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48.双子の魔術師(2)

 フォルカーさんから注意された…のだと思うが、コニーとディーはそれからも図書館に現れた。フォルカーさんからぎゅうぎゅうに仕事を詰め込まれているはずなのに、隙間時間を見つけては私に会いに来るのだ。

 夜に突撃することは無くなったものの、日中会いに来る時間はかなり増えていた。私の向かいで書類と睨めっこしているアデルは、たまに「良い加減にしろ」と怒って2人を締め出してくれるのだが、あまり邪険に扱う訳にもいかない。


「サヤ殿の魔術は面白いですね」

 私が最後の本の製本作業をしていると、ディーが呟いた。

「イメージが洗練されているように感じます。無駄がありません」

 約200枚の紙にまとめて穴を開けているのを見て、コニーもそう言う。

 こういう機械を見たことがあるから、イメージしやすいのだろうとは思う。それを口にすることはできないので、曖昧に笑って誤魔化しておく。


 写本をしながら、内部の文章には軽く目を通した。

 そうして本をざっくり読んでいる間に、分かったことがある。

 私の声を奪ったような『禁術』と呼ばれるものは、文書として記録には残されていない。師から弟子へ口伝のみで伝わるものであり、詳細は不明だ。ただ、存在が認知されているだけに留まる。

 それから、眉唾だろうが、怪しげな「召喚術」とかいう術についての本。かなり古くぼろぼろの禁書に、悪魔召喚なる怪しげな言葉が書かれていた。悪魔なんていない、とアデルは言っていたし、すべて誰かの妄想だろう…とは思うが、これが禁書にされているのを考えると、そうとも限らないのか。

 試す気にもならないので、それらはフォルカーさんの判断に任せる。


「サヤ殿は、左腕に回路があるのですね」

 ふと、コニーが私の左腕を見つめながらそう言った。

「不躾で恐縮ですが、触れてみてもよろしいですか」

「?」

 触ったところで何か分かるわけでもないだろうに。首を傾げながらも頷くが、ほぼ同時に「駄目だ」と声が上がった。

「触んな」

 アデルは書類に視線を向けたまま、低い声でそう言った。

「距離が近えんだよ、離れろ」

「………」

 コニーもディーも、不満そうな視線をアデルに向ける。

「大隊長殿は、サヤ殿の何なのですか」

 アデルは書類に落としていた視線を上げて、鋭い目でコニーを見据えた。

 …アデルはどう答えるのだろう。私もそれは知りたい。

 他者を威圧する空気を醸し出しながら、彼はゆっくり口を開いた。

「答える必要があるか」

 無い、という返答しか認めない、という視線で睥睨して、彼は長い足を組んだ。

「逆に聞くが、お前らこそサヤの何だ。自制しろ」

 ぐ、と2人は悔しそうに口を噤む。


 はぐらかされた。

 それに何となくショックを感じつつ、「でも」と手を上げる。

 触るくらいなら別に構わない。ローブを脱いで、シャツの袖を捲り上げ、2人の前に差し出した。

「おい」

 アデルは怒った顔で私を見た。別にこれくらい、減るもんじゃなし。

 遠慮なく触られるもんだと思っていたのだが、2人は私には触れようとしない。

 ん?と思って彼らの顔を見ると、彼らは私の、…胸元を見て固まっていた。

「失礼しました、あの、妙齢の女性だとは…」

「………」

 大人だと思われてなかったのか。ああ、なんとなくこれまでの行動が合点がいったぞ。


 これはあれだ、少女の世話を焼いていたつもりだったんじゃ。

 髪を乾かしてくれるのとか、まさしくそれでは。

 これまで彼らの前でローブを脱いだことは無かったし、体型が分からなかっただろう。年齢を聞きはしたが、私は言わなかったし。

「申し訳ありません。もう触りたいなどとは言いません」

 彼らは赤い顔で首を振りながら謝罪の言葉を重ねた。別に良いのに。しかし初めて人間らしい一面を見た気がする。

「もういいだろ、お前らも仕事に戻れ」

 アデルのその言葉で、2人は部屋から出て行った。


 もしかして、たまにはローブを脱ぐことも必要なのでは。そんな気がしてきた。

 身長の低さと顔立ちのせいで、かなり幼く見えていたのかもしれない。…と思うのだが、ローブを脱ごうとするといつもアデルが怒るのだ。


 ◇ ◇ ◇


 写本の仕事が終わって翌日、やっとフォルカーさんから別の仕事を振ってもらえた。西側にある土地を畑にするらしく、その一帯を耕してほしいそうだ。

「休み休みで、ゆっくり進めて構いません。今日はそれ以上の仕事は振りませんから」

 頷いて、地図と書類を受け取る。これまでは毎日アデルがついていてくれたが、今日は違う。

「サヤ殿と仕事をさせていただけるとは、光栄です」

 コニーとディーはそう言って嬉しそうにしている。今回の仕事は2人と一緒だ。想像するに、フォルカーさんが折れたのだろう。


 2人と話をするうちに、徐々に彼らについての理解も深まってきた。

 コニーの方が外向的で、私に話しかけてくることも多い。対してディーは内向的で、コニーの横でじっとしていることが多いが、話しかければ言葉が返ってくる。

 2人とも前のめりに私に突撃してきてはあれこれ話をするが、アデルの言うことは聞くところを考えると、彼に対しては少なからず上下関係の意識はあるようである。


 フォルカーさんは私に手招きして、彼らとは離れたところで小声で話しかけてきた。

「上限は7個分です。よろしいですね」

 勿論それは分かっている。頷くと、フォルカーさんも頷きを返した。念の為の最後の確認だったのだろう。それから、とフォルカーさんは言葉を続けた。

「今晩、アロイスの砦へ向かいます。シュナイダー副長をそろそろこちらに戻さなければ」

 やっと彼もこちらに来れるのか、良かった。アデルも書類仕事が多すぎて辟易している様子だったし、これでいくらか楽になるだろう。

「1週間後には国主がこの地を訪れ、記念式典が開かれます。その準備を進めるにあたり、彼が必要です。警備の割り振りが主ですが、やることが山積みでして」

 フォルカーさんは重いため息を漏らした。何か手伝えることはないだろうか。

「貴方にも式典への出席はしていただくことになると思います。功労者は式典に出席するという栄誉が与えられ、場合によっては国主から直々に褒賞が与えられます」

 そういうのは苦手だ。

「これからもこういう機会はありますから、慣れてください」

「………」

「第15大隊からは、私も、アデルも、シュナイダー副長も出席します。それからミュラー部隊長、プルーク部隊長、ギュンター部隊長。式典は3日間開かれ、2日目以降は国民の参加も可能な大きなパーティーになります。まあ簡単に言えばお祭り騒ぎをしましょうということです。アーベントロート・エンデという国の豊かさをアピールする場になるでしょう」

 フォルカーさんも疲れているのか、あっけらかんとそんなことを言った。

 ううむ、気は乗らないが…しかし、着飾ったアデルの姿をまた見ることができるのでは、と気付いて、気分だけは高揚した。

「一応、魔術師の正装というものがありますので、それを用意します。…体に合わなかったら黒いドレスにしましょう」

 フォルカーさんは苦笑してそう言った。毎度のことながらご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ない。

「話は以上です。仕事に向かってください」

 彼はそう言って私を送り出した。


 ◇ ◇ ◇


 地図を開き、どこからどこまで耕せばいいか、指示を確認する。正方形の土地を作り、2メートルの間を開けて等間隔に並ぶようにするようだ。耕し、水を含ませ、肥料をかけて再び耕す。これを人の手でやるのは大変だろう。こういう時こそ魔術の出番というものだ。

 コニーは私の後ろから地図を見て、進め方について教えてくれた。以前にもやったことがあるらしい。

「先に目安の旗を立ててから始めましょう。そこからは各自で進めていく形で良いと思います」

 耕す深さは30センチと指定を受けた。細かい調整は苦手だが、多少深くなる分は構わないと言われたので、最低30センチになるように耕していくことにする。


 コニーとディーが目印の旗を立ててくれたので、それに合わせて四角く耕していく。大きな耕運機のようなイメージで、回転する刃が土地を耕すのを想像してみることにした。

 一列分さっさと終わらせたところで、視線を感じて振り返ると、双子がじっとこちらを見ていた。

「やはり、サヤ殿の魔術は面白いです。我々の倍の速度で終わらせてしまうとは…」

 効率重視でやっていたが、こちらに存在しない機械をイメージするのは危険だったかもしれない。

 休憩しませんか、と声をかけて、一度集まって座る。あまり深く聞かれないように気を付けないといけない。無理矢理にでも雑談するように話を持っていく。持ってきた水筒を片手に、我々は休憩時間を楽しむことにした。


 大隊に所属するとなると、祖国からは離れないといけないが、それは良いのだろうか。

「ええ、特に支障はありません。家族とは絶縁状態ですから」

 絶縁、というのが気になったものの、訊ねて良いものか迷う。黙っていたものの表情に出てしまっていたのか、ディーが徐に口を開いた。

「…我々は孤児です。親が誰かは知っていますが、今更どうこうしようとは考えていません」

 その手が額の火傷の跡に触れる。もしかしたらそれは、彼の親から受けた傷なのかもしれなかった。

「この国に対しても、特に愛着はありません。聞くところによると、アーベントロート・エンデは豊かな国なようですし、移住することにも抵抗はありません。…寧ろ高揚しています。彼の国の魔術学院は有名ですし、元々興味がありました」

 彼の言葉は事実だろう、表情からも楽しみにしているのが窺えた。2人とも魔術師らしく、然程感情が表に出ないものの、フォルカーさんほど無表情ということもない。

「サヤ殿も学院の出身ですか?」

 いや、違う、と首を振る。

「それではどちらで学んでいるのです?」

 フォルカーさんから学んでいる。彼だって凄い人なのだぞ、と主張すると、彼らは顔を見合わせる。

「そうなのですか?あまり魔術を使っている姿を見たことがありません」

 そりゃあ、立場上普段は書類仕事に追われているだろうから。彼は魔力量は少ないかもしれないが、それでもそれを効率よく、繊細にコントロールする技術が高い。それに、知識もかなり豊富な人だ。

「そうだったのですね、帰ったら我々にも教えてもらえないか交渉します」

 あっ、…やってしまった、フォルカーさんが更に忙しくなってしまう。

「サヤ殿は、大隊に所属されてからまだ数ヶ月だと伺ったのですが、それ以前はどちらに?」

 どう答えるか迷う。だが周知の事実だからいずれ知られる事だろう、今黙ったところで結末は変わらない。

【蝙蝠】に所属していたこと、かつてファウストの砦を守っていたことを伝える。

「………」

 2人は数秒沈黙した。

「もしや、砦の魔女殿でしたか?」

 知っていたのか。こくりと頷く。

「…かつて一度お会いしたことはありましたが、当時とは空気が違ったので気がつきませんでした」

 なんと、会ったことがあったのか。

 記憶が無いことを伝え、当時のことを教えてくれと頼み込む。ディーは困惑した顔で視線を泳がせた。

「お会いしたと言っても、ほんの少しの間顔を合わせただけです。フードを被ったままでしたし、口元しか見ていません。しかし、何と言いますか、…冷たい空気がありましたので、冷徹な方なのかと」

 冷徹。私が。ぽかんと彼らの顔を見上げてしまう。

「補佐役の方は、今でも随従されているのですか?」

 補佐役?首を傾げる。そんな人がいたのか。

 しかし朧げに、誰かが近くにいた記憶はほんのりある。

「サヤ殿は1年間、アーベントロート・エンデの猛攻から砦を守り切った魔女、ということで、国内では伝説のように語り継がれていました。だからこそ砦が堕ちた時は、酷い言われ様でしたが。あの時、何があったのです?」

「……」

 記憶が無い。

「あれ程までに完璧な防護障壁、そうそう破れるものでは無いと思っていたのですが。精神が大きく乱れない限り、破られないのではと」

 彼らがそう言うなら、そうなのだろう。アデルもフォルカーさんも、この件に関してはただ「内乱が起きるよう誘導した」ということだけしか言わなかった。ミュラー部隊長たち第8部隊の者らが動いたらしいということしか知らない。


 私は元々、自分の意志では殆ど魔術を使えなかった。呪文頼りで全てやっていた人間だ。内乱が起きた時、自分の身を守ることはできなかったのではないかと思う。であれば、内部からの崩壊に対して対処はできなかったのでは無いだろうか。

 …それなのに、記憶を失った私がいたのは砦の中ではなく森の中だ。よく分からず、首を傾げることしかできない。


「…本当に、印象が違います。あの時は空気が凍るような、そういう覇気のようなものを感じました」

 何だそりゃ、と思わずくすくす笑ってしまった。過去の私ヤバいな、一歩間違えれば黒歴史だ。

 私が笑い出したのを見て、コニーとディーも釣られたように笑う。中性的な顔立ちのせいか、とても可愛らしく見えた。


 ふと思い出した、というような感じで、コニーが「そういえば」と口を開いた。

「サヤ殿と大隊長殿は同室ですよね。お二人は男女の仲ということでしょうか?」

 あまりに平然と聞かれたので、一瞬固まってしまい、直後慌てて首を振る。違う違う、そういう関係ではない!

「違ったのですか?てっきりそうなのかと」

「あまりに大隊長殿がサヤ殿に対して過保護なもので」

 おお、ついに彼らからも「過保護」という言葉が出てきた。そうだろう、過保護だろう、過保護過ぎるだろう!と、こくこくと頷く。

 コニーとディーは顔を見合わせて、謎のアイコンタクトを取った。何だ今の目配せは、どういう意味だ。私がじろっとディーを見ると、彼は視線を泳がせながら口を開いた。

「いえ、ああいう態度は、意中の女性に対するものでは」

「…………」

 そんなまさか。そんなことはない、ただ私が倒れやすいから心配してくれているだけだ。それか、私の存在が有用だからいなくなると困るとか。

「…はあ、そういうものですか」

 彼らはまた顔を見合わせる。やめてほしい、希望なんて持っても仕方ないんだから。

 うまくいかなくて、今の関係が崩れるのだって怖いのだから。


 さて、仕事に戻ろうと2人に声をかける。まだ半分も耕す土地は残っているし、この後水を含ませたり肥料を混ぜたり、やることは山積みなのだ。


 2人は素直に頷いて立ち上がり、持ち場に戻っていった。

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