96.不格好なインゴット
(あの、ボレスって人ずっとこっちを伺ってたんだな…。ペニーさんから特級索敵を教わってなかったら絶対に探知できない気配の断ち方だった。新しい身体強化と魔力操作をいきなり使ったからか、ペニーさんも不審がっていたようだし。他にどんな達人がいるか分からない、気を付けよう)
ペニーさんと別れた俺は靴磨きの道具をしまって、早々にゴミ山の麓にある自宅に戻っていた。
ちょうどゴミ山の真下に位置するように作った地下室である。
きちんと、土魔法で雨漏れ対策を施し、自分がいる間は風魔法で空気循環を常に行っている。当然空気穴は臭いの少ないスラムの少し離れたところから取り入れている。
張り切って作ってしまったため、怪しい祭壇でも置くことができるくらい広い。
いずれはスラムの子供たちを保護していくつもりだから、広い分には別に構わないだろう。
一旦そこに靴磨き道具一式を置いて、再び地上に戻る。
「改めて見ると……本当に山だな」
文字通り大量のゴミの山を見上げて独り言が漏れる。
だが、上手くいけばこのゴミが宝に変わるかもしれない作業に取り掛かるのだ。
果たして錬金術と呼べるかは分からないが、俺がやろうとしているのは精錬である。
ゴミを高温で燃やして、残った金属を取り出そうというのだ。
もちろん、精錬技術に関しては聞きかじったくらいの知識でしかないので、失敗は覚悟の上だが、溜まる一方のゴミをどうしようと俺の勝手であるはずだ。
「さて、と。始めてみるかな」
まずは、土魔法で直径5mくらいの半円のボウルを創り出す。
そして次に風魔法でゴミ山を吹きつけて大量のごみをその中に飛ばし入れ、さらに土魔法でボウルが球体になるようにゴミを閉じ込める蓋をする。
「よし、上手くいくといいけど…それ!」
俺は密閉したボウルを風魔法で強引に浮かせ、その中に火魔法を発生させた。
土、風、火の同時発動だが、極細の繊維状の魔力を常時操作できる今では造作もないことだ。
火魔法の魔力を調整しながら50℃ごとに徐々に火力を上げていく。最終的には2,000℃を超える程の火力を持たせるつもりだが、土魔法で創り出したこの巨大なボウルには俺の魔力でコーティングを施しているので破損することはない。
そしてコーティングした魔力の膜から極細の繊維状の魔力を発生させて拡販しながら中の様子を確かめていく。
「そろそろかな?」
600℃を超えたあたりでボウルの株に小さな穴をあけてみると、銀色の液体がタラリと落ちてきた。
(確か、このくらいの温度で融けるのはアルミニウムだったかな?)
曖昧な記憶を頼りに出てきた液体を土魔法で作った10cm四方くらいの容器にドボドボと垂れ流していく。
同じ作業を火力を徐々に上げていくと、出てくる液状物が変わってきた。
(950℃くらいで銀、1,000℃超えたあたりで金、だったはずだ。…そして鉄は1,536度だ!これは間違いないはず。そのほかは………知らんな)
とにかく、液状物の様子が変わったら容器も変えて、また温度を上げてと作業を繰り返し、最後には水魔法で強引に冷やしてそれらを固めた。
四大属性の魔法をフル活用しての作業である。
最終的に4種類くらいのインゴットが全部で18個できた。
内訳はこのようになった。
・アルミニウムのようなもの 3個
・銀のようなもの 4個
・金のようなもの 1/4個
・鉄のようなもの 11個
「これ……カリムさん引き取ってくれるかな?」
不十分な知識でやり方が合っているかどうかは分からないが、とにかくそれらしいものはできたな。
自分でもでたらめな方法だと自覚している。だからもし成功してたとしたら、これはきっと魔法の奇跡に違いないだろう。
鑑定スキルを持ち合わせていない俺は、純度がどうこうは分からないが、鍛冶職人のカリムさんに何かに使ってもらえることを願い、ガーディさんとの今夜の訓練に向かうのだった。
次の日―。
俺は早速、カリムさんの店にできあがったインゴットらしきものを持っていく。
「おはようございます、店主殿」
未だに俺はこの人の事をカリムさん、とか、親方などと呼ぶことはない。
修理の作業はするが、迷惑をかけないように赤の他人のままでいることにしたのだ。
「…来たのか。ん?お前…………まあ、いい。
今日も修理するものはたくさんあるからな。やれるものならやってみな。それと、間違っても壊すんじゃねえぞ?」
カリムさんも俺の事を名前で呼ばない。
これくらいのドライさが、お互いを守るための適度な距離感というものだ。
「わかってますよ。ああそうだ。今日はですね……」
俺は返事をしながらインゴットをゴソゴソと取り出す。
「今日は見てもらいたいものがあるんです」
「見てもらいたいものだぁ?変なものを店に持ち込まれちゃあ困る…………む、それは?」
目の前に出来上がったインゴットを並べると、カリムさんは目を細めて観察し出した。
「…お前、これどうした?」
「誰かから盗んだものではないですよ?」
本当は自分の物でもないけども…まあ、環境衛生の面でお返しするという事で、ゴミを捨てた人たちには目を瞑ってほしい。
「本当か?ふーむ…」
一度鋭く睨みつけられたが、胸を張って受け答えする俺の様子を見て、とりあえず盗品の疑いを晴らしてくれたようだ。
ウンウンうなりながら、今度はインゴットを手に取って見定めている。
「使えそうですか?」
俺の問いかけに、カリムさんの眉間の皺が深くなる。
「…一般に出回っている物に比べると不純物が多そうだが許容範囲だ。使えそうではあるな」
「ホントですか!」
驚いた。
初めて作ったにしてはいい出来だったらしい。
「だが、このサイコロみたいな形は頂けないな。大きさもバラバラだから使いづらい。形と大きさを整えたら、鉄のインゴットに関してはうちの店で使ってやってもいいぞ」
「えっ?本当ですか?」
「ああ。あとで手本になるものを見せてやるから、よーく見ておけよ。ただし、俺にも付き合いがあるし買い取れる量には限度がある。もっと沢山の量を売りたいなら、商人を紹介してやろう。金銀アルミニウムの売り先にも相談に乗ってくれるだろうぜ」
なんと、ありがたいお話を…。
カリムさんはやはり優しい人だった。
「なんだか、至れり尽くせりで申し訳ないです…」
「いや、お前がそう言うな。………俺は目の前に腹空かせて困ってるガキを見ながら助けてやれねえ、ダメな大人だ。俺程度の鍛冶師としての腕じゃスラムのガキどもの腹をいっぱいにできねえんだ。罪滅ぼしとでも思ってくれ」
ブルブルと拳を震わせながら、カリムさんは後ろを向いて絞り出すように心情を吐き出した。
「…カリムさん。その気持ち、俺が引き継ぎます。『ガキどもの腹いっぱいの未来』、実現させてやりますよ!」
カリムさんは驚いた表情で振り向き、俺の顔と不格好な鉄の塊を見比べていた。
「ちっ、お前の方こそガキのくせによ…」
フッ、と少し苦みのきいたような笑顔を浮かべたカリムさんだったが、あれだけ深く刻まれていた眉間の皺は無くなっていた。
「お前の名前は?」
「俺の名前はロッカです!これからもよろしくお願いします!」
―。
※鉄の溶ける温度は1,538℃らしいです。
ロイは間違って覚えておりますが、作者の間違いではありません。