7、神
私の二つ名を承知で自分を売り込む強者がいたので会ってみた。
十八歳ということだが十五歳くらいにしか見えない。
でもこいつ強いな。
怪力ってスキル以上に太極拳のような独特の武術を身に付けていることが大きい。
それを習えるだけでも価値があると思って雇う。そうカヴァネスとして……
「雇っていただけたのは大変うれしいですが、すでにお嬢様は十分お強いですね」
「そう? ありがとう」
でも私のは現場で磨かれた喧嘩殺法だからな。
「より効果的な体の動かし方を身に付けたくて」
「そういうことであればお手伝いできると思います」
早朝から妙な動きをくり返す私たち。
まず興味を示したのはお祖父さん。即、参加。
次に伯父さん。
「もともとすばらしい身のこなしだったが、近頃はより動きにキレが出てきたようだね」
「ありがとうございます。美容や健康にもよいそうですよ」
「あら」
ってことでお祖母さんも。
黒髪に細目、とっても親近感のある風貌をしたカヴァネスは東国の血が混じっているらしい。
差別の対象にもなってるそうだがそんなの知るか。
「すみません、じつは学院でも勉強は苦手な方でして……」
あーなんとなくわかってた。
でも本に書いてあるから絶対にこうなんです!って押し付け授業をしてこないカヴァネスは貴重だ。自信を持って!
二人で一つの本を覗き込んで、あーでもないこーでもないって言い合うのが楽しい。
アパートの一室でダチと難癖付けながら映画を楽しんだのを思い出すな。
「こいつ絶対こんなカッコイイこと言ってないですよ、お嬢様」
「そうねぇ。戦争の理由も正義どころか利権でもなくて女だと思うわ」
「あ、ほんとだ、あ~らら。女の方も即応じるなんて、はじめから通じてたんですかね?」
彼女は本当は騎士になりたかったらしい。
十数年前までは女も前線に立ってたのに、人口減少対策だって女を後方に押し込めたのはあのピンク頭。
本当にロクなことしてないな。
確かに男と比べて純粋な腕力やスタミナでは劣るけど、前世と違ってスキルがあるし、中でも強力なものを有してるのが貴族。
そもそも貴婦人は自分じゃ育児はしない。
平民向けには相応の施設を用意すればいい。
女だからって次代にスキルを継ぐだけの役目しか与えないなんて資源の無駄遣いだ。
現にいま貴族の女たちが精を出しているのは、茶会やパーティーを開いてオホホと笑い合うだけの非生産的な蹴落とし合い。
一応、文化を発展させたり芸術に親しんだりもしてるようだけど、そういうのは社会全体の安全をキープしてからの話だろうに。
実際、彼女らを家に押し込めても一般同様、人口は減る一方なんだとか。
「なぜだと思う?」ってお祖母さんに訊かれたから、私は公衆衛生と医療レベルの低さを真っ先に挙げたね。
貴族はまだマシだけど、庶民に至ってはまず飲み水と煮炊きに使う水を確保するのが優先で、手洗いすら二の次三の次だ。
そもそも掘れば豊富に水が出るという土地ではなく、まだ街が小さかった頃はそれでもよかったんだけど、だからといって急激に水量が増減する川の近くに住むわけにもいかず、郊外の畑も潤ったり干からびたり時に水没したりするって物の本に書いてあった。
……治水、まったくしてないわけでもないらしいんだけどさ。
そんなわけで下町の住民ともなると汚染された水を平気で飲み、腐った物でも仕方なく食べる。
なにせまっとうな学説は隅に追いやられて、天動説や脳は鼻水を作る器官とか本気で言ってる老害が学会のトップに君臨し続けているのだ。
当然、帝王切開とか輸血なんて夢のまた夢。
いくら治癒のスキルがあったって限界があるわ!
にもかかわらずその老害どもを教会が保護してるんだよね。
金の流れは当然あるし、技術革新で神が死ぬのも確かだけど、誰もいなくなったら本末転倒じゃないか。
ちょうどいい。
この釘バットを与えてくださった神様に正式にお礼参りをしておきたかった。
思い立ったが吉日で、朝靄も晴れないうちにシャイア教会の前に立つ。
神の息吹は万人に等しく及ぶって言ってるわりには厳重に鍵かけてんなぁ。
神の家なんていつでも誰でも入れるようにしておかないと意味ないでしょう。
まあ釘バットちゃんを一振りすれば、すべての道は開かれる。バーンッ!
記憶を探るとカサンドラとしては教会は初めてじゃないけど、いま改めて見ると妙に艶やかな石像が数多く並びすぎている。
これはあれだな。
眼病予防を売りにしてた神社が、時代の変遷に合わせて家内安全や交通安全はたまた合格祈願、恋愛成就まで引き受けるようになっちゃったパターンだな。
うんうん大人の都合ってやつ。
別に一神教だろうが多神教だろうが私はどうでもいいんだけど、嘘くさく空っぽにしか感じられない石像は、スッキリ爽快なスイングで次々瓦礫と化す。
それなりの騒音は撒き散らしてるから、どやどや人が集まってくるけど構うことはない。
最後に残ったのは隅っこで埃をかぶってる私と同じくらいの背格好の像。
こんなぞんざいな扱いをされてるのに、これだけは違うって確信が持てる。
「お会いできて光栄です!」
それを証拠にフルスイングすれば、キーンッと澄んだそれは美しい音がして長年の汚れが剥がれ落ちる。
もういっちょ行っとくか。
キーンッ! ああ内側から光り輝いていらっしゃる。
私は嬉しくなってその像を片手でひょいと抱え上げる。
祭壇の真ん中の瓦礫を足で無造作に押し退けて、そこにそっとそれを下ろした。
自然と跪拝。
「この世界にお呼びくださり、第二の生とすばらしいスキルを与えてくださり感謝申し上げます」
ずりずりと膝で近寄って足先にチュッとすると、より神々しく輝く石像。
茫洋としたこれといった特徴のない青年の姿をしてるけど私は素敵だと思うな。なんていうかこう、押しつけがましくなくて。
「げ、原初の神よ」
「ははーっ、原初の神よ」
なんか頭つるピカのおっさんや爺さま、枯れ木のようなシスターたちが這い蹲ってるけど、なんだよ最初から大事にしとけよ原初の神。
まあそんなわけで手の平返しにしろ信仰され中の神像はビカビカ光ってるし、いかにも神が肯定してる私の釘バットは彼らにとって神の試練なわけよ。
……いや、ご褒美なのか?
「おありがとうございます」
「ありがとうございます~」
涙・鼻水・血反吐を流されても、ちっとも嬉しくないけどな。
いちばん偉そうな人とお話しして、とりあえず天動説に固執してる爺は海洋船に乗せ、人体のなんたるかをわかってない爺は千本ノックならぬ罪人千人解剖させることに決定。
まあ早々活きのいいのばかり集まらないだろうから、野晒しの骨や動物も可としておこうか。
それから教会は公衆衛生の啓蒙に尽力することだね。
そのために必要不可欠な水については私も少しは考えてるけど、とにかく民衆の意識を変えないことにはどうにもならないから。
あーあと貴族の女に早寝早起きを推奨してくれる?
ついでにコルセット禁止。
ハイヒールも人前に出る時以外は禁止。
偏食禁止。肉も野菜も果物も満遍なく食べて、毎日小一時間は歩くこと。
まったく、めちゃくちゃ体に悪いことばっかりやってて人口減少が聞いてあきれる。
男の方も早寝早起きは基本だな。
深酒禁止。
煙草も禁止したいところだけど、まあなかなか難しいだろうから本数を減らすように。
偏食禁止も同じく。特に野菜と果物を食べるように徹底すること。
まったく、地に生えるものは平民の食べ物だとか脳ミソ腐ってんのか?
毎日小一時間運動するのも同じく。
ん? あーそう。そんなことを言っても高貴な人は聞いてくれないのか。
そんなの適当に宗教的な理由を作ればいいやん。
守らないと地獄に落ちる~とか得意だろうが、あぁん?
まあ男の方には、これを守らないと立たなくなるって事実を言えば一発だろうよ。