12、侵略
魔物の死骸の片付けも済まないうちに、他国の軍が攻めてきた。
ふん、ここは帝国軍の狩場か。
鉱山とかはないけど肥沃な土地だし、主要な街道も通ってる。
隣の領がどうなってるかなんて知りやせん。
むこうもそれなりにスタンピートを捌き躱してきたわけで元気溌剌とは言えないが、もともと大国ではあるしその豊富な資金に支えられた軍をご丁寧に三つにわけて別々の方角から侵入させてきた。
こっちはありったけの軍を二つにわけて、その二つに当たらせる。
メインはもちろん私がもらうよ。
え? だって私がいちばん強いじゃないか。
苦笑いしてそれぞれの軍を率いていくお祖父さんと伯父さん。
私には五人の騎士が付いてるだけ。
私の近衛ってことになるのか。
「こんなところにいてもなんの手柄も立てられませんよ?」
なにせ全部私がヤる気だから。
「何をおっしゃいます。天災と同じ時、同じ地にあるだけでこれ以上の誉はありません」
パーティーで私がぶちかました時、真っ先にお祖父さんに膝を突いた騎士だ。
相変わらず白髪マッチョで格好がいいね!
「フフッ、そう? ならばよいですが。余計な手出しは無用ですよ」
「ハッ。心得ております」
それでも私の危機となれば嬉々として突っ込んでくるんだろうな。
親衛隊ってのはそういうもんだ。
さて、敵の隊列はといえば素晴らしい。細かな傷がいぶし銀のようになってる鎧も、引き絞られた筋肉が躍動する馬も。
しかしどれだけ強く数がいても、釘バットを手にした私が認識すれば咳一つできない。
これでも私は根気強い性格だという自負がある。
千本ノックを十回くり返せば一万、それを五セットで五万だ。
五日後の夕方には終わるかな……やっぱり近衛にも手伝わせよう。
流れ旗を見た時からわかってたけどここには敵の総大将がいて、まあ何たら方面軍って軍の一部を預けられた将軍の一人だろうけど、それが第一王子だったのは大当たりってことになるか。
「くっ、殺せ!」
「そう?」
表情一つ変えない私に、敵の近衛があわあわして王子の助命を求めてきた。
手足折ってるから身柄を拘束する必要もない。まったくやることがないとこっちの近衛が表情だけで嘆いてる。
いや無抵抗の敵の手足を散々折ったでしょう。途中からうんざりしてたのはわかってんだからな。
おかげで一日で作業が終わったが……えーと戦闘?
まだ何かやりたいというなら、こういう箱を作っておくれ。
本当は給仕用のカートみたいのが欲しかったけど、なにぶん戦場だし彼らは職人じゃないからこんなものだろう。
小さな木の箱に王子の体を押し込めて、天板の穴から首だけ出てるって具合。
首の付け根を泥で固めれば、ほ~ら生首みたいでしょう。
「な、なんと悪趣味な……」
呻く王子の側近。
王子自身は白目剥いてるけど。やっぱり折った手足が痛むのかなぁ。
コロコロがない代わりに箱に持ち手を付けて、大人二人もいれば楽々持ち運べる便利仕様。
もっとも帝国の首都まで一月以上かかるから、箱に入れたままってわけにはいかなかったけどさ。
一応手足に添え木して、食事の介助もしてあげた。
どう見ても私と同じ年くらいだから、思春期にこれは効くだろう。
「ふーふー、はい、あ~ん」
「ぐっ……」
側近は三人まで許し、あとは捕虜として侯爵領に置いてきた。
手足折らなきゃ労働させられたのにって後から気付いたけど、それこそ後の祭りだ。
やつらの食い扶持は伯父さんがなんとか捻出してくれると信じて、私はせいぜいそれ以上に帝国から分捕ってくるとしよう。
こっちは例の近衛五人で、私はチェリーブロッサム号にて移動。
いや~馬車に押し込められた連中の恨めしそうな目を見ると、ドナドナを歌いたくなって困るねぇ。
帝国の皇帝は大国を治めてるだけあって、情報の伝達は早いし判断力もあるんだろう。
私たちはその進行を一度も邪魔されることなく、王宮の謁見の間までたどり着いた。
誰何されることも身体検査されることも、武器を取り上げられることもなかった。
当然、城に入る前に王子を箱に押し込めて泥で首を固定するのは忘れない。
まあ、瞬きくらいはしようがないね。
会う人会う人ぎょっとして泣き崩れる人もいたくらいだから、余は満足じゃ!
イケおじ皇帝はさすがに胆が据わってて、膝を突きもしない私を咎めようとした側近を止める。
「よい。そちが噂の天災か?」
「いかにも天災のカサンドラでございます。御目文字叶いまして光栄でございます、皇帝陛下」
「フフン。我が子は死んだか」
「父上~私は生きております~」
あーあしゃべっちゃダメじゃん。
悪趣味だなんだって騒ぐ貴族たちを手の一振りで黙らせる皇帝。
おうカッコイイな。帰ったら私も鏡の前で練習しよう。
「それを下げろ。よいかな? カサンドラ」
いきなり呼び捨てかよ。
「まあ、よいです。そのつもりでお持ちしたのですし」
「では、遠路はるばる貴重な品を運んでくれた礼に何が欲しい? おお、ソレと娶せてもよいぞ」
「え、なにを父上……」
生首が赤くなるなよ。
「私、弱い男はちょっと」
がっくりする生首なんて早く下げてほしいんだけどな。
「ハハハッ。では儂の側女などどうだ。なかなか権威があるのだぞ」
「権威はともかく陛下ご自身が大変魅力的だとは思いますが、大勢の中の一人と言うのが少々。新品かどうかにはこだわりませんが、自分と相対している時くらい自分だけのものであってほしいと思うなかなか一途な性質なものですから」
「そうか一途か。ククッ、さようか」
いかにも悪い笑みだけど、こういう男に限って純なところを持ってんだよ。
それを証拠に、この四年後だったかな?
単身侯爵領に現れて「今宵だけはそなただけのものだ」とか言って種を仕込んでいったんだ。
まあ私も満更じゃなかったからさ。
だってどうせなら優秀で好ましい男の子を産みたいじゃないか。
「では、他のものだな」
「そうですね。侯爵領の自治権をいただければと思います」
「ほう。他には?」
「我が領に留まっている貴国の兵士たちの滞在費をお支払いいただきたく……」
「ふむ。それは当然のことだな、せいぜい吹っ掛けるがよい。しかし、わざわざ我が帝国にやって来てほかに欲しいものはないのか?」
「ありません」
「フハハハッ! よかろうよ」
陛下陛下って周りがうるさいけど、彼はさらさらと一筆したため血判まで押してくれた。
「カサンドラはドラゴンも軽く捻るそうだな。どうだ? 儂を倒せば帝国が手に入るぞ」
「まあ機会があればドラゴンを倒すのはやぶさかではありませんが、私は陛下のように面倒見がよくないので帝国の方は遠慮いたします」
「ハッ、ハハハハハッ! 聞いたか、皆の者? カサンドラよ、よくぞ言ってくれた。そうなのだ、儂ほど面倒見がよく愛にあふれた人間はいないのだ。だというのに……」
うんうん頷きながら悦に入るおっさんの愚痴を証書をいただくまではと我慢して笑顔で聞く。
そんなに大変なら辞めればいいのに、ほんと面倒見のいいおっさんだな。