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41.砦が落ちる

 作戦が開始される。

 我々は南方の壁の前で、門の上を制圧するために動き始めていた。


 状況が良く見えるよう空の上から見下ろすが、壁の上にはぎっしりと兵士が配置されている。

 まずは梯子を掛け、門の上を制圧しなければならない。

 兵が前へ出ると、壁の上から雨のように矢が降り注いだ。私の下にはアデルがいる。彼は今回は、開門した後、砦を制圧しにいく役目を担う。一人だけ形の違う鎧と、一際目立つ赤いマント。馬の上で槍を構える彼は、オーラのようなものがある。アデルはこちらを見上げた。

 彼らを守るのが私の仕事だ。

 兵士に届く前に、防護障壁で矢を防ぐ。眼下から歓声が上がった。…普段、親の仇のような目で見てくる癖に。

 矢を風で吹き飛ばすと、こちらの方に火の玉が飛んできた。驚きつつ防護障壁で弾き飛ばすと、続けて何度も飛んでくる。敵の魔術師だ。


 さほど強い魔術でもなさそうだし、取るに足らないものではあるのだが、こうも妨害されると視野の確保ができない。今は全容を把握しなければ。

「……」

 全ての火球を風で弾き飛ばし、門の上へ大量の光の矢を投げる。やはり防護障壁で防がれた。

 持久戦なら絶対に勝てると思うが、何時間かかるかわからない。フォルカーさんも1人で受け持っていることを考えると、彼に負担がかからないようにしたい。

 火の玉を広範囲に投げてみると、延焼して広がった形で防護障壁の形が分かった。どうやら南門の上全体を覆っている、屋根のような形だ。一瞬あちらも視界が悪くなったせいか、攻撃が止んだ。

 火の向こうに、魔術師の姿が見える。2人だ。黒いローブは緑のサーコートの中で目立つ。かなり離れているのに、目が合ったと感じた。


 こちらに向かって、特大の火の玉が飛んでくる。こんなもの当たったらひとたまりもない。

 …違う、それが当たり前だ。

 頭の芯が自然と冷える。もしかしたら、1年か2年か、記憶に殆ど残っていない経験から、自然とそうなったのかもしれない。

 だってこれは、殺し合いだから。


 防護障壁は、強い魔力をかければ壊れる。手加減無しの力で圧力をかけると、まるでガラスが砕けるように砕け散った。2人のうち片方の魔術師はがくりと膝をつく。防護障壁を作っていたのはあちらか。もう1人の魔術師が、膝をつく魔術師の肩を支えた。魔術師は個人主義だと訊いていたのだが。

 魔術師が怯んだ隙に、梯子が掛かった。それが動かないよう魔術でその場に固定して、周囲にいる兵士を蹴散らす。

 こちらに向かって矢が飛んできた。それらをいなしながら、再び飛んでくる火球を宙で握り潰す。


 魔術師は殺すなと言われた。魔術封じの錠をかけると。

 魔術師は魔力が無くなるまで、抵抗を止めない。枯渇させるなら相手に攻撃させるのが手っ取り早い。

 防護障壁で火球を止めながら、兵士たちが壁の上に雪崩れ込んでいくのを見下ろす。魔術師は魔術封じの錠に触れないから、錠をかけるのは兵士にやってもらわないといけない。

 魔術が兵士に向けられる。複数の攻撃を防ぐのはかなり集中力を使う。どうにかこうにか守っていると、ふと立っていた方の魔術師が崩れ落ちた。速い、もう錠をかけたのか。魔術師の手首を掴む、その姿には見覚えがある。


 一番若い部隊長だ。そう、私に何か変なことを言ってきた…名前はなんだったか。ミュラー、だった気がする。

 彼は素早くもう1人の魔術師にも錠をかけた。兵士にしては小柄で細身だと思っていたが、誰よりも動きが速い。こういう状況では、その体の小ささは武器になるのか。

 一度決壊した壁の上は乱戦になり、それが全体に伝播していく。程なくして開門の轟音が響き渡り、アデルたち第15大隊の騎兵が飛び出した。


 砦が落ちる。

 こうして上から見ると、アデルの強さが尋常ではないのがわかった。長い槍を突き、振り回し、敵を薙ぎ払う。彼らは凄まじい勢いで砦の中へ突っ込んでいった。

 かつて私が守った砦で、初めて出会った時の彼も無傷だった。…心配なんて無意味なのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 終わってみれば呆気なかった。

 死体だけが転がる壁の上から、ぼんやりと砦を見下ろす。こういう光景に心が動かないのは、いつかの自分が見慣れていたからなのか。

 壁の縁に腰を下ろして、空を見つめる。

 もう夜の帳が下りている。我々はこの後最初に落としたアロイスの砦に戻り、増援を待って首都へ向かう。

「サヤ」

 背後から声をかけられた。アデルだ。

「フォルカーが呼んでる。降りてこい」

 腰を上げて、壁内部にある階段を降りる。前を歩くアデルは血塗れだが、それは全て返り血だ。というか、こんな有様でフォルカーさんと対話できたのか。


「サヤさん!」

 門の前で、フォルカーさんがこちらに手招きした。結構な距離が離れているので、フォルカーさんからはなかなか聞いたことのない大声だ。

「アデルは消えてください!」

 そしてやっぱりアデルは駄目だったようだ。フォルカーさんがこんな言い回しをすることがあるとは。アデルはため息をつくと、私の方を見下ろして言った。

「…鎧を洗ってくる。それから、お前に話がある。後で時間をくれ」

 完全に忘れていた、話があると言われていたのを。どうにか逃げる方法はないか思考を巡らせながら曖昧に頷いて、急いでフォルカーさんに合流することにした。


 フォルカーさんは真っ青な顔で、「お疲れ様です」と声をかけてきた。お疲れ様です、と返して、体調は大丈夫なのかと訊いてみる。

「大丈夫です、彼らから離れていれば多少は。お気遣いありがとうございます」

 フォルカーさんは力無く頭を下げた。

「随分早く砦が落ちたので、私の方は消耗も少なく済みました。サヤさんは大丈夫ですか?体調に問題はありませんか」

 疲れているけど大丈夫だ。

「あまり無茶はなさらぬよう。顔色が悪いですよ」

 正直、結構消耗はしている。素直に夜はゆっくり寝よう。こくりと頷くと、フォルカーさんは背後の開かれた門を指差した。


「この門…というか、壁全体ですが、強力な魔術回路が作られています。これは凄まじい、後学のために解析してみよう、と思いまして」

 何というか、フォルカーさんらしい言葉である。フォルカーさんは門の横、開閉レバーがある場所へ歩を進めた。

「レバーを確認したところ、こういうものがありました」

 壁に造られた大きなレバーの、壁との設置点をフォルカーさんは指差した。その指の先をよく見てみると、小さな黒いマークがある。

「……」

 蝙蝠のマーク。驚いてフォルカーさんを見上げると、彼は小さく頷いた。

「サヤさん、心当たりはありますか?」

 記憶には全く無い。首を振ると、ふむ、とフォルカーさんは唸った。

「貴方の話を聞く限り、貴方には複雑な魔術を使わせないようにしていたようですし、別の魔術師のものなのでしょうね」

 フォルカーさんはレバーを掴み、閉門の方向へ力を込めた。

「回路の実物を見たら、何か思い出すかもしれません」

 ゴロゴロと歯車の音を響かせて、門が降りる。徐々に刻まれた紋様の全容が見えてきた。

「門に直接刻まれた回路が、壁全体を強化しているようです。初めてみる紋様です、大変興味深い」

 フォルカーさんはキラキラした目で門を見つめている。しかし私の方は驚きが強すぎて、目を見開いたまま固まってしまう。

「四角い陣はなかなか見た事がありません。魔術の多く、こうして機械と組み合わせる場合は、主に円を使います。円を歯車に見立てるというか、実は機械工学にも通ずる部分があるのです。この菱形の中央に書かれている大きな紋様は何でしょうか、何か意味があるのでしょうが、今まで類似するものすら見たことがありません。もしや未開の地で育まれた新しい魔術言語でしょうか。それにこの四角い細かな紋様は何でしょう」

 先程まで真っ青な顔をしていたのに、今は微かに頬を紅潮させて饒舌に話す。

 その四角いのは、文字だ。

 フォルカーさんは僅かに目を見開いて、こちらを見下ろした。

「これが何かご存知なのですか?」

 良く知っている。私が扱っていたものと若干違う形のものはあるものの、これらは全て漢字だ。

「カンジ…ですか、貴方の国の言葉ですか?」

 正確にそうだと言えないが、一応はそうとも言える。私の名前も漢字だ。漢字がどういうものかを簡単に説明しながら、その門の中央に書かれているのが「閉」という漢字なのだと伝える。

 これはきっと、中国のものだ。記憶では一度会ったきりだが、アジア人の魔術師がいた。確か、ハオランという。

「となると、その人物の手によるものなのでしょうか。一度話をしてみたいですね…実に見事な魔術です。美しい」

 フォルカーさんはため息をついて、門を見上げる。ハオランは敵なのに、呑気な言葉だ。

「サヤさんは、この文字全ては読めるのですか?」

 全部は無理だろうが、断片的には何となく。

「それでは、紙に転写しておきますので、後日しっかり教えてください」

 明るい表情で言われて、素直に頷く。彼のためになるなら何でもしよう。


 フォルカーさんは本来、研究者肌というか、見聞を深めることに重きを置いているし、魔術知識を得ることに対して非常に貪欲だ。それを考えると、何故軍隊に入ったのか、疑問に思わずにはいられない。

 それに、アデルのことを「アデル」と名前で呼ぶのは、今まで接してきた中では彼の親族と、社交界の令嬢と、フォルカーさんだけ。シュナイダー副長も、師匠ですら「グラハム大隊長」と呼んだ。

 普段の様子からも、気の置けない友人といった印象だし、長い付き合いなのだろうか。気になりはするが、訊いたところでまだ答えてはくれないような気がして、黙っていることにした。

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