはっ!本気で息子を殴りやがったな!?もう容赦しねえ!」
「はんッ、俺は大人だぞ!たかが5歳のクソガキに本気なんか出すか!」
「大人ならもうちょっとマシな修行方法考えつけよ!」
「やかましい!生意気なクソガキにはこれで十分だ!」
「言いやがったな!?この浮気野郎が!」
「ぐっ…!い、今はそれは関係ねえだろ!ほじくり返すんじゃねえ!」
お互いに防御無視の全力攻撃の乱打戦。
罵声を浴びせながら放つそれは、さぞみっともないことだったろう。
この親子喧嘩は見かねたエマさんに止められるまで、
しばらくの間続くのだった―。