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32.とある患者から見た見習い医師について

 自分は第8大隊に所属する、いち兵士だ。

 軍立病院に入院してから、約1ヶ月経っている。以前にも世話になったことがある病院だが、その頃と変わったことがあった。

 珍しいことに、女の兵士がいた。医師が身につける白衣の下は軍服だ。その上たいそう小柄で、ぱっと見少女かと思った。


 運び込まれた日の翌日から見かけるようになり、それから何となく目で追うようになった。最初の数日は真っ青な顔をしていたが、徐々に慣れてきたようで、今はうろちょろとそこら中を動き回り、様々な雑用をしているようだ。

 それから、彼女には変わったところがある。

 ——こんにちは。どこか痛いところはありませんか。

 どうやら口がきけないらしい。宙に光の文字を出して話をするので、初めて彼女と話をした時は面食らった。

「ああ、痛みはひどくないよ。今日は調子がいいんだ」

 ——そうですか、良かったです。確かに顔色がとてもいいですね。

 花が開くようだとつい形容してしまいたくなるような、柔らかい笑みを浮かべる。ああ、癒される。


 大部屋の中も、彼女が来てからは空気が良い。

 魔術師は嫌われがちだが、彼女はあまり魔術師らしくはなく、感情豊かに笑う。焦っている時や慌てている時は顔に出るので、周りの患者から「落ち着け」と言われる始末だ。初めて注射器を握った日など、患者から「失敗しても良いから、好きなところに刺せ!俺は大丈夫だぞ!」と言われていて、吹き出しそうになった。今では注射も手慣れてきたが。


 ある日のこと、彼女が休んだ日があった。2日連続で顔を見ないと、流石に皆少し心配になってきたようで、室内がざわつく。20人以上の入院患者がいる大部屋だが、彼女のことを心配していない人間などいなかった。

「何かあったんじゃないか」

「体調を崩したのか?」

「怪我でもしたのかな」

 ざわつく室内に、1人の男が入ってくる。医師ではないな、と思った直後、その顔に見覚えがあり、慌てふためく。

「副長殿…!」

 全ての大隊の大隊長と副長の顔は、皆覚えている。室内は俄に騒然とした。皆体を起こそうと無理に動く。

「起きなくて結構、そのままで」

 シュナイダー副長は確か、第15大隊の副長だ。あの見習いの子が所属しているところだな、と脳裏をよぎる。

 今一番入口に近い場所にいるのは自分だ。副長殿は自分の近くに来ると、横に置かれた椅子に腰を下ろした。

「2、3聞きたいことがあるんだが」

「はい、何でも訊いてください!」

 慌てて体を起こそうとすると、肩を押さえられた。

「そのままでいい。…ここで働いている魔女について聞きたい」

 ここで働いている魔女、というのは、きっとあの子のことだろう。そもそも魔術師は彼女を入れても3人だけで、うち2人は男性だ。

「サヤさんのことでしょうか」

「ああ、そうだ」

 やはり彼女のことか。何故彼はわざわざ「魔女」と言ったのだろう。ここで働いている者や入院している者は、彼女の名前を知っているのに。

「ここでの働きぶりを聞きたい」

 査定、だろうか。それならば、良い評価になるよう手を尽くしてやらねばなるまい。彼女には事実とても世話になっている。

「サヤさんはとても真面目な方です。私はこの大部屋のことしか把握していませんが、誰に対しても優しく、丁寧に対応してくださいます」

「具体的には?」

「日に3度回診があるのですが、最後の回診は彼女です。通常通りの診察や世話もしていただいていますが、体が痛む者の背中を摩ったり、痛みに苦しむ者の手を握ってくれたり…とても、ありがたいことです」

 室内の誰もが深く頷く。

「…それなら、技量の方はどうだ?」

「まだ1ヶ月かそこらですから、補佐役として回っていることの方が多いですが…縫合は随分上手になったと、他の医師から聞いたことはあります」

「…ふむ」

 副長殿は考え込むように顎に手を当てて、沈黙した。

「あの…っ、彼女が何か…」

 迷いつつ訊ねてみたが、副長殿は何も言わずに立ち上がった。

「失礼する」

 …何だったのだろう。こんなことを聞くのは一体どう言う理由なのか。

 ふと隣室が騒がしくなった。どうやら隣でも副長殿が何か聞いているらしい。


「なんなんだろうな…」

「サヤちゃんが何かやらかしたのか…?」

 暫く室内はざわざわと煩くなる。少しすると、彼女の師匠にあたる医師が室内に入ってきた。

「院内ではお静かに」

 淡々と言って歩き去ろうとするので、慌てて呼び止める。

「あの!サヤさん、何かしたんですか」

「ん?ああ…」

 首の後ろをぽりぽりと掻いて、彼は面倒そうに唸った。

「なんでも喧嘩したらしい」

「喧嘩!?」

「サヤちゃんが…?」

 静かになっていた室内がざわつく。

「静かに」

 再び注意されて、慌てて口をつぐむ。

「怪我はないんですか?」

「あいつは怪我させられるような奴じゃない。あれでも魔術師だ」

「でも…」

「むしろ相手の方が心配なくらいだ。あいつはああ見えて、魔力量が多いし。加減ができたかどうか」

 あんなに可憐な少女…少女じゃないらしいが、少女のような見た目の彼女が、と少しばかり意外で驚いた。

「あいつは魔術師にしては感情的だからな…3日間謹慎だそうだ」

 医師はため息をついて、部屋から出て行った。


 誰かと喋るとまた煩いと怒られてしまうので、今度は黙って一人で考える。彼女が喧嘩。想像できない。

 というか、そんなに彼女を怒らせるような事件があったと言うことか。


 一般的に魔術師は嫌われるし、女兵士も嫌われる。

 ということは、どちらにも当てはまる彼女は、おそらく大隊内ではかなり嫌われているのだろう。ここで患者に接しているような姿は、大隊内では見せていないだろうから。


「謹慎明けには、励ましてやろう…」

「そうだな、落ち込んでるかもしれん」

 皆考えることは同じだな。つい笑ってしまうと、釣られたように皆笑い出す。

 おっと、また怒られてしまうな。

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