5、王と王妃
人の口に戸は立てられぬもので、私は巷では狂犬令嬢と呼ばれてるらしい。
おおっ二つ名カッコイイ!
「ほら、むしろカサンドラは喜んでいますよ。心配いりません」
気を揉むお祖母さんを慰める伯父さん。
「剛毅なことだ」
お祖父さんは無表情ながら満足げに頷いてる。
先日、約束通り立ち会いをしてくれた剣聖。
孫娘に腕を折られて喜ぶのもどうかと思うけど、それ以来ますます私のやることに反対しなくなった。
もっともお祖父さんだけでなくお祖母さんももちろん伯父さんも私には甘々で、それは当然私の母親のことが関係してる。
生きてるうちはしようのない娘、また妹よって叱ることも呆れることもできたけど、死んでしまったら何かがポキリと折れてしまったんだろうね。
はっきり言って私たちは、王家もほかの貴族たちのことも恨んでる。
一々口には出さないけど、なんとなくお互いにお互いの気持ちを感じて日々確かめ合ってる気がする。
カヴァネスはじめ茶会に呼ばれた令嬢の中で、手足の骨折血反吐付きで返された者が一人や二人ではなかったので、侯爵家当主つまりお祖父さんに王家から手紙が来た。
王侯貴族特有の婉曲な書き方で、そのような噂があるが本当だろうか。釈明の機会をやってもいいのだがと超上から目線。
まあ王家は貴族家の上に君臨してるわけだけど、けして王家単独でその他の貴族家に対抗できるわけじゃないのにさ。
勉強がてらお祖父さんが見せてくれたので、私は練習がてら返事を書いてみる。
もちろん返事を書くと想定したあくまで練習だったんだけどね。
「おおよく書けている」
お祖父さんは面白がって、それに侯爵家の封蝋をして王家に送ってしまった。
フハハハッ! どんな反応があることやら。
「楽しみですね」
「ああ、楽しみだな」
内容はだいたいこんな感じ。
私は憂える。
王とは貴族とは国を民を外憂や魔物から守るものではなかったか。
知恵によってそれを成す者もいるだろう。
しかし、いざとなれば力が必要だ。
そこに男女の別があるだろうか。
蛮勇を誇る者が魔物が獣が、
男だから女だからとその刃や牙を振るうのを止めるだろうか。
それに対抗することができぬのならば名ばかりの王、
名ばかりの貴族と言われても仕方あるまい。
私は憂える。
女だからと王族から貴族から牙を抜いた者がいる。
王のすぐ近くに侍っている。
このままでは我が国は早晩滅びるのではないか。
我が国の王が貴族が名ばかりでないことを願う、狂犬と呼ばれた令嬢より。
それより確実に弱い王へ。
そりゃもう速攻で召喚状が届いたよ。
近衛兵まで出張ってきてね、それはもう殺気立ってる。
思わずイェーイってお祖父さんと両手を打ち合わせちゃったよ。
あの仏頂面でなかなかノリがいいでしょう?
お祖母さんはめちゃくちゃ心配してくれたけど、今回ばかりは私が一人で行ってぶちかますことに意味がある。
お祖父さんも伯父さんも間違いなく内心ハラハラしてるだろうけどね。
ほんとご迷惑お掛けしますけど、この屋敷と領地を守ることに尽力してくださいな。
私はもう楽しくて楽しくて。
ついついやりすぎたかもだけど、夜コースまでは行ってないからいいよね?
あ、夜コースっていうのはシバキの特別バージョン。
ほらいままでやってた四肢折り血反吐は昼コースね。それも三千円くらいかな。
それなりのレストランならランチでも五千円コース、一万円コースもあるからね。
それが夜ともなれば天井知らずってわけ。
まず御者だけ残して近衛は侯爵邸内で片付けた。
前菜ってやつだ。
城門の前で降りろっていうから門番ヤッて、駆け付けた兵士や騎士を次々撃破。
悲鳴を上げるだけの女官もやっとく。
だってほら、女性の地位向上のための襲撃だし。あー襲撃って言っちゃったよ。えーと訪問?
貴族らしい派手な身形の奴は念入りにボコッとく。
集団で来たってへいちゃらよ。
だって向こうはほとんど時が止まってるんだもん。こっちは殴り放題。
そんな弱い者いじめみたいなことして楽しいかって?
それはもう楽しいね!
王侯貴族とそれに仕える立場なのに皆、油断しすぎじゃないかなぁ。
「おやめなさい! なぜこんなひどいことをするのですか。誰が許してもこの私が許しません」
おおっ出たよピンク頭。これが噂の王妃か。
つまり私の母から婚約者を奪ったやつね。
「ぺっ。ズベ公!」
「えっ、やっ、痛っ、痛っ! やめて、やめてよぅ、だ、誰かぁ~、え~ん、助けてぇ」
こいつはランチ一万円コースだな。
やっとわらわら出てきた残りの近衛を片付けると、満を持してって感じで登場する騎士団長。
それを片付けたらやっとこさ王が出てきた。
「や、やめるのだ。このような蛮行! は、話し合えばわかるっ、ほげぇ~」
「よっわ! 弱すぎではないですか? 頭もお悪いんですか? 私の手紙読みましたか? っていうか向いてないんじゃないですかね王。譲位した方がいいですよ、いや割と本気で言ってます。だいたい器じゃなかったんですよ、ほら、ちゃんと聞いてます?」
「ううっ……私を恨んでいるのか」
「そりゃ恨んでますね。まったく一時のシモの迷いで人の家をめちゃくちゃにしておいて恨んでるか? にっくきそれは入念に潰しておきましょうね。これ以上そんな遺伝子残されても国民一同迷惑ですし」
「うぎゃぁぁぁぁ!」
あーこういう時の悲鳴って高貴な人でも変わらないんだなぁ。うるせぇ。
まあ王だから治癒スキル持ちをかき集めて治すこともできるだろうけど。
これだけ負傷者を量産すれば、その他大勢はふつうの治療しかされないはず。
そもそも王以外は適切な処置をすれば自然治癒する怪我しかさせてないし、釘が引っかかってできた傷は数年単位で跡が残るだろうけど、こっちの薬もそう馬鹿にしたもんじゃない。
王宮勤めの治癒スキル持ちの寿命を縮めることに貢献するのはばつが悪い気がしなくもないけど、まあ連中も覚悟の上だろう。
何しろすんごい高給取りらしいから。
自分や信用できる身内のもしもの時のためにスキルをひた隠しにして生きるか、短命でも太く派手に生きるかは本人の自由だ。
皆が生き急いでる世界だから、授かる者がスキルを授かる十歳にもなればそれくらいの判断はできるでしょうよ。
そんなわけですべてをぶっ倒した後に、もう一度王と王妃を念入りに小突き回してかなりすっきりした。
復讐して晴れ晴れした気分になれないのはたぶん徹底的にやれないからだな。
さすがに私も結果的に死んじゃったって言うならまだしも、最初から殺すつもりで殺すのは躊躇われるし、まあここで全部終わらせちゃったらつまんな……ゲフンゲフン! 向こうが殺しにきたらまた考えよう、そうしよう。
手紙には偉そうなことを書いたけど、結局のところ私怨だからね。
私が大変な思いをしたのにその元凶がのほほんとしてるのが許せないって、我ながら心が狭いけどそんな自分を全肯定する性格なんだわ私。
なんか二人共泣いて謝ってたけど、こういう連中ってすぐ手の平返しするからさ。
一応、成人したら私を女男爵にするって念書を書かせてみたけど、私ができるのはそれを帰りがけに新聞社に売ることくらい。
結局、城では数熟ししただけだったけど昔を思い出してけっこう楽しかったよ。
今度はお祖父さんとも一緒に暴れたいね。
人相手だと後始末が面倒だから、穏便に魔物狩りがいいかな。