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47.双子の魔術師(1)

 図書館通いの日々が3日ほど続き、この生活にいくらか慣れた頃、フォルカーさんに「新しく入った魔術師を紹介する」と言われた。


 宿の最上階にはもう一室部屋があるが、この部屋を使っているのが、フォルカーさんとその魔術師なのだという。フォルカーさんはその2人を連れて、アデルと私の使っている部屋を訪れた。


 時刻は朝。朝食を終え、食後に紅茶を飲んでいる時だった。室内に入ってくるのは、真っ黒な3つのフード。先頭を歩くのがフォルカーさん、その後ろに続く、男性にしては少し小柄な2つの影。私の方はフードを脱いで、彼らの方に向き直る。

「サヤさん、こちらの方々が、第15大隊に新しく所属することになった魔術師です。ご挨拶を」

 最後の言葉は、フォルカーさんの背後にいる2人の魔術師に向けられたものだ。2人はフードを取って、私の方に視線を向けてきた。


 双子だ。おそらく私と同じくらいの年齢だろう。肩辺りまである白い真っ直ぐな髪に、薄い青い瞳。真っ白い肌に、中性的な顔立ち。その全体的に薄い色彩と整った顔のせいか、神秘的な印象だ。一見男性なのか女性なのかよく分からない。

「私はコルネリウス、彼はディーデリックと申します。サヤ殿に師事させていただきたく、大隊に所属いたしました」

 右に立つ人物が、深く頭を下げた。声の低さで、男性なのだと理解する。ディーデリックと紹介された彼も、同じく深く頭を下げた。彼の顔には大きな火傷の痕がある。彼らの顔立ちは全く同じで、差という差はそれ以外に無い。

 淡々として感情が読めない声は、フォルカーさんの話し方によく似ている。本来の魔術師はやはりこうなのだ。


 彼らの頭が上がるのを待ってから、こちらも名乗って頭を下げる。そうすると彼らは一瞬顔を見合わせて、すぐにこちらに視線を戻した。

「我々はサヤ殿に師事させていただきたいのですが」

 それはできない。ちらりとフォルカーさんを見遣ると、彼の方が「申し訳ありませんが」と声を発した。

「まだサヤさんは病み上がりですから、それはもう少々お待ちください」

 明確には断らない。それは、彼らの登用条件が「私の下で働くこと」だったからである。

 私が教えるにしても、教えられる程度のことを私が学んでいなければ意味が無いわけで。更にそれを技量を偽りながらというのも難易度が高い。今は時間稼ぎしている状態だ。


 しかしこのままずるずる進めてしまうと、いつか彼らも怒り出すかも知れない。

 そう考えていると、案の定双子は胡乱な視線をフォルカーさんに向けた。

「我々の目的はただそれだけ、彼女の下で働きたいということなのですが」

 フォルカーさんは私の方にちらりと視線を向け、ううむ、と唸る。

「それでは、アーベントロート・エンデの首都に帰還してから、彼女の下で働くということでいかがでしょうか。といっても、サヤさんは普段、病院にて医師見習いとして働いている状況ですから、特に学べることは無いかと……」

「ええ、構いません」

 頷かれるとは思っていなかった。だってそれでは、何も学べることなどないだろうと思うのだけど。

 だが、フォルカーさんは元々最初からこのつもりだったのでは無いかと思う。病院で働く間は、私は師匠の下について勉強をしている。医学については私から学べることはないというのは事実だし、間接的に師匠から学ぶ形になる。言い訳も立つし、無難なやり方だ。


 しかし双子は「構わない」と言ったのに、不満そうに口を開く。

「今、サヤ殿の下で働くことができないことは納得しますが、何故、会話することも許可が出ないのです?」

「退院されてから3日も経っています。ただ会話するだけであれば支障は無いのではありませんか」

 フォルカーさんは困った顔で唸る。

 会話とは即ち、魔術について意見を交わしたいということだろうと思う。どうやって防護障壁を突破したのかと聞き出されるかも知れない。あまり深く聞かれると、私が技量を偽っているのがバレる可能性がある。


 しかしこちらとしても、彼らが大隊から居なくなるのは困る。かなり長い間彼らの要望は通らないままだったわけで、しかし彼らが求めるものを私は提供できないわけで。

 八方塞がりだ。

「追ってお話しします。ひとまず今はこれで」

 フォルカーさんは彼らにそう言って、退出を促した。彼らは顔を見合わせたが、素直に部屋から出ていく。


 フォルカーさんの方は部屋に残って、小さくため息を漏らした。

「どうしましょうかね。毎日あんな調子なもので」

「何であそこまでサヤと話したいんだ?」

「まず、魔術について話をしたい…いえ、魔力量に興味を持っている様子は感じます。ここまで固執されるとは思っていませんでした。深く関わらせる気は無かったのですが…。もうおそらく誤魔化しきれませんから、彼らに対しては「魔力量を偽っている」と言っていいかも知れません。嘘を織り交ぜながら」

 アデルとフォルカーさんは顔を見合わせてため息を漏らした。

 ご迷惑をおかけして申し訳ない。

「まず、彼らの魔力量ですが、かなり優秀な方です。最大規格の魔硝石換算でいえば、1人で3個分くらいにはなるでしょう。通常優秀と言われる魔術師の1.5倍ですね」

「…ふむ」

「その2人で組み上げた防護障壁ですから、そう簡単に壊れるものではなかったのは事実でしょう。サヤさんの技量は公式的には4個分としていますから、これでは辻褄が合わないのは仕方ありません」

 確かに、彼らが「おかしい」と声を上げるのは納得だ。

「という訳で、本当は7個分だということにしましょうか。それでも規格外は規格外です。辻褄を合わせつつ、本来の技量を申告すると悪用される可能性があるからそうしている、と。これは嘘ではありませんし」

 真実と嘘を織り交ぜつつ、誤魔化そうということか。分かった、と頷きを返す。

「それから、毎日しつこく「まだ話せないのか」と言われているんですよね。仕事を多めに振って雑念をなるべく減らそうとしているんですが、効果無しです。お陰で工事関係の進みはかなり良いんですが…」

 フォルカーさんが疲れた顔をしている。彼らは相当フォルカーさんを困らせているようだ。

「サヤさんが彼らに物を教える、ということをせずに済むようにしますが、雑談程度は許そうかと。話しかけられたら適当に返事はしてあげてくれませんか」

 それくらいなら大丈夫だろう。こくりと頷いて、構わないと答える。


 しかしこう答えたことを、後日後悔することになる。


 ◇ ◇ ◇


 その翌日のこと、その日も図書館で本を書き写していた。段々慣れてきてペースも上がり、残るは8冊というところまで来ていた。あと3日あれば確実に終わるだろう。そうしたら予定通り、写本以外の仕事をさせてもらえる。こういう仕事ばかりしていると、体が鈍ってしまうのではないかと危機感を覚えるのだ。

 アデルはというと、やはりずっと書類仕事でかなり疲れている様子だった。そろそろアロイスからシュナイダー副長を戻したいと悲鳴を上げている。


 こんこん、と部屋の扉がノックされた。禁書部屋の扉がノックされたのはこれが初めてだ。

 立ちあがろうとするアデルを止めて、座ったまま魔術で扉を開ける。そこに居たのは例の双子だった。彼らは胸に手を当てて軽く頭を下げてから、室内に入ってくる。

 何か用があるのだろうかと訊いてみると、彼らはこう答えた。

「サヤ殿とお話をさせていただきたく、参りました」

 …マジか、と固まる。彼らはどこかからか椅子を運び込み、私の横に腰を下ろした。その様を見るアデルも固まっている。

「サヤ殿は、今はどのようなお仕事をされているのですか」

 そう問いかけてきたのは、コルネリウス…さん、というべきか、君というべきか。今は本を書き写しているところだと伝えると、ディーデリックさんが「それでは、魔術を使っているところを拝見したいです」などと言う。

「………」

 どうしよう、とアデルを見遣るが、彼は我関せずという顔で仕事に戻ってしまった。

 じろじろ見られるとやりづらい。

 転写作業を引き続き進めると、彼らの凝視する視線を感じて辛いものがあった。沈黙に耐えかねて、自分から話しかけることにした。


 おふたりは何歳ですか、とか、生まれも育ちもファウストですか、とか、ご趣味は、とか。なんだかお見合いしてるみたいだ。

 そうして訊いたところによると、彼らは2人とも23歳、多分同い年か年下か…私の年齢は曖昧だけど。生まれはファウストの北の端、北方の国との国境付近だったという。

 名前に関しては、コルネリウスはコニーと、ディーデリックはディーと呼んで構わないと言われた。お言葉に甘えて、愛称で呼ぶことにする。

「こういう見た目でしたから、迫害を受けることが多く、身を守るために魔術を学び始めました。我々は体が弱いので、魔術でしか他者を圧倒できず」

 この国にはこういう見た目の人も多いのかと思っていたが、そうではないらしい。色素欠乏症…アルビノか。

「素養はあったようで、魔力量は通常の魔術師より格段に多く、重宝されました。早々に軍に入り、守護役として砦に身を置いておりました」

 相槌を打つ。彼らも大変だったんだな。

「サヤ殿はどちらの出身なのですか?」

 かつて頭に叩き込んだ嘘の出身地を伝える。

「ゼーラですか。ゼーラには、サヤ殿と同じような魔力量の多い方がいらっしゃるのですか?」

 いや、と首を振る。実際私だってよく知らないのである。

「ああ、そろそろ休憩時間が終わってしまいます。それではまた、後ほど」

 コニーはそう言って、ディーと共に会釈をし、部屋から出ていった。

「今、また後ほど、っつったか?」

 辟易した顔でアデルが呟いた。


 その言葉通り、夜にも2人はやって来たのである。

 入浴後は湯冷めしないようにしろとアデルに口酸っぱく言われるので、体に毛布を巻きつけたまま髪を乾かしていると、扉がノックされた。フォルカーさんが急用で来たのかと思い扉を開けると、そこには双子が立っていた。

「こんばんは。もう少しサヤ殿について知りたいので、お話をさせていただけませんか」

「………」

 首を縦に振るか横に振るか迷っているうちに、ふたりは部屋に入ってきてしまった。まだアデルはお風呂に入っているので、助けを求めることもできない。


 迷いつつも彼らの分のお茶を入れて、椅子に座るよう促す。彼らはぺこりと頭を下げて、椅子に座った。

「サヤ殿は、魔力量が多いと伺いました。あの時、防護障壁を壊したのは、技術ではなく力で、だったのですか?」

「……」

 そうだ、と頷く。

 だから、この件に関しては2人には教えられることは無い。ここに関しては正直に伝えることにした。

 それなのにどうして、私と話をしたがるのだ。

「我々はただ、憧れた相手と話がしたいだけです」

 彼らは不思議そうにそう言った。それ以外に理由がいるのかという顔で。

「そして、魔術を使っている姿を見ていたいのです。憧れとはそういうものではありませんか」

 私に技術は無い。幻滅させてしまったら、彼らは脱隊を考えるのでは無いか、と思っていたのだが、そうではないのだろうか。2人から感じるのは、私から高い技術を学びたい、という空気では無いことに気付く。


 師事したいとは言っているし、それも本心だろうと思うが、昼に話した時も「魔術を使っているのを見せてくれ」ということばかり言っていた。

 憧れている人のやっていることを近くで見たいとか、役立ちたいとか、もしかしたらそういう気持ちなのかもしれない。

 …それはそれで反応に困るのだが。


「ああ、失礼しました。髪を乾かしている途中でしたか」

 私の生乾きの髪を見て、ディーがそう言った。彼は立ち上がって私の背後に立ち、私の髪に触れる。

「……??…???」

 乾かしてくれている。何だこの時間。コニーも私の後ろに立って、2人がかりで髪を梳り、乾かしてくれる。

「相対している時は、サヤ殿はもっと年上の方なのかと思っておりました」

 逆に今は年下だと思われているんじゃ無いかと思うが、口に出しては言われなかった。

「医学を学んでいるのは、何か理由があるのですか?」

 深い理由はないが、何か役立つことがしたかったから。それに医療魔術は難しいから、コントロールする良い勉強にもなるんだ。

「…そう言われますと、我々も興味が湧いてきました」

「勉強したいですね」

 そんな会話が頭の後ろで繰り広げられる。


「……お前ら何してんだ?」

 声に振り向くと、お風呂から上がったアデルが、ぽかんとした顔でこちらを見ていた。

「就寝前に、もう少しお話ししたいと思いまして」

「……」

 アデルは困惑した様子で沈黙する。数秒黙った後、彼は2人の首根っこを掴んだ。

「サヤだって疲れてんだよ、寝かせてやれ」

 そのまま彼らを引き摺って部屋の外に追い出し、アデルは疲れた顔で私の前に戻ってきた。

「お前な、断れよ。しかも何だあれ、ベタベタ触りやがって」

 あれは髪を乾かしてくれようとしていたのだ、と弁明する。…何で私が庇わないといけないんだ。

 アデルは私を抱え上げて、寝室の方へ移動する。降ろせと言っても降ろしてくれないので諦めた。慣れてきてしまったのが怖い。

「あんま他人に触らせんじゃねえよ、馬鹿が」

 じゃあ何でアデルはこういうことするんだ。

「…うるせえ、俺は良いんだよ」

 よくわからない理論でそう言われて、ベッドに寝かされた。

「明日からもあの調子じゃ問題だな。もう少し制限するようフォルカーには言っとく」

 そうしてくれるとありがたい。せめて今だけでも勘弁願いたいところだ。


 これ、首都に戻ったらもっと凄いのかな…と思うと、今から戦々恐々としてしまう。彼らは一体どうしたいのだろう…。

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