8、侯爵領軍
ダメダメなものでもそれしかなければこんなものかと思うけど、代わりのものが結構やればさすがに目が覚めるわな。
神輿は軽い方がいいって現王夫婦を担ぎ上げた貴族たちも、さすがに肩身が狭いらしいけど自業自得だ。
実際この十数年で周辺国にガリガリ領土を削られてんのに、いまだ「皆、仲良く」とか言ってんのヤバすぎだろう。
しかし人の振り見て我が振り直せってことで、お祖父さんと一緒に侯爵領に帰って、ちょっとしたパーティーを開いて愕然としたね。
「どこの馬の骨ともわからない子」ってまあ私のことだ。
思いっきりこの侯爵家当主の孫でめっちゃ丈夫な骨だから生きたゴブリンを一匹、余興としてパーティー会場に放り込んでやった。
もちろんお祖父さんと示し合わせてやったことだ。
護衛たちはゴブリンが会場から出ないように緩く囲って牽制するだけで攻撃はしない。
「あ、あなた何をしているの、早くやっつけて!」
「お母さま~怖いよぉ」
「ぎゃぁぁ、寄るな、あっちへ行けぇ」
成人間際で腰に飾り剣を下げてる者もいるのに、まあ酷いもんだ。
お祖父さんもここまでとは思ってなかったのか、もともと無表情なのにさらに表情をなくしてる。
妻および子供同伴で出席した男たちはさすがに侯爵家の家臣だけあって、当主の意図を即座に読んだか腕組みをしてゴブリンが近付けば軽く蹴り飛ばすだけだ。自分の家族の方へ!
これはすごいな、感心した。
「さて、どこの馬の骨ともわからない天災令嬢の名を欲しいままにしている私カサンドラが尋ねよう。その方たちは何者だ? 貴族とそれに連なる者ではないのか? では貴族とはなんだ? 率先して戦いに身を投じ民を守るものと私は教わったが違うのかな? さて憐れな羊の如く逃げ惑いとても私の問いに答える余裕もないようだが、あえて言おうではないか。この程度の魔物に対応できないようであれば貴族をやめるべきだ。女だから? 子供だから? 甘えるのも大概にしろ。ただまあ私も鬼ではない。その方らが平民になれば体を張ってその身を守ってやろう。もっともゴブリンなど頭を使えば五歳児でも倒せる。しかし数十年に一度起こるというスタンピートではこれが何匹いるかな? よく考えることだ」
いくら当主の孫でも嫡流でもない小娘の言うことだ。
怒りをあらわにする者もいたけど、たいていの男たちは懐から帳面を取り出してサラサラとペンを走らせる。
切り離したそれを奥方に突き付けて言ったものだ。
「子供を連れて実家に帰るがよい」
「え……あなた?」
「これまで私が甘やかしすぎた。許せよ」
さらにそれだけでは終わらず、当然女の実家の両親もこの場にいるから、そちらでも三行半的なものの発行が滞りなく進む。
「お前を勘当する、もう親でもなければ子でもない。従ってお前たちはただの平民だ。ただこれまでの縁もあれば情もある。しばらくの間、面倒は見る故そうそうに生活を安定させることだ。もちろん平民としてのな」
「え、お父様? お母様?」
「あなたっ、どうにかなりませんの?」
「……お前まで離縁させる気か?」
「も、申し訳ございません」
中でも年配でがっしりした白髪の男が、お祖父さんに向かって膝を突く。
「このような様をお見せして申し訳のしようもございません。かくなる上は平民で才あるものを騎士として任じることあらば、その者を養子とすることをお許しいただきたく!」
「うむ、許そう」
「ありがたき幸せ」
すげぇ。これが本来の侯爵領軍か。一気に戦時に移行ですよ、奧さん。
訳もわからず泣き喚く子供が多いけど、中にはちゃんと知恵の回る子もいた。
「泣くな馬鹿者! 例え平民に落ちようとも研鑚を積み功を認めていただければ再び貴族となる道もある。父上の子となることも蜘蛛の糸ほどの可能性だがないわけではないのだぞ?」
ふ~ん、さっきはびびって剣も抜けなかったけど、案外後方支援とかでは役に立つのかも。
そんなわけで平民にも触れを出したから、千載一遇のチャンスとばかりに一気に武張った気風にお祖父さん曰く「戻った」侯爵領。
ただ剣や槍にばかり夢中になって耕作を放棄されては本末転倒なので、締めるところは締めておかないとね。
まあその辺は伯父さんがいるから大丈夫か。
執務室でチラ見した美辞麗句に満ちた中身乱雑な書類の数々に、思わず書式を統一するよう口を出したくらいであとは完璧だもんね。
ふぅ~、神経がつっかれた!
でも、口直しにお祖父さんと行ったドラゴン退治は楽しかったなぁ。
お祖父さんもお酒を飲むたびに珍しく口元をほころばせてその話をするくらいだから、良いお祖父さん孝行ができたかなって私も嬉しく思ってる。
そして私のカヴァネスがさっそく騎士になったことをここに付け加えておく。
小柄だけどそれは凛々しい出で立ちで能力的にも楽勝だったね。