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75.ゴンドラにて(3)

「お前はどんな条件を提示できる?」

「………」

 どんなと言われても。

 期間限定で手を貸すのはどうだ。1年だけ、とか。

「短過ぎる」

 男は首を横に振った。

 じゃあ、3年。週休2日でどうだ。休みはアーベントロート・エンデに帰らせて欲しい。

「そんなにアーベントロート・エンデから離れたくないのか?」

 離れたくない。

「我儘だな」

 我儘で何が悪い。

 目の前にいるこの男を利用すれば、思い描いた幸せが手に入るかもしれないのだ。我儘な願いが叶うかもしれないのだ。だったら出来るだけやっておいた方がいいじゃないか。

「その条件なら5年だ」

 5年にするならもっと休みが欲しい。追加で1年に20日、好きな日に休んでいいという条件ならどうだ。

「強欲だな!」

 男は口を歪めた。良いじゃないか、そこまで酷い条件じゃないだろうに。祝日だって無いんだからこれくらい許容して欲しいものだ。


 こちらの1週間はあちらと同じ7日間、しかし1年は336日。1ヶ月はきっかり4週間ずつの12ヶ月。閏年などは無い。1秒の長さは体感だが若干違う。1日は24時間だが、あちらの24時間よりも少しばかり短い、ような気がする。そんなこの世界で週休2日と好きに使える休日を20日。強気かもしれないが5年契約ならこれくらい許してくれてもいいじゃないか。


「俺相手にここまで食い下がる奴を見たのは初めてだ」

「……」

 確かにそうか。この男はこの国の頂点に立つ人物であり、戦争の英雄である。こんな交渉が許される相手ではないだろう。

 だが私もこれ以上は譲りたくない。…いや、交渉に関して言えば、男の方が優位に立っているのだが。私は力を貸してもらう側だし。完全に私がごねている構図である。

「…そういえば、お前と同じような魔術師、というのは、どんな奴だ?」

 知っている範囲で、彼らのことを話す。ベアトリスは全く分からないが、ハオランについては少しだけ分かる。


 読心術を使う。対策をしないと思考が読まれる。

 感情が読めない。そしておそらく、人の感情にも興味が無い。実力主義。支部長に対して従順で反抗する素振りを見せず、【蝙蝠】から逃げ出さない理由がよく分からない。魔力量も多いが技量も高く、一対一で相対したら絶対に勝てない。


「ふむ」

 男は肘掛けに頬杖をついて考え込む。

「その【蝙蝠】の魔術師、うちに連れてこれるなら免除してやろう」

 さっきは「殺した方がいい」と言っていたが、いいのだろうか。

「お前にとってはそうだろうが、俺にとっては違う」

 ハオランが所属するとなると、ゴンドラが脅威に感じられる。男の顔をじっと見つめると、彼は私の思考を見越したように笑った。

「お前はアーベントロート・エンデにずっと居られるぞ。悪い条件じゃあるまい?」

 私にとってはそうでも、アーベントロート・エンデにとっては違う。

 だが——だが確かに、悪い条件ではない。

「もう一人の方は情報が少なすぎてよく分からんな。どちらかといえばその支部長なる人物の方が欲しい」

「……」


 それは頷けない。あの男の存在は危う過ぎる。

 まず我々をこちらに呼び出していること。それがたとえ成功率の低い賭けだったとしても、強力な戦力になりうる、規格外の魔術師を生み出すことができてしまう方法を知っている。そしてそれを知れば、どんな犠牲を払ってでも、目の前のこの男はやる。アーベントロート・エンデの国主もそうするだろう。だからそれを知られてはならない。


 私が首を振ると、男は目を細めた。もし彼が魔術師の部隊を派遣して、あの拠点を落としにかかったら、きっと支部長の男を捕縛してしまう。それは避けなければ…と思っていることも見抜いているのだろうな、この男は。


 絶対に駄目だ、と再び首を振る。男はそんな私を鼻で笑って、それ以上はこの件に言及することをやめた。

「まあいい。どちらにせよ、お前はそのハオランという魔術師を捕縛しなければ、ここで5年労働だ。休みも希望の日数くれてやる。籍はアーベントロート・エンデに置いておいてもいいが、勿論気が変わることもあるだろう。その時はうちに籍を置いてもいい」

 …そういうふうに仕向けられそうで怖い。この整った顔の男は、気品がある癖に獰猛な肉食獣のような威があるのだ。手に入れたいもののために手段は選ばない、そういう人間に見える。

「………」

 わかった、それでいい、と頷く。貸し出してくれる戦力はどの程度だろうか。

「魔術師30人の部隊を貸してやる。うちの貴重な戦力だ。普通他所の国の人間に貸すことなどしない、これが最初で最後だろう。有り難く思え」

 …ここまでの人数を貸してくれるとは。それなら、シュナイダー副長やフォルカーさんに協力を仰ぎ、作戦を立ててもらった方がいいかも知れない。連絡が取れないのが悔やまれる。


 全ての人員を拠点に向けるのは危うい。どさくさに紛れて支部長を連れていかれるかも知れないし、あの場所には禁術について記された本が大量にある筈だ。あの場所を落とすのであれば、主戦力は私と第15大隊の面々でなければならない。


「連絡手段が必要になるだろう」

 私が視線を彷徨わせて考え込んでいるのを見て、彼はそう言った。しかしこの世界に手紙以外に連絡を取る手段なんて無いだろう。

「通信具だ」

 男はそう言って、懐から魔硝石を取り出した。厚さ5ミリほどのプレート状で、500円玉くらいの大きさのもの。中には透明な液体が入っている。

「うちで開発した魔道具だ。他所の国では手に入らん、見るのも初めてだろう。今のところ魔術師しか使えん代物だが」

 どうやって使うものなんだろう。

「魔力を込めると起動する。特定の相手へ、音を拾って送り合うことができる」

「……」

 超小型の電話機みたいなものか。でも私は声が出ないから使えないし…連絡されても困る。あの拠点で使うことなど到底できない。文字を送り合うことはできないのか。

「できない」

「……」

 思わずため息が漏れる。何か方法はないものか。

 モールス信号みたいに、連絡を取り合うためのサインみたいなものはないのだろうか。

「モール…?」

 ああ、つい言葉にしてしまった。

 音の長短で文字の代わりにできないのか。暗号のように。

「…なるほど、考えたことがなかったな」

 今はゴンドラにしか通信技術が無いのであれば、暗号化など不要だろう。ひとつ知恵を授けてしまったことになる。

「では暗号信号を作ろう。そうだな…通信具は口の中に入れておけば体の魔力で覆われるから、存在に気付かれることもない。幸いお前は口がきけんしな、確認されることもなかろう」

 男は腕を組んで、改めて私の顔を見下ろした。

「では、これで契約成立だ。通信具は後で渡す。逃げるなよ」

 逃げるものか。ふ、と笑みが溢れた。…久しぶりに、自然に笑えた。

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