6、レストラン
王家への挑戦的な手紙からはじまって、私がやらかしたことはすべてなかったことにされた。
王侯貴族って本当ずるいよなぁ。
お祖父さんや伯父さんはじめこっちは全面戦争も視野に入れてたのにねぇ?
王都の侯爵邸はおろか、男爵邸が襲われることも料理番のマーサや庭師のボブが人質に取られることもなく、ほんと拍子抜け。
「誰もがそれぐらいでカサンドラが止まらないことはわかっているのだろう」
伯父さんは苦笑いしてたけど。
まーねー身内をやられたら復讐の鬼になる自信がある。
何が残念って私の二つ名が天災に変わってたこと。
狂犬の方が絶対カッコイイのに……
それはともかく新聞の一面に数年後には女男爵が誕生するって記事が載ったので、何事もなかったはずの王侯貴族が微妙に揺らいでるって話。
剣聖スキルを持ってるのに軍部のトップになるのをずっと断ってたお祖父さんとか、大臣の椅子を蹴りまくってきた伯父さんとか、アレ以来、王族主催のお茶会に一度も出席してないお祖母さんたちの本気をずっと舐めて舐めすぎてたことに、やっと気付き始めたわけだ。遅ぇ……
表面的には平穏なので、ひさしぶりに男爵邸に一時帰宅。
せっかくの料理の腕を遊ばせとくのももったいないねって話から、男爵邸の一部を解放してマーサにレストランを開かせることにした。
料理には自信があるけど、ほかのことが不安?
ちょっとした計算ができる人と配膳&接客ができる人を雇えばいいわけだから、誰か知り合いにいないの?
とりあえず昼だけの営業予定だから、ベテラン主婦なら一通り家事を済ませて手透きのはず。
店舗は一応、貴族の邸宅とはいえ狭いしボロいし立地が立地だし、狙うべき客層はそこそこマナーのいい平民。もし貴族が来るにしてもお忍びだろうから、そこまで畏まった接客をする必要もない。
「思い付きもしませんでした。さすがですお嬢様」
久しぶりに会ったマーサの目はキラキラしてて、すべてがおべんちゃらってわけでもないようだ。
たまに足に震えがくることもあるようだけど、まあ慣れだよ慣れ。
「あのぅ、俺は何をすれば……」
居心地悪そうにしてる庭師のボブ。
話を聞けば意外や意外、貴族家の子息だった。もちろん嫡男じゃないけど。
植物の成長を助けるって貴族としてはクソなスキル持ちってことで冷遇されて、なんとか貴族の学校は卒業したものの他にこれといった才能もなく庭師になったそうだ。
なんだ計算できる人いるじゃないか。
経理を任せるとともに、アホな思い込みを解いてやる。
「植物の成長を助ける、こんなすばらしいスキルは他にないですよ。なぜなら私たちは食べずに生きていくことができないからです。肉だけ食べていればいい? そんなことをすれば速攻で病気になります。せっかくきれいに芝を整えているところ気の毒ですが掘り返して畑にしなさい。ボブの献身とスキルのおかげでしょう、庭木も花も確かに元気ですが、はっきり言ってあなたに庭師としてのセンスはありません。そのスキルを大いに活用して野菜を作りなさい。果樹を植えなさい。王都郊外から運ばれてくる傷だらけのしなびた野菜や果物を高いお金を出して買うなんてナンセンスです」
庭師として失格の烙印を押されてうなだれるボブをマーサが一生懸命慰めてる。
でも微妙に目が三日月形だから彼女もそう思っていたんだろう。
何をおいても新鮮な食材を手に入れたいって料理番としての欲も透けて見える。
ついでに品種改良もするように言いつけると、二人そろって首を傾げる。
「例えば大きな実を付けるもの。味の良いもの。病気に掛かりにくいもの。そういう木の枝を接木したり、そういう実が生る花同士で受粉させたり、そういう実の種だけ選り分けて翌年植えたりすることをくり返せばよいのです」
たぶん。
「それから残飯や木の葉や家畜の糞を土と混ぜて毎日掻き混ぜ、白い黴を生やさせて臭いがなくなったら畑の土に混ぜる。また家畜の骨を砕いて撒くのもよいですよ」
たぶん。
あとはボブのスキルが手助けしてくれることを祈ろう。
レストランのプレオープンの日から一週間ほど、絶対地元の裏社会の人間が嫌がらせにくるだろうって期待して店に詰めてたのにさ。
折り目正しく菓子折り持って挨拶にくるとか、あなたは本当にダーティーな世界の人なんかな?
「いやぁ、天災の姉御に逆らおうなんて奴は王都には一人もいませんぜ」
だってさ。
十歳の小娘に筋骨隆々のスキンヘッドがへこへこしてる図。
王侯貴族よりよっぽど情報通で賢いじゃないか。
「そう? じゃあものは相談なんだけど、あなた土建業とかやってみない?」
「は、はぁ……」
あのピンク頭の王妃の希望で週に三度もいまだ続けられてる炊き出し。
あれで無職の宿無しが逆に増えてるっていうのもあながち間違いじゃないと思うんだよね。
「宿も職もないのに食っちゃ寝してる迷惑な連中が結構な数いるって小耳に挟んだんだけど」
「あ~いますね。しかし駄目ですよ、奴ら怠け癖が身に沁みついててんで使い物になりません」
「そう?」
何事も自分で確かめないと気が済まない私は、スキンヘッドをお供に裏路地を散策。
かなり面倒ではあるんだけど、大人も子供も男も女も老人も明らかな病人は除いて一人一人小突き回したら、ほら結構活きがいいじゃないか。
もちろんこれから働いてもらう都合上、骨は折らずに打撲で済ませるいわゆる朝飯コースだよ。
当然ご令嬢の私はドレス姿だけど何の問題もない。
なにせセーラー服も特攻服も超ロングだったから、平時にしろ戦闘時にしろ裾さばきはちょっとしたもんよ?
「こっちで給料は出すから監督をお願いしたいのよ。あーもちろんあなたには別途お手当出しますわ、ホホッ。まずは王都の清掃をお願いしようかしら。だいぶ汚れてますものね。それから道の整備と治水工事をお願いすることになると思いますのでそのつもりで」
「はっ、ははっ!」
何が何だかわからないなりにやる気はあるようで、三月もしないうちに私からの給料は不要と言ってきた。
「街中が見違えるほどきれいになると同時に治安も良くなりまして、おかげさまで各店の売り上げも軒並み伸びております。行政側とも話はついておりますんで、はい」
「そう? ならいいけど」
澄ました顔で済ませたものの、じつはかなりギリギリだった。
前世だったら日給五百円とかふざけるなって話だけが、数がまとまれば結構な額になるからな。もちろん監督にはもうちょっと出してたし……
おかげでなんとか伯父さんに援助のお願いをしなくて済んだよ。
その話を裏付けるように王都を治めてる貴族からお礼の手紙が届いた。
なんでもあの王妃「恵まれない人たちのために炊き出しをしなさい」「炊き出しの回数を増やしなさい」って言うだけで、自分の財布からは一銭も出したことがないらしい。
王都の財政を相当に圧迫されて治安は悪くなる一方だし、もう首を括ろうとまで思い詰めていたようだ。
これは返事くらい書いておかねばね。
(意訳)あなたのこれまでの努力あってこそです。これからもお体に気を付けてお仕事がんばってください。
まあ簡単に首を挿げ替えられる表側とはこんなもんだろう。
「あなたは顔も広いし、気になることがあったら教えてください。必要とあらばいくらでも出向きますので、オホホッ」
「はっ、ははっ!」
私の前では妙にかしこまるスキンヘッド。
ここから数カ月で水売なるものを組織して、庶民に安く比較的安全な水を届けはじめる。
原始的な濾過器に川の水を通しただけのものだから、飲むには煮沸が必須なんだけど、まあ薪もタダじゃないからどこまで守られたことやら……
マフィアでありながら私財を投じて王都まで用水路を引いたこの男が、聖人と称されるのは数十年後のことだ。