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30.謹慎2日目

 謹慎2日目。

 フォルカーさんから渡された本を読みながら、何度かゆらゆらと舟を漕いでしまっていた。


 なんだこれは、眠い。全然頭に入ってこない。

 文字が小さい。文体が小難しい。


 読んでいるのは、「アーベントロート・エンデの歴史」の方だ。

 この国の歴史は1000年ほど。3つの国家が統合されて1つの国になったのだという。初めは大きな大陸の中央部、北寄りの大地を支配していたようだが、現在は南方へじわじわ侵略し、縦長に広がっている。一度遷都をしたようで、大陸の北側にあったものが、中央寄りの位置に移動した。


 という最初の数ページを読んだところで挫折した。

 お茶でも淹れるか、と席を立ったところで、こんこん、と扉がノックされる。アデルは私の部屋に顔を出すと、「休憩に来た」という。私が部屋にいるからか、食事時以外もよく部屋に入ってくる。

「何読んでんだ?」

 アデルはちらっとデスクの上の本の表紙を確認して、嫌そうな顔になった。

「面倒なもん読んでんな」

 フォルカーさんの指示なのだ。ちょっとずつでも読まないといけない。

「なるほど」

 アデルは頷いて、向かいの椅子に座った。ついでだからアデルの分のお茶も淹れよう。

 アデルは本をパラパラとめくって、「懐かしいな」と呟く。読書は嫌いそうだが、読んだことがあったのか。

「昔ちょっとな」

 アデルは本を元の場所に戻した。

「簡単になら説明してやるが」

 えっ、ほんとに?忙しくないのだろうか。

「忙しいっちゃ忙しいが、書類仕事に飽きた」

 アデルは煙草に火をつけて、ふう、と息を吐いた。


「国の成り立ちについてだが」

 アデルは歴史書の目次を眺めながら、言葉を続ける。

「アベル、トロル、エンデの3国が統一され、1つの国になったところから始まる。そこからは王政が始まってるが、これがかなり特殊で、3国から選ばれた人間じゃなく、外の人間だって言われてる」

 それは…どの国かを選んだら揉めるから、なのだろうか。

「いや、そういう訳でもねえんだ。どの歴史書でもそれについてはあんまり触れてねえんだが、ぽっと出の「神の一族」だとか言われてる。1000年も昔のことだし、誰も真実は知らねえからな。しかしまあ、今の王族は「神の一族の末裔」ってことになる」

 なんとも不思議な話だ。

「国ができてから300年は、戦争もなく、平和な世だったそうだ。この300年間に作られた特殊な装置ってのがあってな、一例がお前の首に嵌ってるもんだ。秘せられた遺物、だとか、失われた秘術、だとか、そういう言い回しで呼ばれる。この時の技術は現在に伝わってねえから、同じものを作ることはできない。お前の首輪はかなり貴重品だ」

 そうだったのか。首に触れると、かつっと音がする。継ぎ目がどこにあるのかわからない、不思議な金属だ。

「以降についてだが、国の南方にあったメルジェって国がこっちに攻めてきたのがきっかけで戦争が始まった。まあ、その辺の詳細は割愛するが、こっちが侵略し返したってのが結末だな」

 アデルは歴史書の地図のページを開いて、指で大陸の中央付近を指差す。

「そこから、この国は徐々に好戦的な国になってる。間で何度か内乱もあったが、現在までに8つの国を侵略してきた」

 アデルは、その8つの国の名前を挙げ連ねていく。

「対外的にはそういう感じだが、内情についても話しておくぞ。1000年前から王政ではあるが、議会というものも昔からある。この議会を取りまとめる役目を負ったのが、3国それぞれの統治者だった者たちだ。今でも最高決定権を持つ3人のみ完全な世襲制で、アベル、トロル、エンデの姓を名乗っている。例えば新たな法を制定する場合、議会で話し合い、王に報告し、王が承諾すれば施行される、って仕組みだ」

 なるほど、ちゃんと脈々と受け継がれてはいるのか。

「それから、今は軍と教会の発言力も徐々に強まっている。戦時下ではままあることだが、戦争で勝利している限り、軍部の力は強まり続ける。それに比例して、人々は心の救済のために、教会に拠り所を求める。そうする内に、教会の持つ力も強まる。ある意味、反乱が起きないよう抑制できているのは、教会が国民の精神面を支えているからってのはあるしな」

 ええと、つまり、この国は四竦み、みたいな状態ってことなのだろうか?

「いや、三竦みだ。王族はここに関わるだけの力をもう持っていない」

 うーん、そうなのか。


 因みに、魔術師の存在はどうなのだろう?発言力の強さも気になるが、何故か嫌われていたり、下に見られていたりするのが気になるのだが。

「それはまたちょっと事情が変わるな。まず発言力どうのの話だが、そもそも絶対数が少ねえから、普通の国民と大差ない。それに、国政に興味を持たねえ奴が圧倒的に多いからな。自分の術を極めることにしか興味がねえ生き物だ」

 まあそれは確かに、そうかもしれない。

「嫌われてるってのは色々事情がある。元々何考えてんのか分かんねえし、感情の起伏もあんまりねえし、誰も彼も真っ黒なローブを着るから不気味だしな。それに加えて、150年くらい前だったか、魔術師が内乱を起こしたことがある」

 それはちょっと意外だ。国政に興味がない、と言っていたのに。

「当時まだ若かった3人の魔術師が、国王を弑逆(しいぎゃく)した。今でも語り継がれる最悪の事件だ」

 国王を殺すなんて、そんなとんでもないことをしでかしたのか。なるほど、今でも魔術師が嫌われているのも納得だ。

「どっちかっつーとその後がな。急に王が死んだから、次どうすんだって話になって、王弟と王の息子で血を血で洗う内乱が起きた。ま、そのきっかけを作ったって意味でも、その魔術師たちは大罪を犯したことになる」

 アデルは煙草の灰を灰皿に落として、ふうと煙を吐く。

「その事件から、魔術師の立場が全体的に悪くなった。悪し様に言う奴も増えたし、蔑視する奴も多い。魔術師の魔力に頼ってる部分も多いんだがな、王族を殺したってのがまだ尾を引いてるんだ」

 …それなら仕方がないことかもしれない。

「だが、国としては優遇していることは多い。魔術学院の卒業生には色々良い待遇が与えられるし、魔術師ってだけで給金の額も跳ね上がる。良い思いはさせとく必要があるんだ。魔術師が徒党を組んで本気で国を落としにかかったら、すぐに国なんて壊滅する。…というか、お前1人で可能だろうけどな…。そういう歪みが、また一般市民の反感を勝ってんだよ」

 だから兵士たちはああいう態度だったのか。


「簡単に言うと、これが大まかな歴史だ。その分厚い本には色々書かれちゃいるが、ここ数百年何度か大きな戦争をしながら、国土を増やしてきたってことだけ覚えてりゃいい」

 本当に助かった。ある程度分かった状態なら、本を読むのも多少楽になる。飛ばし読みできる場所がわかっていれば気も楽だ。

 ぺこぺこ頭を下げると、アデルは小さく笑った。

「歴史なんて大して知らなくても何とでもなる。これからどんどん他国を侵略して地図の形も変わるからな」

 どうしてこんなにも戦争するのだろう。

「さあな。俺にはわからん。興味もない」

 …アデルはどうして兵士になったのだろうか。

「家を飛び出して、行くあてがなかった。兵士になれば隊舎で生活できるし服も与えられるし、食うにも困らねえし」

 どうして家を飛び出したんだろう。

「…俺の話はいいだろ」

 額を指で小突かれた。教えてはくれないらしい。


「それで、そっちは何だ?」

 机に置いていたもう一冊の方を、アデルの手が掴んだ。

「風習?ああ、なるほど」

 少しは読んだのだが、こちらも頭に入れるのが難しくて。

「こっちはちゃんと読んどけ。後から聞いたが、あのパーティーの時、ホール脇の2人掛けの椅子に座ったそうだな」

 それは、その。だって知らなかったから。

「イザークが座ったから良かったものの、いや、良くはねえ、最悪だ」

 眉間に皺を寄せて、アデルはこちらを睨み下ろした。顔が怖いんだからその顔はやめて欲しい。

「風習は頭に叩き込め。もう二度とああいう機会は無いとは思うが」

 はい、と深く頭を下げる。

「だが長い目で見れば、ダンスのひとつくらいはできた方がいいぞ」

 そうだった、この国は結構ダンス文化だ。

「街で祭りがあれば踊るし、何かパーティーが開かれれば踊らされるし、結婚式でも踊らされるし」

 アデルも辟易した表情で言っているあたり、ダンスは嫌いなようだ。

 ダンスにも色々種類があるんだろうか。

「公式的な場所で踊るダンスは1種類だ。その他は祭りの種類で様々だからな…大抵、見て覚えてその場に飛び込むって感じか」

 この国の人たちはそれで慣れてるから、それが当たり前にできてしまうんだろうな。私には無理だ…。

「立ってみろ」

 アデルは煙草を消して、その場に立つ。言われた通りに立つと、アデルの前に誘導された。

「パーティーで踊るようなのが一番単純にできてる。老人でも踊れるようにってな」

 手を掴まれて、向かい合う。あれ、もしかしてレクチャーしてくれるのか?

「四角く動くイメージだ。男側が左足を出すから、女側は右足を下げる」

 私が右足を下げると、アデルは左足を一歩出した。

「その足に左足を揃えて、今度は左方向に一歩だ」

 靴の修理がまだなので、ふらついてしまうが、アデルに手を掴んでもらっているからまだなんとかなっている。

「今度は前に、左足から」

「最後は右に」

 言われた通りに四角く一周すると、アデルはこくりと頷いた。

「それだけだ。簡単だろ」

 確かにこれなら簡単だ。私でもできそう。

「ただ、やっぱ小せえな。俺がでけえのもあるが、歩幅が合わねえ」

 そりゃあそうだろう。ゆうに30センチ以上の身長差なのだ。更に言えばアデルは足が長いが、アジア人の標準体型の私は足が短い。泣きたくなるほど短い。

「本番だとこのステップで、軽く回転もする。あと腰に手を回す」

「……」

 アデルの右腕が腰に回った。こちらの人は多分慣れてるから、ちょっと密着したくらいで照れたりはしないんだろう。しかし私は生粋の日本人、誰かとそうベタベタしたりしない。特に異性とは。体がビクッと跳ねて、ガチガチに固まってしまう。

「お前も腕を回せ。左だ」

 おずおずと腰に腕を回す。結構密着する。

「この状態で、音楽に合わせて動く。そうそうこんな機会はないだろうが、覚えておいて損はない」

 体が密着するから、アデルの低い声が自分の中から聞こえるみたい。わあ、心臓がうるさい。

「どうした」

 不思議そうな声と共に、腰に回されていた腕が離れた。きょとんとした顔をしたアデルは私の顔をまじまじと見て、直後鼻で笑った。

「…何だお前、この程度で赤くなってんじゃねえよ」

 いったい!ばちんとデコピンされた。くそ、このゴリラが!

 額を抑えて痛みに耐えていると、アデルはお茶の入ったカップを手に持ち、私の頭をがしがしと掻き回した。

「じゃあな、俺は仕事に戻る。勉強、しっかりやれよ」

 乱れた髪を直して顔を上げた時には、既にアデルは部屋に居なかった。

 …なんだかなぁ。

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