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42.好きの自覚

 フォルカーさんと別れて、再び医療鞄を手に救護テントを訪れる。ここにいる間は、ちゃんと働かないと。残りの体力や魔力を鑑みても、日が暮れるまでの間は手助けはできるだろうから。

 かなり疲れてはいるが、怪我人は多い。時折他の医師の指示を仰ぎつつ治療に当たっていると、肩を軽く叩かれた。

「…第15大隊の魔女殿ですか?」

「……?」

 30代半ばくらいだろうか、男性がこちらを見下ろしていた。何だろう、と思いつつも、軽く頷いて腰を上げる。

「以前一度お会いしたことがありますが、第12大隊副長のジーゲルと申します」

 慇懃に礼を取られて、慌てて頭を下げる。大隊長定期集会の時は緊張のあまり極限状態で、人の顔を覚えている余裕はなかったが、おそらくあの時イザークさんの後ろに立っていた人物なのだろう。

 筋肉質な背の高い男性だ。無骨そうな黒い短髪の男で、顔立ちや表情からは真面目そうな印象を受ける。

「シュタルク大隊長がお呼びです」

 そう言って、救護テントの外に向かって歩き出してしまう。こちらの返事を聞く気は無いのか。

 シュタルク大隊長…というのは、イザークさんのことか。この場にいる大隊長は2人だけで、アデルでは無いのであれば彼だろう。イザーク・シュタルク。その名前を頭の引き出しの一つに捩じ込みながら、副長の後ろを追いかける。


 どこに向かうのかと思ったが、彼は砦の内部に足を踏み入れた。4階建ての構造の石造りの砦は、アロイスの砦とほぼ同じ作りをしている。窓にはガラスなど無く、ただ四角い穴が空いているだけだ。廊下は沢山の兵士たちが慌ただしく動き回り、ジーゲル副長に気付いて礼を取る。

 何度か通った大部屋の中は多くの捕虜で溢れ、奥には魔術師の黒いローブも見えた。5人の魔術師は、私の方をじっと見つめていた。


 ジーゲル副長は終始無言で、私とコミュニケーションを取るつもりがないようだった。背後にいる私の方向を振り向くことさえしない。追い掛けるのがやっとの状態で、話しかけられない方が有り難くはあったが。


 彼は大きな歩幅で淡々と廊下を進み、最上階の一角の扉を叩いた。

「大隊長、お連れしました」

 入れ、という声がドア越しに微かに聞こえた。ジーゲル副長は扉を開け、私に中に入るよう目配せをする。彼は私が室内に入ったのを確認すると退室してしまった。遠ざかる足音を聞きながら、視線を室内に向ける。


 元々はこの砦を統率していた人物の部屋なのでは無いかと思う。執務机と大きな本棚、大きなベッド。いち兵士の部屋とは思えない。調度品はさほど豪華では無いが、手入れが行き届いていた。

「やあ、久しぶり」

 執務机の向こうから、弾んだ声が掛けられた。鮮やかな赤毛の向こうから、青緑の瞳がこちらに向く。

 笑みを浮かべてはいるが、心からの笑顔には見えない。

 アデルに比べて、表情や顔立ちは怖くは無いのだ。だが、表情から考えていることが全く読めないのが怖い。アデルはもう少し喜怒哀楽が分かりやすいのだが。

「建国記念パーティー以来かな。元気にしてた?」

 こくりと頷く。

「突っ立ってないで、座りなよ、お嬢さん」

 ソファを示された。迷いながらも腰を下ろす。…長い話になるのだろうか。それは嫌だな。

 イザークさんは執務机から腰を上げて、私の向かいのソファに腰を下ろした。

「君の活躍で砦を落とせた。どうもありがとう」

 にっと笑みを深めて、彼はそう言う。ぺこりと頭を下げると、彼は頬杖をついて、こちらをじっと見つめる。居心地が悪い。値踏みするような視線。

「ひとつ聞きたいんだけど。君もしかして、報告されてるよりももっと強かったりする?」

 何でバレてるんだ。ぎくりとしつつも、表情を固めたまま首を振る。

「でもねえ。君のいた南方って、唯一魔術師が2人いたんだよ。それにしては決着が早過ぎたと思うんだよね」

「……」

 それはたまたま、うまくいっただけ。それに、魔術封じの手錠をかけるのも早かったから。それはミュラー部隊長の手柄の筈だ。

「君と相対した魔術師がさ、おかしい、こんな早く壊れる防護障壁じゃない、って言うんだよね。力任せに叩き壊された、優秀な魔術師の範疇を超えてるってさ。こんな嘘つく理由もないし、真実だと思うんだけど?」

「………」

 死に物狂いで頭を働かせる。…そうだ。

 魔硝石を使ったのだと伝える。かつて砦を守った時はそういうことになっていた。

「へえ、どこに隠してたの?」

 ローブの中に隠してた、今は持っていない。そう伝えると、ふうん、と返事が返ってくる。

「ま、もともと魔力量も多いって訊いてたし。一応俺も魔術を齧ってたから知ってるけど、魔硝石から魔力を取り出すのって、難易度も高いし、失敗したら命の危険もあるだろ?この砦を落とすのにそこまでしてくれたのかな」

 嘘に嘘を重ね過ぎて冷や汗が止まらない。こくりと頷くと、彼は笑みを深めた。

「君さ、嘘付けないでしょ」

 慌てて首を振る。

「面白いなぁ」

 彼は声を上げて笑った。徐に立ち上がったイザークさんは私の隣に腰を下ろし、私の肩に腕を回す。筋肉質で力強い腕に、少しばかりぞっとした。

「ねえ、うちの大隊に入らない?グラハムのところより良い待遇でもてなすよ」

 嫌だ、と首を振る。

「部屋だって一番大きい部屋を用意するし、食事も王室と同じくらい豪華なものも出せる。うちは資金繰り上手いから」

 まるで、第15大隊の資金繰りが下手くそみたいな言い方だ。少しばかり腹立たしい。

「自由に生活していいし、出陣の時以外は何もしなくていい。どう?」

 ぶんぶん首を振る。立ちあがろうとしたら、腕で押さえられた。

「まあまあ、急いで答え出さなくていいからさ。聞いたよ?君さ、第15大隊の兵士に嫌われてるんでしょ。肩身が狭くない?」

 …それは、まあ、そう感じてはいる。

「うちは魔術師に偏見は無いよ。元々登用には積極的だし」

「………」

「今回落とした砦の魔術師も、うちに入れようかと思ってるくらい」

 イザークさんは微笑みを浮かべたまま、つらつらと言葉を続ける。

「ゆっくり考えておいてよ。グラハムのところが嫌になるかもしれないでしょ」

 肩を抱いていた腕に力が込められたのを感じて、恐ろしさで体が硬直する。思考が止まっている隙をつかれて、気付いた時にはソファに押し倒されていた。

「そんなに嫌がるってことは、グラハムの事が好きなの?」

 違う、と首を振ると、イザークさんはくすくすと笑った。

「じゃあ、俺のことが好きになったら、俺のところに来てくれる?」

「………」

 そういう問題じゃないだろう。眉を顰めて相手を見上げると、彼はこちらに顔を寄せてきた。


 自分が今キスされそうになっていると気付いて、不快感で相手を突き飛ばす。

「うわ、危ないな!」

 無意識に衝撃波を放っていた。ソファから転げ落ちたイザークさんをそのままに、さっさと部屋から出て行く。

 虫唾が走る。気分が悪い。さっさとここを出たい。

 廊下の窓から外に飛び降りて、そのまま宙を移動して、荷馬車まで戻る。


 途轍もなく不快だった。

 幌の中に飛び込んで、ローブを脱ぎ捨てる。触れられた部分が気持ち悪い。問答無用で魔術で洗濯しながら、ふと思考を巡らせる。


 アデルは嫌じゃなかったのに。

 そう考えて、魔術を使っていた手が止まる。濡れたローブがベシャッと音を立てて床に落ちた。


 いつしか、蓋をした筈の感情が漏れ出てくる。

 …嫌じゃないなら、それは好きだってことじゃないのか。

 少しでも言葉にしてしまうと、もう抑えが効かなくなる。


 普段怖い顔をしている癖に、優しいところとか。

 なんだかんだ気遣ってくれる癖に、たまに揶揄ってくるところとか。

 毎朝起こしてくれるのも、一緒にご飯を食べてくれるのも、毎日迎えに来てくれるのも、一緒に買い物に付き合ってくれるのも、ローブを買う時には「違いがわからない」って笑い合うのも、甘いものが嫌いなのに、よくスイーツのお店に連れて行ってくれるのも、私が作った怪しげな料理を食べてくれるのも。


 本当はずっとわかっていた。気付かないように目を背けていただけで。


 だって、きっと迷惑だ。こんな嫌われ者の魔女。

 ちょっと目を離したら問題を起こして、喧嘩までして。

 背だって低いし、美人でもない、釣り合わない。


「……」

 思わずため息が漏れた。


 床に転がったローブを拾い上げて、荷馬車の外に出る。

 外はすっかり暗くなっていた。空には星が輝く。都会の空と違って、空気汚染されていないこの世界は、星がよく見える。

 冷たい風が頬を撫でているうちに、少しだけ気持ちが落ち着いた。


 熱風をかけてローブを乾かしながら、荷台に座って医療鞄の中を整理する。もう包帯がない。次、治療にあたるときには、分けてもらわないといけないだろう。…分けてくれるかな、うちの衛生兵は。

 第12大隊の衛生兵は、私に対してあたりが強いなんてことはなかった。魔術師に対して偏見が無いというイザークさんの言葉は真実なのだろう。

 もしかしたら、イザークさんの下の方が楽なのかな。


 アデルと一緒にいたら、辛くなるかもしれない。

 いつか、好きな気持ちが抑えられなくなるかもしれない。

 そうなったらどうしたらいいんだろう。今までみたいに、何事もなかったように過ごすことはできるのだろうか。


「サヤ」

 掛けられた声に動揺して、またローブを落としてしまった。ああ、折角洗ったのに、土まみれだ。

 アデルの手が、ローブを拾い上げた。

「うわ、濡れてんじゃねえか」

「……」

 だって洗濯していたから。汚れてしまったからまた洗い直しだ。

「外でローブ脱ぐなっつっただろうが」

 自由に洗濯もさせてもらえないのか。むっとして顔を見上げると、アデルは眉根を寄せた。

「体調はどうだ。かなり無茶したんじゃねえのか」

 大丈夫だ、まだ。そこまで辛くはない。そう返しはするものの、正直なところ限界に近づいていた。出涸らしみたいな魔力で洗濯していたのだ。

 冷たい風が吹いてきて、寒さに体が震える。そんな私を見かねたのか、アデルは徐にジャケットを脱いで、私の肩にかけた。


 こういう優しいところがいけない。こういうところが、大好きで、大嫌い。感情が歪む。


「話があるっつってただろ。ちょっといいか」

 嫌だ、と首を振る。嫌だ、今は話したくない。

「あ?なんか用事でもあんのか」

「……」

 一瞬考えて、ある、と頷く。洗濯もあるし、まだ治療もしないといけないし。

「手短に済ませる。…昨晩のことだが」

 嫌だって言ったじゃないか。また首を振ったのに、アデルは言葉を続けた。

「俺が何したのか教えてくれ、ちゃんと謝るから。記憶がねえのに謝ってもしょうがねえし」

「……っ」

 謝ってほしい訳じゃないのに。


 唇に力が入る。頭に血が昇って、目の奥がツンとした。

 自分でも何が何だかわからない。

 俯いたら、自然と涙が溢れて、地面に落ちて歪な染みを作った。

「…おい?」

 小さく、掠れた声が聞こえた。今はアデルの近くにいたくない。


 肩にかけてもらったジャケットを掴み、アデルに返す。咄嗟という感じでそれを掴んだアデルの腕からローブを抜き取り、荷馬車の中に逃げ込んだ。

「…っ、おい、サヤ!」

 なけなしの魔力で防護障壁を作り、荷馬車の中に閉じこもる。濡れたローブを乾かすだけの魔力も無くて、ぎゅっと抱きしめる。

 冷えたローブの濡れた布地に涙が染み込んで、熱を帯びた。

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