40.合流
覚悟はしていたが、想像していたよりも酷い状況だった。
野営地の中に、負傷兵を集めているエリアがあった。地面に敷かれた毛布の上に横たえられた兵士たちは、痛みに耐えるような呻き声を上げていた。その隙間を、治療にあたる兵士たちが走り回る。
奥には大きな天蓋が張られていて、内部ではより重傷な兵士たちが治療を待っているようだ。
どこもかしこも血みどろだ。一気に血の気が引く。
主に斬りつけられた傷がある兵士が多い。鎧の隙間を縫って斬られた傷だ。それから、おそらく骨折や内臓損傷しているような打撲傷。鎖帷子の上から斬りつけられた時、斬れる事はなくても、骨や内臓がやられることが多い。
立ち尽くしているうちに、次から次へと運び込まれてくる、治療が必要な兵士たち。
何でこんなことになってるんだ。皆目の前の治療で手一杯で、運び込まれた兵士たちまで手が回らない。
「おい!」
背後から声がかけられた。振り返ると、腕に赤い腕章をつけた男性が立っている。赤の腕章は衛生兵の証だ。そこにもう一本、白のライン。彼はこの場の責任者だ。
「何を突っ立ってる、魔術師!見物に来たなら帰れ!」
彼の手や腹は、返り血で真っ赤だった。壮年の、痩せた男だ。
援軍で来た第15大隊の魔術師で、病院で研修医をしている、と言うと、彼は訝しがるような視線をこちらに向けた。
「何だお前、口が聞けないのか?」
こくりと頷くと、面倒臭そうに顔を歪められる。
「今運ばれた奴の治療に入れ、こっちは手一杯だ」
ただそれだけ言われた。
助けてくれる師匠はいない。でも、師匠に貰った鞄はある。
今運び込まれた兵士は、右肩と左上腕、脇腹に傷がある。幸い内臓は無事なようだ。他に外傷はない。
魔術を使えば、止血はさほど難しくない。消毒液を掛け、太い血管を閉じ、その隙に針と糸を取り出す。
左上腕の切創が一番酷い。骨に届くほど深い傷だ。慎重に内部の縫合をし、最後に皮膚を縫い合わせる。
手早く縫合し、包帯を巻き終えたら、次の患者だ。
側頭部に擦過傷、右前腕は…複雑骨折だ。擦り傷はそこまでじゃないが、骨折の方がやばい。
ふと、その顔に見覚えがあるのに気付く。肩を軽く叩くと、痛みに顔を顰め、閉じられていた目が開かれた。
「…あ?サヤちゃん…?」
病院で治療に立ち会ったことがある人だ。私が入ってから半月ほどで退院して行った。
お久しぶりです、と言うと、彼はポカンとした顔で何度か瞬きした後、小さく笑った。
「幻覚かと思った。でっかい胸見たら元気になったわ」
この野郎!一発殴ってやろうと拳を振り上げたものの、怪我人にそんなことできるわけがない。ぐっと我慢して拳を下ろす。彼はそんな私の顔を見て、体を揺らして笑った。
「はは、何でここにいるんだ?…ああ、援軍か。15大隊だったもんな」
彼は小さく息を吐いた。
「もっと早く来てほしかったなぁ」
…申し訳ない。
「サヤちゃんに言っても仕方無かったな、悪かった」
苦笑する彼の表情に、泣きそうになる。
そもそも、こんなことをしないといけないこと自体がおかしいのだ。
だって、退院してから1ヶ月くらいしか経っていない筈だ。それなのにまたこうして大怪我をして、…何が報われる。
「腕はもう駄目かな…痛みもよくわからん」
いや、何とかする。何とかしてみせる。
魔術師なら、手術室を自分で作れる。空気の壁を周囲6方向に作り、箱を作って、内部に消毒液を噴霧する。
どうにかするから諦めないでほしい。そう伝えると、力無い笑みが返ってきた。
意識を落とす魔術というものが存在する。脳の一部に魔力を多めに流すと、深い眠りに落ちるのだ。その魔力量で、時間の調整ができる。
師匠は1秒で出来るところが、私だと10秒くらいかかる。こんなんで、師匠に認められる日は来るのだろうかと思わずにはいられない。
◇ ◇ ◇
8人目に取り掛かっていたところで、背後から話しかけられた。
「サヤさん」
コンラート君だ。彼もここに来ていたのか。集中していて気付かなかった。
「モーガン副長が呼んでいます。作戦の話があるそうです」
頷いて、縫合していた糸を切る。
自分の代わりに包帯を巻いて固定してもらえないか、と頼んで、腰を上げた。遠くの方にフォルカーさんの後ろ姿が見える。本当に血が駄目なんだな。
コンラート君がここにいるということは、第15大隊の衛生兵たちもここに合流しているのだろう。
「サヤさん、顔に血が…」
コンラート君の手が頬に触れた。その指先にべったりと血が付いていて、驚いて顔を拭う。
「大丈夫ですか?顔色が悪いです」
魔力の方はそうでもない。やはり集中力の方が続かない。
大丈夫、と頷いて、鞄を手にフォルカーさんの方に向かった。
フォルカーさんは私の顔を見て、元々悪かった顔色を真っ青にした。数歩後ろによろけたのを、慌てて手を掴んで留める。
「サヤさん、血が」
フォルカーさんがこんなに弱っているのを初めて見た。こんなに苦手なんだ。
まだ顔に血が残っていたのかもしれない。ローブの裾でゴシゴシ顔を拭くと、フォルカーさんは幾分か落ち着いたようで、平常時の落ち着いた顔に戻る。
「作戦について通達がありました、荷馬車に戻って少し話しましょう」
彼は軽く咳払いして、足早に荷馬車に向かって歩き出す。いつもは私に歩調を合わせてくれるが、今はそんな余裕も無いようだ。
幌の中に入ると、フォルカーさんはローブの中から地図を取り出した。外に音が漏れないよう壁を作った上で、並んで座って、フォルカーさんの説明を聞く。
「どうやら、敵に魔術師がいます。外壁全体に、防護障壁のようなもの、が張られています」
のようなもの、とは何だろう。
「魔硝石をエネルギー源として、壁全体を魔術と機械工学で強化しているのだそうです」
そんな事が可能なのか。
「見たのは初めてですが、出来上がっているを目の当たりにしたので可能だったようだ、としか言いようがありません。第12大隊には4人の魔術師がいますが、魔術で突破できない、と言われました」
それなら、かなり強固な守りだろう。フォルカーさんは「ただし」と言葉を続けた。
「勿論貴方なら壊せたでしょう。これが我々しかいない状況だったのであれば、そうしていたのですが。残念ながら今回はそれができません」
「……」
「その為、通常の攻城戦を仕掛けることになります。門が壊せないのであれば、開けるしかありません。壁を越えて内部に入り、城門を開けます」
こくりと頷くと、フォルカーさんは地図上の四角い線を指し示した。
「砦は4方向を壁で囲まれています。壁を越えるには梯子をかけなければなりません。壁の上には射手がおり、こちらに向けて攻撃を仕掛けてきます。まずは門の上を制圧します」
梯子をかけるなんてことをせず、門を越えて、魔術で開門してしまった方が楽で良いのではないだろうか。
「門を一箇所開けられたとして、門の上を制圧しなければ袋の鼠です。上から攻撃されてしまいますので」
ああ、そうか。
「門の上を制圧し、門を開け、砦を落とす。簡単に言えばこの流れです。言葉にすれば簡単なのですが…」
フォルカーさんは地図から指を離した。
「南方の城壁は、サヤさんがひとりで請け負うことになりました。私が東を、第12大隊の魔術師は北方と西方の城壁です。1ヶ所でも突破できれば、壁の上を制圧し、門を開けられるでしょう。敵にも魔術師が複数人いるようですので、苦戦を強いられるかもしれません」
魔術師とは戦った事がない。いまいちピンと来なくて首を傾げると、フォルカーさんは口元に手をやり、ふう、と息を吐いた。
「魔術師からの攻撃を止める、というのは難しいことではないのですが、魔術師から攻撃されている人間を守る、というのは少々難儀です。守る人間が多ければ多いほど難しい。しかもその人間が、自ら剣を持ち、攻撃をするとなると、難易度が跳ね上がります。こちらからの攻撃は通し、あちらからの攻撃からは守らなければならない」
想像すると、確かにそれは難しそうだ。
「魔術師同士の戦いは不毛なのです。結局のところ、魔力量が多い方が勝ちますし」
魔術師が皆どこか悟った感じなのは、もしかしたら「争っても仕方がない」とわかっているからなのか。
「夕刻から作戦が始まります。南方と東方は我々第15大隊が出ますから、気合を入れてください」
元々手を抜く気など毛頭ないが、自分の隊となれば気持ちが切り替わる。
もしかしたらアデルも前に出るかもしれないのだ。怪我なんて絶対させない。
…そうだ、アデル。
話があるというのをフォルカーさんから聞いていたのを思い出して、一気に動揺する。
やばい、やばい。どうしよう。逃げなきゃ。
「作戦開始まで1時間ありますから、仮眠を取っても…サヤさん?」
荷馬車にいたら、彼が来るかもしれない。どこか遠くに行っていた方が良いだろうか。
うわあ、どうしよう。
「サヤさん、大丈夫ですか?顔色が悪いですが」
大丈夫、いや、大丈夫じゃない。
仮眠を取るから、作戦開始までここに誰も近づけないで、アデルも近づけないで!と伝えると、フォルカーさんはきょとんとした顔で「はあ、わかりました」と言った。




