66.日常、小話
手紙は届いただろうか。食堂の窓から外を見て、何度目かわからないため息を漏らす。
私から送る分には速いが、あちらから送ってもらう分には遅い。何ヵ所かある中継地点も通って、やっとこの街の郵便局に集結し、そこから局員が魔術で最後に送る。そこからは魔力で紐づけられた場所へと届くのだ。
郵便局員は大変なんじゃないかと思っていたが、そもそも手紙のやり取りというのはあまり一般的ではないらしい。首都はそうでもないが、地方に行けば行くほど識字率は落ち、読み書きできない人の方が増える。
手紙を送ってから2日間、まだ届かないのかとそわそわしていると、レナートに「どうかしたのか」と声をかけられた。
手紙を待っているのだと言うと、きょとんとした顔をされた。
「誰からのだ?」
アデルからの。先日こちらから送ったから、返事が来ると思うのだが。
「…なるほど」
彼は意味深に笑った。
「恋文か」
「……」
一瞬その言葉の意味が捉えきれず、ぽかんとしてしまった。直後慌てて首を振る。
違う、近況報告の手紙を出したのだ。あちらの状況も教えて欲しいと。
「何だ、つまらん」
「………」
娯楽が少ないのはわかるが、私で遊ばないで欲しい。
「今頃防衛作戦に向けて部隊の展開中、ってところか。長期戦になるだろう。俺たちも怪我が治れば援軍として出陣することになるだろうな」
「………」
その可能性を考えていなかった。…そうなったら一人ぼっちになってしまうのか。
「まあ、俺も3ヶ月は動けねえし、暫くはこのままだ。お前はどうなんだ?」
「……」
どう答えたものか迷う。自分も全治3ヶ月くらいだけど、大隊長の許可が出るまでは動けない、という嘘を含めた曖昧な言葉しか返せなかった。
「お前の怪我ってのは、その脚か?」
違う、これはもう動かないし、ずっと前のものだ。
「じゃあ…、その腕か?」
レナートは箸で私の左腕を指した。違う、これもどうにもならない。
「…それ以外に怪我してんのか?」
「……」
嘘でも、脚か腕だと言えば良かった。取り敢えず頷いて、止まっていた食事に戻る。今日の食事は豚肉…のようなもののソテー。
「そういやお前、声が出ないのは生まれつきなのか?」
隣に座る兵士がそんな問いを投げてきた。それにも頷いて、硬い肉を噛み千切り、懸命に咀嚼する。こちらに来てから、顎の力だけは鍛えられた気がする。
「満身創痍だな」
その言葉に、思わず笑ってしまった。確かにそうだ。
「魔術師じゃなかったら生きづらかっただろうな」
「鈍臭いしな」
えっ、と食事の手がまた止まってしまった。鈍臭い、はアデルと師匠にしか言われたことないのに。この短い付き合いで露呈するものか。
「よく転びそうになってるだろ」
「扉にローブの裾引っ掛けるし」
「食べんのもおせえ」
「………」
食べるのが遅いのは首輪のせいなのだが。しかしこうして彼らからも「鈍臭い魔術師」のレッテルを貼られてしまうとは、問題である。改善に向けて行動を改めねばなるまい。
むっとしながらその日の食事を終え、病院から戻った頃、待ち侘びていた手紙が届いた。
◇ ◇ ◇
夕食を終え、自室に戻ると、ベッドの上に手紙が落ちていた。部屋の小窓は開いていたから、そこから中に入ったらしい。
「…!」
一気に高揚感に包まれる。届いた、ちゃんと届いた。宛名に書かれた私の名前は、ちゃんとアデルの字だ。彼の性格を表すような、勢いのある線の癖字。
靴を脱ぎ捨てベッドに座り、慎重に封を開ける。
中には折り畳まれた紙が一枚。開くと、小さな板状の魔硝石が落ちた。良かった、ちゃんと返信用の魔硝石も届けてくれたんだ。ほっとしながら手紙の内容に目を通す。
アデル達は既に目的地に着いたらしい。作戦については詳しくは伝えられないが、今の所は予定通りだと書かれていた。
良かった、問題なく到着して。まずは一安心だ。
以降書かれているのは、私が書いた手紙に対する返答である。
隊舎に残った兵士とうまくやれているようで安心した。いくらかお前の寂しさが紛れるならいいことだ。打ち解けてくれた方が大隊としても動きやすい。
レナートのことは覚えている、まだ部隊長だった頃は良く一緒に酒を飲んだ、気が利く良い奴だった、と。
だが、男だということには変わりない、兵士に何か誘われても警戒しろ、何なら断れ、気を許すな、絶対部屋に入れるな絶対二人きりになるな。
お前は警戒心が足りない、もっと魔術師らしく近寄り難い空気を作れ。女だという自覚を持て。
「………」
心配性というか、過保護なのは変わらないようだ。忙しかったのか徐々に字が汚くなっている。打ち解けた方がいいって書いてるくせに。というかそんなにホイホイついていかない。私を何だと思ってるんだ。
こちらは問題ないから、お前はお前の心配だけしてろ。
最後にそう締めくくって、手紙は終わっていた。
本当はもっとあちらの状況が知りたかったが、途中で手紙が誰かに読まれてしまうようなことがあっては危険か。
元気だろうか。怪我が無ければいい。…というのは無理だろうか。せめてそれが軽いものでありますように。
ふと、アデルの体に残る傷跡を思い出す。命の危険があったのでは、と思われるような傷もあった。だが先日の戦ではほぼ無傷だったし、体に残っていた痕は古いものばかりだった。彼はとても強いから、だからきっと大丈夫。…しかしそう考えれば考えるほど不安になった。
もっと強くならなきゃ。もっともっと、誰にも負けないくらい。
魔術書に齧り付いて、防衛術の知識について読み漁った。
◇ ◇ ◇
返信をすぐに送るのも良くないだろう、と思い、手紙を書くのは少しの間我慢することにした。頻繁にやり取りするのは、フォルカーさんにだって負担がかかる。
アデルには色々と言われたが、1人では解決できない問題もある。どうしても欲しいものがあり、食事時にレナートに声をかけた。
「箱が欲しい?」
レナートは不思議そうに首を傾げた。
「何に使うんだ」
手紙を保存するために欲しい、と伝える。
アデルと手紙のやり取りをするなら、それを大事に取っておきたいと思った。
「なるほど」
レナートはにやりと笑った。その横の兵士たちもにやにや笑う。何なんだもう。
雑貨屋に行けば手に入るだろうか。雑貨屋自体、行ったのは僅か2回ほどで、箱が売っていたかどうかは良く覚えていない。
「あるとは思うが。金はあるのか?」
一応ある。アデルが「お前の給金だ」と言って、部屋にお金を置いていったから。物価はよく分かっていないので、それがどれほどの価値を持つものなのかも分からないが。
私自身あまり道を覚えられないタチで、雑貨屋の場所をよく覚えていないのだ。案内してもらわないことにはどうにもならない。
「それなら連れてってやる。病院に行く前に寄るか?」
そうしてもらえるとありがたい。それに、送迎中に寄るなら「二人きり」じゃないから、都合もいい…というのは黙っておこう。
「じゃあさっさと食え、時間なくなるぞ」
そう言われて、慌てて目の前の食事を片付けることに集中した。
その後は兵士たち4人と共に、ぞろぞろと街中を歩いた。
雑貨屋はこの街の中にいくつかあるようだ。私が知っている場所とは違う場所の雑貨屋に連れてこられ、初めて見るものが多く、中を歩いているだけで楽しい…が、早く目的のものを見つけて買わないと、病院に行くのが遅れてしまう。
「どういうのが欲しいんだ?」
私が店内をうろうろしていると、レナートが声をかけてくれた。これくらいの大きさの箱で、というのを伝えると、彼も一緒に探してくれる。他の兵士たちは各々買いたいものがあったらしく、私とは別々に店内を彷徨いていた。
「これはどうだ」
棚の上の方から、レナートが小箱を見つけて出してくれた。…私の身長では見えない場所だった。
箱は簡素な装飾が施された青い箱だった。…アデルの青い目を思い出した。これがいい。
これにする、と頷くと、レナートは小さく笑う。数日の付き合いでの彼の印象は、アデルに少し似ている、というものだった。顔は強面だが意外と親切で優しく、ぶっきらぼうで。だからか、彼が一番話しやすかった。
「病院に行く時には荷物になるだろ。持って帰っといてやるよ」
それはとても助かる、…確かにアデルが言っていた通り気が利く。手紙の内容を思い出してくすくすと笑うと、レナートは訝るように片眉を上げた。不審そうな視線に慌てて、アデルが手紙で言っていたことを伝えた。
「なんだ、覚えてたのか。もうずっと会話してないから忘れてんのかと思ってたが。…もう立場が違いすぎるからな」
…私はアデルのことをよく知っているわけではないが、立場の差をそこまで気にしているようには見えない。食事に誘っても、それが隊舎の外でなら断らないとは思うのだが。彼が気にしているのは自身の若さだけだろうし、それが理由で食堂で食事を摂らないようにしている様子だから。
「今回の戦が終わったら誘ってみるか」
レナートはそんなことを呟いた。彼らがかつてどんな関係だったのかは知らないが、関係が良くなるのは悪いことではないだろう。
そうだ、手紙を書いてみてはどうだろう。私がレナートの分の手紙を一緒に封入すれば、アデルの元に届けられる。
レナートは「いや…」と断ろうとしたが、何かに思い付いた様子でにやりと笑った。
「そうだな、やっぱり頼む。俺も手紙を書こう」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、食事を終えた後、レナートに手紙を渡された。4つに折り畳まれた小さな紙だった。
「中身は見るなよ」
こくりと頷いてそれを受け取った。私の手紙を書き終えたら一緒に送ろう。
「今日もカードやるか?」
いや、今日は勉強したいから。魔術の勉強をして強くなりたい。そう伝えて首を振った。
「どんな魔術を学んでんだ」
主に戦闘を見据えた魔術を。
「へえ。俺たちもそのお陰で助かってるしなぁ、ありがとよ」
そう言って、彼はにっと笑った。今回学んでいるのは私個人の身を守るための技術な訳で…こういう顔をされると弱い。もっと皆の身を守れるような魔術も勉強しよう。…勉強することが多いな。
「しかし、魔女殿は真面目だな。そんなに真面目に生きててしんどくねえのか」
勉強は必要に迫られているからやっているだけだし、座学だけではなく実践もあるからそこまで苦でもない。受験勉強の方がしんどかった。
「そういやお前、歳はいくつなんだ?」
25。
「……」
「………」
しん、と食堂内が静かになった。
「嘘か?」
嘘なんてつくか。
「…俺のが歳下だわ」
ぼそっと若い兵士が呟いた。どうやらもっと歳下に見えていたらしい。
いくつだと思ってたんだ。
「20くらい?」
「19くらいかなって」
「同じく20」
「俺は21かな?って思ってた」
皆口々に20前後の数字を言う。まだ16とか言われなくてよかったけど、それでも少々複雑だ。
「だって顔しか知らねえもんなぁ。ローブ脱がねえから全体像がよく分からねえ。背も低いし」
「声も知らねえしな」
「話しぶりだけじゃよく分からねえよ」
「……」
言われてみればそうか。
「なんで魔術師ってのは常にローブなんだろうな。最近入った新しい魔術師も年齢がよく分からん」
「なんか魔術師ってみんな顔が若いんだよなぁ。その癖妙に達観してやがるし、空気が爺さんみたいなんだよ」
「モーガン副長も、歳不相応に温厚だよな。温厚すぎて爺さんに見える時あるわ」
「わかる」
ええ、そんな。
「お前も普通にしてた方が歳相応に見えそうだがな」
そうかもしれないが、だからと言ってローブを脱ぐつもりはない。
「なんでだ?魔術師はローブ脱いだら死ぬ病気にでもかかってんのか?」
そんなことはないけど。
「一回普通に軍服着てなかったか?」
「なんか見たことある気がする」
「うちの隊舎内だと女は珍しいからな。何ヶ月か前に大隊長と副長たちと歩いてたの、あれお前だろ?」
「………」
確かにそうだが。困りつつ頷く。
「やっぱそうか。ローブ着てないと全然魔術師っぽくねえよな」
「新人兵士、つーか…ただの町娘って感じだよな。軍服に着られてる感じだった」
「…………」
酷い言われようである。
「25でこの身長ならもう伸びねえな」
…ぐ。
「まあいいんじゃねえの、チビでも」
レナートはそう言ってくつくつと笑う。
「困るようなこともないだろ、今のうちは」
「…?」
いつか困る日が来るというような口ぶりに首を傾げるが、彼は説明はしなかった。
「あんま引き止めちゃ悪いな。じゃあまた明日な」
そう言って、彼は私を食堂から追い出した。…レナートの考えていることは、私にはよく分からない。
それから3日ほど置いてから、再びアデルに宛てて近況を知らせる手紙を書いた。




