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65.手紙

◆ ◆ ◆で視点変更です。→アデル

 隊舎に残った兵士たちの間でどんなやり取りがされているのか分からないが、3日もすると私の送り迎えの人数が5人に増え、これ以上は人数を増やさないで欲しいと頼み込むことになってしまった。彼らとしては、かつての態度に対する贖罪の意味合いが強いのだろうと思うが。それが今は送迎くらいしか思いつかないのだろうし、私も別に他に頼みたいことがあるわけではない。


 そんなやり取りをしているうちに、

「食事を一緒に摂らないか」

 そう誘われることが増えた。


 食堂では自分の周りだけは誰も座らなかったのに、今では皆固まって私の近くに座るようになった。

 隊舎に残っているのは、隊舎内で生活している兵士の中で、今回出陣しなかった兵士のみ、およそ20人ほど。それ以外の負傷兵は隊舎の外の自宅に戻っているか、入院しているか。

 初めのうちは彼らも気を遣っていたようだが、徐々にそれも無くなり、方々で冗談を言い合ったり、笑い合ったりしている。その輪の中に自分はあまり入れはしないが、この空間の居心地は悪くなくなっていた。


 ◇ ◇ ◇


 出陣から1週間、そろそろアデル達が北方の前線に着く頃だ。


 その日の夜は酷い嵐で、彼らの方は大丈夫だろうかとふと不安に思う。天候が悪いのがここだけだといいのだが。

 雨には氷の粒が混じっており、急激に気温が下がった。


 送迎組は4人に落ち着いた。レナートと、通院が必要な兵士と、後は日替わりでコロコロ変わる。彼らはかつてアデルが待っていたのと同じ場所で、私の帰りを待っていてくれた。

 その日もいつもと同じように、彼らは外で待ってくれていたのだが、皆すっかりびしょ濡れになっていた。この国の文化には傘などは無く、皆フード付きの防水コートで雨風をしのいでいる。

「急に寒くなったな」

「明日から一気に気温が下がるぞ」

「毛布は足りてるか?」

 そんな会話をしつつ、隊舎へと戻った。


 戻る間は雨風に晒されないよう壁を作っていたのだが、迎えに来るまでの間に濡れてしまったものはどうしようもない。そのままだと風邪をひきそうだと、彼らは一度自室に戻った。

 夕食は集まって摂るのが何となく習慣化していたので、彼らが着替えて来るまでの間、食堂で待つことにする。


 だだっ広い食堂には、既に兵士たちが集まっている。彼らはどうやらゲームに興じているようだった。こんな天気の悪い日はこれくらいしか娯楽も無いし、こういう風景は食堂を訪れるとよく見かけたが、その中に入っていくことはしなかった——今までは。


 今日、師匠に「折角和解するきっかけができたのだから、ついでに兵士と距離を縮めておいた方が後々都合が良いぞ」と言われ、確かにそうか、と納得した。こちらから話しかけていくのは勇気が要るが、拒絶されているわけではないし、輪の中に入れてくれる…筈だ。


 彼らは今、カードを使ったゲームをしている。見ている限りはそう難しいことはしておらず、ぱっと見はババ抜きだとか、七並べのようなもの、それからおそらく大富豪のようなもの。カードの枚数だけはあちらのものより多いような気がした。注視してきたわけではないから詳しくは分からない。

 近付くと、カードを見つめていた兵士の一人が顔を上げた。

「お?お前もやりたいのか」

「…」

 こくりと頷く。断られるんじゃないかと緊張していたのだが、彼らは特に気にした風もなく、あっさり受け入れてくれた。

「ルールは知ってんのか」

 首を振る。こちらでこういうゲームをするのは初めてだ。

「じゃあこっちで見てろ。おい、椅子出してやれ」

 彼の後ろ、手札が見える位置に椅子が置かれた。彼らが今やっているのは、大富豪のような何か。後ろからカードをどう使うゲームなのか教えてもらいながら、ゲームの進行を見守る。

 カードは6種の絵柄で1から15までの数字が振られ、ジョーカーに当たるカードも1枚だけ存在するようだ。トランプよりも枚数は多い。カード自体は紙製ではなく、プラスチックのような硬い材質でできており、裏面には黒と赤の格子模様の柄が入っている。


 ゲームは8人で進められていて、カードが早く無くなった方の勝ち。カードの枚数はかなり多いが、ゲームをする時の人数に合わせて、カードの枚数を調整するのだそうだ。8人以上では全てのカードを使う。

 お金は賭けていないが、代わりに賭けられているのは「掃除当番の分担」らしい。私は賭けられるものがない、と伝えると「次のゲームは賭けなしでやってやる」と言ってくれた。

「魔術は禁止だぞ」

 手札を見せてくれていた兵士がそう言って、にやりと笑った。勿論そんなことしたら面白くないから使わない。

 見ていればある程度ルールはわかった。スキップ、リバースにあたるような役割のカードもあるようだ。

 ゲームが終わる頃には、私の送迎をしてくれていた兵士たちも着替えを終えて合流した。夕食の前に一戦だけやろうということになり、私もカードの束を受け取った。


「………」

 取り敢えずカードを数字順に並べて、周りの動向を伺う。私の後ろにはレナートが付いて、困った時は助けてくれるという。その場の状況で使うべきカードがどれか助言してくれるのだろう。

 レナートとこそこそやり取りをしつつカードを出していくと、ふと視線を感じて顔を上げた。

「初めてにしては飲み込みが早いな」

 最初にゲームのルールを教えてくれた兵士がそう言った。昔故郷で似たゲームをしたことがある、と慌てて説明する。少しだけルールが違うけど。

「へえ、ゼーラにも似たようなもんがあるんだな」

「……」

 風習について書かれていた本には、その土地の娯楽については詳しくは書かれていなかった。ゼーラに存在するゲームかどうかは分からない。一瞬で思考して、「旅をしてきた人が教えてくれた」と誤魔化す。

「そうか。ルールはどの辺が違うんだ?」

 ルールの差は然程ないが、一つ大きい違いは「革命」がないことだ。同じカードをまとめて出すとカードの強弱が入れ替わること。大人数でやるとなかなか揃わないし、この場で使われているカードは6種類、もっと難易度が高いだろう。

「ほお、面白そうだな、それ」

 レナートはにやりと笑った。

「次はそれでやってみようぜ」

 皆楽しそうな顔で、その言葉に賛同の声をあげた。それが嬉しくて笑みがこぼれる。些細なことだが、受け入れられたことに安堵した。


 ◇ ◇ ◇


 ゲームが予想以上に盛り上がり、気付けば夜の10時を回っていた。まだ遊び足りないという彼らを残し、私の方は先に部屋に戻り、湯船に浸かって疲れを取った。


 もう手紙を送ってもいい頃だろう。


 どんなことを書こう。アデル達の方は問題なく行軍できているだろうか。戦況はどうなりそうだろう。

 気になることは多いが、こちらの近況も伝えておいた方がいいか。


 水に強い特殊な紙を手に取り、慎重に文字を書いていく。

 兵士たちとうまくやれていることを伝えよう。あんなに険悪な空気だったのに、今では共に食事をし、一緒にゲームだってできるような仲になった。皆気遣ってくれるし、病院にも迎えにきてくれる。アデル達と会えないのは寂しいが、彼らのお陰で楽しく過ごせている。アデルは少々過保護だし、もしかしたら心配しているかもしれないから、事細かにそれらを書いた。

 そういえば、アデルはレナートとは面識がある筈だ。彼のことにも言及してみよう。


 私の方はうまくやれているから心配しないで、それよりもアデルたちの方は大丈夫か。できればでいいから返事が欲しい。最後にそんなことを書き連ね、紙を折って封を閉じる。

 遠くに手紙を送る時は、送る相手の魔力がこもった特殊な魔硝石を封入する。石は薄く、小さなガラス板のような見た目をしていた。軽い力で割れてしまいそうなものだが、強度は高く、衝撃が加わってもそうそう割れるものではない。

 魔術が使えなくとも、この世界の人間には必ず魔力がある。殆どは体液や体組織に絡み付くように存在していて、そこからその人個人の魔力を抽出することができる。そしてそれを魔硝石に定着させると、魔術に生かすことができるのだという。その一例が手紙だ。

 返信が欲しい時は、自分自身の魔硝石も同封すればいい。その上で、関わりのない人間の開封を禁じる魔術をかける。

 今回はフォルカーさんに宛てて出し、そこからアデルに手渡すということになっていた。


 私の部屋には大きな窓がないから、アデルの部屋から手紙を出すことにした。


 時々、アデルの部屋に行くことはあった。窓から天気を確認したり、洗濯をしたり。それから、北の方角を見て、どうか無事に帰ってきますようにと祈ったり。…ついでに、少しだけアデルの残り香を感じてから帰る。これは誰にも言えない秘密だ。


 教わった呪文を唱え、手紙に魔力を込める。かなり強めに魔力をかけたから、遠く離れていても彼の元にすぐ届くだろう。手紙は時折羽ばたくような動きをしながら、鳥のようにしなりつつ、雨空を飛んでいき、すぐに見えなくなった。


 次の手紙はいつ送ろう。返事が来るまでは送らない方がいいだろうか。

 でもアデルは「いつでも連絡していい」と言ってくれた。


 彼が帰ってきたら。

 そうしたら、今度こそ気持ちを伝えよう。

 それがいつになるかはわからないけど、彼の身の安全をただ祈った。


 ◆ ◆ ◆


「手紙は届いたか?」

「いいえ」

 このやり取りは一体何度目だろう。その度にフォルカーからは呆れた視線を向けられた。

「彼女も気を遣っているんじゃないですか。到着予定日よりも早く手紙を送ることはしないでしょうし」

「気にせずいつでも送れって言ってんだが」

「…それでも彼女なら気を遣うでしょう」

「一人で隊舎に残してきたんだ。何か問題が起きるかも知れねえし」

 フォルカーは嘆息した。

「サヤさんはあなたが思っているより強い魔術師です。そうそう問題は起こらないでしょうし、起こさせないでしょう」

 確かに俺は魔術師じゃねえし、彼女の強さを正確に理解しているわけではないが。

「じゃあ今日中には届くか」

「いえ、ただの予想ですから。全く…そわそわしないでください、他の兵士に怪しまれますよ」

 そう苦言を呈して、フォルカーは自身の野営テントに戻った。


 第15大隊は、予定していたより半日早く目的地に到着し、他の大隊と合流していた。第4、5、6、8、11大隊と合わせ、約7万の兵士がここに集まり、展開されている。全体の作戦統括をする第5大隊の大隊長の指示に従い、山間に広く広がり、次の指示を待っていた。


 サヤは一人での食事を嫌がるくらい寂しがりだ。きっと一人で、隊舎内では誰とも話すことなく生活しているに違いない。だから手紙を送ってこないとは思えない。

 昨日が到着予定日で、サヤがそれを避けたなら今日には届く筈だ。


 早く戦いを終わらせて、早く戻って…戻って、どうするんだ。

 彼女との間には、僅かに距離ができてしまっている。違う…距離を作ったのは俺だ。

 巡らせていた思考に蓋をする。戻ってからのことは戻ってから考えればいい。


 その日の夕方ごろ、フォルカーに手紙を渡された。

 開封できるのはフォルカーだけだ。目の前で封だけ開けてもらう。

「やっと届いたか」

「嬉しそうですが、そういう態度はあまり出さないようにしてください」

「分かってる」

 封筒を受け取り、自身のテントに戻って意気揚々と紙を取り出す。

 中には丁寧な文字で、彼女の近況について書かれていた。

 最初のうちはミミズが這ったような酷い文字だったが、今ではそれが想像できないほど綺麗な文字になった。帰ったら一言褒めてやるかと思いつつ手紙を読み進め、途中で思わず手に力が入り、手紙にくしゃりと皺がついた。

「レナート…?」

 確かに俺が部隊長だった時に直属の部下だったが、もう随分と会話していない。いや、そんなことはどうでもいい。


 食堂で食事を摂るようになってから、兵士たちと話をするようになった。

 レナートという兵士がとても良くしてくれている。かつてアデルの直属の部下だったらしいが、覚えているだろうか。

 病院への送迎もしてくれて、食事中も気を遣ってよく話しかけてくれる。

 先日一緒にカードでゲームをした、皆が親切にルールを教えてくれて、遅い時間まで楽しんだ、などということが書き連ねられている。


 何だ、それ。

 早く戻って問い詰めたい…いや違う、彼女に非は無い、全く無い。うまくやれた方が大隊としてはいいに決まっている。

 だが、サヤが他の男達と仲良くやっているというのが心底気に入らない。なんなら以前のように険悪な仲だった方が良かった。


 手を出されたりしないだろうか。ただ襲われるくらい、サヤは容易く相手をねじ伏せるだろうが、そうじゃなかったら。

 サヤも相手を好きになったら。受け入れたら。


 血の気が引く。…サヤは俺のものじゃないし、一人の人間だ。彼女の行動も心も制限することなんてできないし、すべきじゃない。そんなことはわかっている。わかっているが、それだけは絶対許せない。

 連れてくればよかったか。いや、しかし。


 テントの外、北方に展開される敵兵の陣を眺める。

 そこには、【蝙蝠】の魔術師がいる。強大な力を持つ人物がいる。

 サヤを連れてくるわけにはいかない。彼女の安全のために、彼女を守るために必要なことだ。


 白い紙を手に取り、サヤに宛てて手紙を書く。

 こちらの近況についてと、兵士に何か誘われても警戒しろ、何なら断れ、気を許すな、絶対部屋に入れるな絶対二人きりになるな、と徐々に語調が荒くなるのを抑えきれずに書き殴り、封を閉じた。


 さっさとフォルカーに渡して、最速で送りつけねば。

 サヤに手を出す奴は絶対ただじゃおかねえ、特にレナートには注意しなければ。

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