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31.謹慎3日目

 謹慎3日目。今日で謹慎も終わりだ。


 フォルカーさんに靴を修理してもらい、更に同じものを2足用意してもらった。これで壊れてしまっても大丈夫だ。

 補強してもらったそうだが、歩き心地と履き心地に違和感はない。

「本の方はどうですか?」

 ついでに、という感じで確認されたので、歴史の方はアデルに一通り教えてもらったと伝える。風習はしっかり読み終えて、歴史書の方はやっと4分の1ほど読み終えたところだ。

「ああ、そうだったんですか。今は比較的彼も暇ですからね。最初から頼めば良かった」

 フォルカーさんはそんなことを言って苦笑した。

「彼が教えたなら問題ないでしょう。昔しっかり勉強したはずなので」

「……」

 それはもしや、彼が宰相の息子だからだろうか。

「ご存知でしたか。…まあ、周知の事実ですからね。どこかからかそのうち漏れるだろうと思っていました」

 イザークさんが教えてくれた。簡単にしか聞いていないけど。

「そうですか、彼が…」

 フォルカーさんは考え込むように視線を彷徨わせていたが、私の方に視線を戻した。

「色々と噂話を聞くことも多いでしょうが、あまり耳を貸さないよう。アデルも言う気になれば自分から言うでしょうから」

 昨日少し聞いてみたけど、はぐらかされてしまった。まだあまり、気を許してはくれていないのかもしれない。

「言いふらすような話じゃありませんからね」

 フォルカーさんは苦笑した。

「それではまた、明日」

 ぺこりと頭を下げて、廊下を戻っていく。フォルカーさんももしかして、この大隊に入った時は、兵士たちから反感を買ったのだろうか。…ふと気になったが、あまり想像がつかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 夜。

 ある意味ゆっくりできるのは今日で最後だな、と思っていると、アデルが夕食を持ってきた。

 …一緒に食べたいという我儘にずっと付き合ってもらっているのは、本当に有難い反面、申し訳ない。しかし1人じゃ寂しいし、付き合ってもらえる限りは付き合ってもらおうと開き直ることにした。


 アデルの部屋の方が広いから、大抵はアデルの部屋で食べるのだが、今日は私の部屋だ。いつものように食事を並べて、しかしいつもとは違う瓶がデスクに置かれた。薄い青色の、500mlくらい入りそうな瓶だ。

 なんだそれは、と目で訊ねると、「酒だ」と返答が返ってきた。

「別にお前に飲めって言ってんじゃねえよ、俺が飲みたいだけだ」

 ああ、なるほど。

「ついでにつまみでも作れんなら作ってもらおうかと思ったんだが」

 そういうものは作ったことがないのだが、味付けが濃いめのしょっぱいものが好まれるのかな、というのは何となく分かる。

 いつもお世話になっているから、試しに作ってみよう。


 夕食を終えてから、グラスにお酒を注いだ。

 魔術で丸い氷を作って放り込むと、「それ、いいな」とアデルが羨ましそうに言った。

「こういう時には魔術師が羨ましくなる」

 グラスを手に持ち、くるりと手の中で回す。からん、と氷が音を立てた。私が自分の分のグラスにも少し注ぐと、アデルは疑うような視線を向けてくる。

「お前も飲むのか?パーティーの時は飲めなかっただろ」

 興味が無いわけではないから。

「倒れるなよ」

 …アデルは、ちょっと過保護だと思う。

「じゃあ、乾杯」

 かつん、とグラスを当てて、2人して軽く煽る。喉を通ると、内側からかっと熱が上がってくる。わぁ、体温上がるな。

 風習の本に書いてあったが、この国は寒いから、冬場は結構お酒を飲んで体温を上げるのだという。私も一応それに倣ってみようと思ったのだが、確かにこれは…。あと、美味しいかと言われると別に美味しくないと思う。なんていうか、苦いというか、変な味。何か食べながらじゃないと飲みたくはない。

「不味そうな顔してるが、大丈夫か」

 くつくつと笑いながらそう言われた。

 若干むかつきつつも、つまみを作ってみるかと立ち上がる。

 一応、野菜と肉が少しある。アデルは何故かグラスを持ったまま私の後ろに続き、キッチンの後ろの壁にもたれて、こちらをじっと見下ろしてきた。

 …なぜついてくるんだ。

「酒も入ってるし、怪我でもされたら困る」

 見られてると緊張する。

「あと、つまみに関して言えば、多少知識はある」

 ほんとかな。疑いの目で見ていると、アデルはむっとした顔でまな板の上の野菜を指差す。

「その野菜と肉の組み合わせはよく見る。塩胡椒で炒めて、上からハーブをかけんだよ」

 嘘ではなかったらしい。よし、それならそれを作るか。腕まくりをして包丁を握ると、手首を掴まれた。

「魔術使えって言っただろ」

 あ、忘れてた。元々の習慣なので、この癖を抜くのにちょっと時間がかかりそうだ。

 包丁を使った方が楽なんだけどなぁ、と思いつつ、魔術を使って切っていく。肉も切って、先にそれを熱したフライパンに投入した。

 こびりつくので、油は多めだ。肉の方は多分鳥の肉で、もも肉…なのだろうと思う。あちらのものよりも明らかに大きいので、鶏ではないのだろうと思うが。

 魔術のいいところは、トングだろうと菜箸だろうとお玉だろうと、何でも空気の塊で再現できるところだ。更には蓋も。軽く蒸し焼きにしてからお肉をひっくり返して、火が通ったところに野菜を入れる。

「案外手慣れてんだな」

 親が料理するのは見てたから。不器用だから手伝うなって言われていたが。

 塩胡椒とハーブで味付けして、お皿に盛り付ける。これは今までで一番まともな仕上がりなのでは?良い香りもするし、焼き加減も良さそうだ。

「これは美味そうだな」

 まずはひと口。あの失敗があるので、2人ともちょっと恐る恐るになってしまう感は否めない。熱々の肉の端を噛みちぎると、香草の良い香りが鼻に抜けた。お肉はぷりぷりとジューシーだし、一緒に入れた野菜も合う。

「…ちゃんと美味いぞ」

 アデルも褒めてくれた。言い方はちょっと気になるが、前科があるので責められない。

 2人してそれをつまみながらお酒を喉に流し込む。なるほど、これは結構楽しい。酒盛りって案外良いな。


 2杯目を飲んでいる途中で、アデルが不審そうな目でこちらを見てきた。

「…お前、実は酒に強いな?」

 どうやらそうらしい。ちゃんと飲むのは初めてなのだが。

「少し顔は赤くなってるが、態度が殆ど素面と変わらねえ」

 アデルの方は、全然顔色が変わってない。しかしいつもより少しばかり饒舌な気がする。

 こちらに来て、アデルがお酒を飲んでいるのは初めて見る。普段はあまり飲まないようにしているのだろうか。

「そうだな…羽目を外せる日が少ねえからな」

 アデルは煙草に火をつけた。

「気にしねえ奴は気にしねえだろうが、俺は大隊長の中では若いし、部下の多くは俺より年嵩だ。だらしねえ格好はあんま見せられねえ」

 アデルはグラスに残っていたお酒を煽った。追加でグラスに注がれたお酒で、からからと氷が音を立てた。


 …ふと思ったのだが、アデルが私の分の食事を運ぶ様などは、あまり良くは思われないのではないだろうか。

 先日、兵士たちから上がった声には、誘惑したんじゃないか、なんて声もあった。事実がどうかではなく、そう見られているということの方が問題なのだ。


 もう、アデルが食事を運ばない方が良いんじゃないだろうか。

 そう伝えてみると、彼は眉間に皺を寄せた。

「何でだよ」

 だって、アデルに迷惑がかかるかもしれないから。

「別に迷惑じゃねえよ。どっちにしろ自分の分は運んでんだから、ついでだ」

 いや、そうじゃなくて。他の兵士に誤解されるし。

 ある意味そう言うのは、汚名に近いのではと思うのだけど。

「これくらいじゃ汚名でも何でもねえ」

 …何でそんなに反対するんだ。

「…あんな騒ぎ起こしておいて、よくそんなことが言えるなって思ってるだけだ」

 それを言われてしまうとぐうの音も出ない。しかし、もう二度とあんな騒ぎは起こさないと決意したのだ。

「言っちゃ何だがな、お前はまだこの隊の嫌われ者だ。1人でうろちょろすると何が起こるかわかったもんじゃねえ。俺や副長が近くにいるから問題が起こってなかったってのが証明されただろ」

 …でも、兵士からは裏で「アデルが魔女に誘惑されたんじゃないか」なんて言われてるんだぞ。

「は?」

 アデルは鼻で笑った。

「俺がお前に?誘惑されたって?本当にそう思ってんならうちの隊には馬鹿しかいねえな」

 何だその言い草、ちょっとムカつく。

「何で怒ってんだよ」

 アデルはくつくつと笑ってつまみを口に放り込んだ。なんかこう、女としてのプライドみたいなものがへし折られた気分なのだが…!


 椅子をアデルの隣に動かして、ずいっと体を近付ける。腕が触れ合った。

「…何してんだ?」

 若干引き気味の、心底不思議そうな声が聞こえる。

 誘惑してるんだ!

 昔友人が「密着すればいいのよ」ってドヤ顔で言ってた。それを信じてみよう。

「はぁ?」

 アデルは私の顔を見下ろして、小馬鹿にしたように笑った。

「それで誘惑してるつもりか?」

 あれ、全然ダメだ。友達の嘘つき!

 アデルは私の腕を掴むと、背後のベッドに放り投げた。どすんと硬めのマットレスに尻餅をついて、あいたた、と悶える。

 乱暴だ、びっくりするじゃないか。

 体を起こそうとしたが、その前にアデルが私の体の横に腕をついた。

 顔が近い。あれ、と思って固まる。何だこの体勢は。

「誘惑ってのはこうすんだよ」

 耳元で低い声が囁く。

 肩を押されて、ベッドに倒れ込んだ。


 耳に息がかかる。

 大きな手が腰を撫でた。

 一気に頭に血が集まる感じがした。


「……!!!!」

 混乱状態で、思い切りアデルの肩を押す。離せ、離れろ!

 アデルはあっさり体を起こして、こちらを見下ろし、鼻を鳴らした。

「こういうことだ。お前にはできねえだろ」

「…っ、…!」

「色気がねえからな」

 く、悔しい。

「は、今までで一番赤いぞ」

 アデルはゲラゲラ笑って、椅子に戻って煙草を咥えた。

「お前、恋人いたことねえだろ」

 足を組んで、にやりとこちらを見下ろしてくる。

 う、う、うるさい!こっちに来てからはそれどころじゃなかったんだ!!

「あっちにいた時はどうだったんだよ」

 高校は女子校だったし、大学は友達とワイワイやる方が楽しくて。

「どおりで」

 何だその反応は、流石に腹が立ってきた。

「ほら、お前も戻れよ」

 アデルは私の椅子をぽんぽんと叩いて、グラスに酒を注いだ。


 …このまま魔術で口の中に酒を流し込んで、こいつを酔い潰してやろうか。そんな考えが脳裏をよぎったが、ぐっと我慢する。

 いつか見返してやる…!

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