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74.ゴンドラにて(2)

 廊下を歩いている間、この国の人々と何度もすれ違ったが、呼び止められることはなかった。私が【蝙蝠】の魔術師だから、ではなく、単純に忙しいのだろうと思う。皆慌ただしく走り回り、城の外からは黒い煙が漂ってくる。

 城内に入った時に気付いたが、ここには城全体を覆う大きな防護障壁が張られていた。一人の魔術師でどうにかできるものではないし、複数人の魔術師が協力しているのか——もしくは、魔硝石を大量に使っているか。後者の方が現実的か。もしかしたら【蝙蝠】は、こういう場所に魔硝石を送り、金銭を得ているのかもしれない。私が魔力を込めた魔硝石の気配は無かったが。


 目的の場所は王城内1階の東の外れにあった。足早に廊下を抜け、図書室と思しき場所の扉を開ける。

 広い室内の壁面は全て木製の本棚になっており、それが2階部分まで続いている。内部は吹き抜けになっており、案外風通しはよく、過ごしやすい室温だった。


 魔力を方々まで流し込んでみたが、人の気配はない。あとは魔術書がどの辺りにあるか。

 背表紙を流し見しながら、暗い赤のカーペットが敷き詰められた室内を歩き回る。…ざっと見た感じ、殆どが戦争に関わる記録や戦術書、歴史書のようだ。

 ここに何かの答えがあるか分からないのに、期待せずにはいられない。探している情報があるわけではない、ただ手当たり次第に戦うための知識を集めたい、ただそれだけなのだが。

「…!」

 ここだ、魔術書のエリア。吹き抜けの2階の最奥部にまとめられていた。まずは全容を把握するのが先だ。

 大きな本棚、3つ分。この規模の図書室からするともっとあるものかと思っていたが、案外少ない。背表紙を見て、まずは見たことがなさそうなものを取り出し、内容に目を通す。殆どは論文に近い、魔術や魔力を動力源とした回路を生み出すための技術が記されたもののようだ。興味が無いわけではないが、今は必要ない。ページを捲り、知識を求めて文字の海を彷徨う。

 時間がだけが無駄に過ぎていき、焦りが出始める。しかし1つ目の本棚の終盤に手に取った本には、やっと興味深いことが書かれていた。


 ——意味を持つ言語体系を独自に創造し、魔術内に組み込む事で、解除の術を防ぐ方法がある。


 ふと、かつてファウストの砦でハオランが作った魔術防壁の存在を思い出した。あれこそがまさに、「言語体系を組み込んだ魔術」というやつだろう。フォルカーさんが興奮していたやつ。…彼に、あの魔術で使われた言葉について訊かれていたのに、話をする機会が結局無かったな。

 これは使えるかもしれない。

「おい」

「——!!」

 驚いて体が跳ねた。思わず本を取り落としてしまう。

「【蝙蝠】の人間は規則も礼儀も知らぬのか」

 視線を落とすと、階下にいるのは、先程顔を合わせたばかりの男。この国の現国王である。彼はこちらを睨むような厳しい目で見上げている。

「ここは王侯貴族以外入室禁止だ」

「……」

 まずい、一番見られたくない人物に見られた。外は既に薄暗くなり、自分が思いの外長時間図書室に篭っていたのだと気付いた。

「この件については【蝙蝠】に抗議の連絡を入れる」

「…!」

 それは絶対避けなければならない。絶対に。

 幸い国王は一人でここに来たらしい。魔力を周囲に漂わせてみるが、室内に他の人間の気配はない。


 気絶させてしまえばいい。記憶を少々いじって、私がここにいた事を忘れさせればいい。記憶を弄るのは…【蝙蝠】の拠点にあった本からの知識だし、おそらく禁術の類だろう。まだやった事はないから危険ではあるが、背に腹は変えられない。


 魔力の塊を作って気絶させる準備をしたが、「待て」と声が聞こえて止まる。私の魔力の気配がわかった——ということは、魔術の心得があるのか。面倒な相手だ。防護障壁を先に張られてしまうかもしれない。

「…そんなに困ることか?何故そんな顔をする」

「……」

 思わず頬に手をやる。そんな事をしたところで、自分の表情など分かるはずもないのだが。

「…お前、もしや【蝙蝠】に叛逆でもするつもりか?」

「………」

 勘付かれた。まずい。

 魔力の塊を頭に向かって飛ばしたが、防護障壁に弾かれた。音にならない舌打ちが漏れる。今のは彼が張ったものじゃない…攻撃に反応して展開するよう自動で組まれた魔術か。昏睡状態にさせるわけにもいかないと手加減したのが仇になったようだ。

 もっと強い魔術で、一度防護障壁を壊さないと。

「待てと言っただろう」

 男はそう言って、顎を撫でながら笑った。何なんだ。先程まで彼が身に纏っていた威圧感は形を潜め、面白がるような視線がこちらを向いている。

「魔術師の癖に正直者のようだ。顔に出ているぞ。【蝙蝠】に所属していながら、何故叛逆を企てている?」

「……」

 知ってどうするというのだ。無言で男の顔を見下ろしていると、彼は階段を上り、私の方へと近付いてきた。

「お前が魔術師として有能なのは知っている。前回世話になったのもあるが、あれから伝え聞く話もあったしな。お前なら逃げようと思えば逃げられるだろうに、それをしないのは何故だ?」

「…………」

「その首輪、【従属の首輪】だな。それのせいか?」

 今はもうフードを外していたから、首も丸見えだ。王族ともなれば、首輪の存在も知っているだろう。

「…何だそれは。首輪の上を魔力で覆っているのか?わざわざ、何故?」

 黒い瞳が、じ、と首を凝視する。思いの外、この筋骨隆々の男は魔術に精通しているようだ。


 立ち竦んだまま動けずに、私の前に立つ男の顔を見上げる。アデルよりは若干背は低いが、体格がいい。これで魔術が使えるなんて詐欺だ、こんな体じゃ必要ないだろうに。

「推察するに、その首輪は【蝙蝠】につけられたものではないな?」

「……」

「しかも、【蝙蝠】から逃げないという事は、逃げられない事情があるな?」

「…………」

 何で、全部わかるんだ。驚いて男を見つめると、相手はにやりと笑う。

「真実を言い当ててしまったようだ。必死に魔術書を漁っているのも、そういう事情からか」

 男は床に落ちた本を取り上げて、私の背後の本棚に戻した。必然的に近くなった顔に思わず怯えが走る。男はそんな私を見て、楽しそうに笑みを作った。

「助けてやろうか」

「…?」

「見返りがあるなら助けてやってもいい。お前の魔力量には価値がある。一般的な魔術師の倍はあるだろう?それ以上か?」

「………」

「【蝙蝠】から離反した後、うちで働くなら助けてやるぞ。どうだ、悪い条件ではあるまい」

「……」

 想定外の状況だ。


 彼の提案は渡りに船ではある。そしてきっとこれは、彼の言う通り悪い条件では無い。

 しかもゴンドラの国王からの直々の言葉だ。アーベントロート・エンデにいるよりも、身の安全は保証されるだろう。

「…………」

 コンラート君を助けるなら、彼の言葉に頷いた方がいいのは分かっている。魔術師の部隊を有する、好戦的な国なのだから。しかしまだ迷いがある。頷くことも首を振ることもできなかった。

「何を迷うことがある?何か他に事情があるのか?」

「……………」

「話してみろ。面白そうだ」

 …国内は今内乱で大荒れだというのに、この男は何故こうも平然としているのか。男は私の手首を掴み、1階部分に設置された読書用のデスクへと連れて行った。


 ◇ ◇ ◇


 自分の本来の魔力量や、出自については全て伏せつつ、都合の良い「記憶喪失」で誤魔化しながら、これまでのことを話した。【蝙蝠】にいたのは攫われたから、ということにしておいて。

「なかなかに数奇な人生を送っているようだな、面白い」

 私の正面に座った男はそう言って笑う。背もたれに体を預け、腕を組み、偉そうな姿勢ではあったものの、私が話をする間は話を遮らなかった。

「それで、お前はその人質を逃してやりたい、ということか」

 そうだ。こくりと頷く。男はふうむと唸って顎を撫でる。

「更に言えば、再びアーベントロート・エンデの人間に火の粉が降り掛からないようにしたい、と?」

 そう、そうしたい。

「だからそんなに必死な顔をしているのか。欲が深いな。切り捨てるものの線引きは必要だと思うが」

 …そんなの分かってる。優先順位は決めるべきだということは。

 全部どうにかしたいと思っても、一人でどうこうできる限界を超えている。

「ま、【蝙蝠】に打撃を与えたい、という点に関しては有難いところだが」

 ゴンドラは、これまで何度も【蝙蝠】の手を借りてきたはずだ。それなのに【蝙蝠】に叛逆しようとしている私に、何故手を貸そうとするのだろう。

「ああいう組織は無いに限る。アーベントロート・エンデもそうだろうな、【蝙蝠】の手を借りた話は聞いたことがない。この件に関してのみ意見は一致しそうだ」

「……」

 【蝙蝠】を呼んでおいて、そんなことを言うのか。

「俺たちからすれば、戦争屋ってのは邪魔者以外の何者でもない。俺個人は使えるものは使う主義だが、今回の件も無いなら無いで国内で対処可能ではある。ま、国内の有能な人間を削りたくないから使ってる、というところだ。魔術師は貴重だからな。お前らみたいな存在は小国や力の弱い国にとっては必要なものだろうが、大国にとっては本来不要ではある。…お前がこれからどうするつもりか知らんが、やるなら徹底的に潰しにかからないと、お前は一生【蝙蝠】から逃げられんぞ」

 …それは分かっている。

「お前と同等、それ以上の魔術師が確実に2人はいる、だったか。それは殺した方がいい。平穏に生きたいというのであれば」

「………」

 それも分かっているが、できればそんな事はしたく無い。彼らも被害者だと思うから。


 寧ろ疑問ではある。ハオランとベアトリスがあの男に従順なのは何故なのか。特に枷も無いはずなのに。ベアトリスに至っては会話をしたことがないから、人間性すら分からない。

 だが、私のことを憐れむような視線だけは覚えている。だからきっと、残酷な人間ではないんじゃないか、とは思いたいのだが。


「それで、ゴンドラの魔術師になりたがらないのは何故だ?」

「……」

 男の視線は面白がるようなもののままだ。しかしもう察しはついているのではないのか。

 私が黙っていると、男は喉の奥でくつくつと笑った。

「アーベントロート・エンデに恋しい奴がいるか?」

 ほら、やっぱり。読心術を使っている気配などないのに、男は私の本心を言い当てていく。

「そんなもの捨てて、ゴンドラで新しい相手を見つければいいだろう」

 思わず胡乱な視線を向けてしまう。いや…この叛逆を成功させるには、そう選択するのが一番いいのは分かるが、それは絶対嫌だ。

「嫌か、魔術師の癖に感情的だな」

 魔術師だったら感情が無いのか。そんな筈はない。同じ人間なのに、どうしてそう思われないといけないんだ。

「ふ、何だその顔は。それならもういっそ2人でゴンドラに住めばいいだろう」

 それはできない、アデルは大隊長なんだから。


 ふと考える。この男は戦を嫌っている。軍を小さくしようとしている。

 それなのに私の力を求める理由は何だ。

「国内をより栄えさせるために、だ。より良い生活のための魔術具の開発、治水やインフラ整備…色々あるが、魔力量が多いお前がそれに関わると、進度も上がる」

 しかし、周辺諸国とは戦争中じゃないのか。

「アーベントロート・エンデには元々講和を申し入れるつもりだった。あの矛がこちらを向いている限り、国内のことに目を向けられん。こちらも戦に関しては強国だ、悪い提案ではないだろうが」

 ゴンドラは国土の多くが砂漠で覆われているものの、大陸で一番大きな国だ。アーベントロート・エンデがファウストを落としても、その事実は変わらない。そしてゴンドラは大陸では最も強い軍を持つ、という話も聞いたことがある。

「北も南も、アーベントロート・エンデは落とせんだろう。戦力は拮抗しているからな。向こう200年、300年はこの四竦みの状態が続くと思うが。それにゴンドラとアーベントロート・エンデが講和条約を結べば、エレイズもロマノフも沈黙を守るだろう」

 …それが本当なら、もう少しで平和が訪れるのだろうか。


 それじゃあ、私を助ける、というのはどの程度まで可能なのだ。私に何をしてくれるのだ。

「魔術師相手の戦闘は、結局のところ魔力勝負だ。技量もあるが、魔力量で差が開けば最早技量ではどうにもならん。だからお前に魔術師の部隊を貸し出してやる」

「…!」

 それができるなら、あの拠点を攻め落とすこともできるかもしれない。

 やっと光明が見えてきた。まさかこんなところで道がひらけるとは。

「あとは条件次第だ、魔女殿」

 男はそう言って、にやりと人の悪そうな笑みを浮かべた。

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