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21.病院見学

「案外あっさり終わりましたね」

 建物の外に出ると、初めにフォルカーさんが口を開いた。

「もっと突っ込まれるかと思っていました」

「【蝙蝠】にいたことを早々に言われたからな…面倒ごとだと思われたんだろう。実際そうだが」

 シュナイダー副長の言葉には棘がある。この棘がいつか無くなればいいのだが。


 会合は結局2時間ほどで終わった。時刻はだいたい16時ごろだろうか。外は若干夕方に差し掛かっていた。

 この国に四季があるかはわからないが、最近徐々に寒さを感じるようになってきた。これから冬が来るのかもしれない。日が落ちるのも早くなってきたように思う。


 会合の内容は殆どわからないことばかりで、ただ突っ立っていることしかできなかった。結局暇な時間になってしまった。

 しかし何となく、彼らの話ぶりで分かったこともある。

 あの場に不在だったのは第5大隊と第6大隊、第10大隊。第5・第6は北方の前線基地にいて、第10大隊は我々が落とした砦を守っている。

 数字が小さい方が偉いというわけでは無さそうだったのだが、あの場を取り仕切っていたのは第1大隊の大隊長だ。

 会合の間、アデルは殆ど口を開かなかった。話を振られた時以外はずっと黙っていて、自ら何かを発言することはなかった。何となく、あの場では発言力が弱いのだろうと感じた。


「さっさと戻るか」

 アデルは煙草に火をつけて、ふう、と大きく息を吐き出した。疲れた様子に見える。

「アデル、すみません、ちょっと」

 フォルカーさんが手を上げて、アデルの歩みを制した。

「サヤさん、医学書を読んでいらっしゃいましたが、医療魔術に興味はおありですか?」

「……?」

 こくりと頷きを返す。でも、何故今確認したのだろう。

「この後時間があるのであれば、軍立病院に行きませんか。医療魔術に興味があるのなら、実際に現場を見てみた方が良いでしょう」

 それは是非、見てみたい。

「アデル、サヤさんを少々お借りしてもよろしいですか?」

「ああ、構わねえ。あまり遅くなるなよ」

 なんだか、お母さんみたい。ふふ、と笑うと、アデルは不思議そうにこちらを見下ろしたが、何も言わずに馬車の方へ戻って行った。


 ◇ ◇ ◇


 軍立病院は、会合をしていた軍事施設の場所からほど近く、歩いて10分ほどの場所にあった。


 白い壁、白い床、私のよく知る病院と似たような内装の、巨大な建物だった。大学病院とかに近いと思う。

 移動中にフォルカーさんがざっと説明してくれたが、軍立、と名前がついているものの、兵士だけではなく市民の緊急治療も行っているそうだ。だが、患者の大多数は戦地から帰ってきた兵士だという。

 大抵の怪我は戦地で衛生兵が治療するそうだが、あまりに酷い怪我の場合は軍立病院に移送するらしい。戦場が遠ければ遠いほど、生存率はかなり下がる。だからこそ、衛生兵の医療技術は高くなくてはならない。そういう教育も兼ね備えた施設なのだそうだ。


「私はどうも、血が苦手でして。あなたの拷問も、本当は立ち会いたくなかったんです」

 フォルカーさんは苦笑して言った。

「ここで、私の師が働いています。私はこの道に進めませんでしたが、師は医療の専門家です。彼に師事すると良いでしょう」

 フォルカーさんの、師匠。きっと凄い人に違いない。

 廊下を歩きながら、周囲をきょろきょろと見渡す。ここで働いている人たちは、皆白い服を着ていた。その隙間を患者らしき人々が歩いている。

 手や足を失った者や、体に大量の包帯を巻いた者や、皮膚が焼け爛れた者。痛ましい光景だ。

 フォルカーさんは、廊下に並ぶ扉の一つの前で立ち止まり、こんこんとノックした。

 返事は無い。しかしフォルカーさんは気にした風もなく、扉を開けた。


 中は酷く散らかっている。医学書や模型、薬品の入った瓶。狭い室内に所狭しと物が溢れ、奥のベッドの上でうつ伏せで眠る人影がある。髪は白い。

「師匠」

 フォルカーさんが肩を揺する。何度か揺らすと、寝ていた人物の頭が突然ガバッと持ち上がった。

「んがっ、急患か!」

 彼は慌てた顔でこちらを見上げる。歪んだ眼鏡をかけた、40代くらいの痩せた男性だ。髪はボサボサで、目の下には濃い隈がある。疲労の色を感じた。

「む?フォルカーか。やっと俺の下で働く気になったか」

「いえ、違います」

「お前には才能がある!俺が全て教えてやる!」

「いえ、だから、違います」

 フォルカーさんは淡々と手で制す。

「私の弟子が医療魔術に興味があるので、現場を見せにきました」

「…弟子?…弟子!?」

 ぽかんとフォルカーさんの顔をまじまじと見つめて、「いつ弟子をとった!」と彼が叫ぶ。

「半年ぶりに顔を見せたと思ったらこれか!お前のそういうところは良くない!軍に入ったのも反対だったんだぞ!」

 寝起きだというのに、声量が凄い。

「くそっ、俺に黙って…いつの間に弟子なんて…」

 今度は悲しそうに顔を覆う。魔術師でこんなに感情豊かな人を見たのは初めてだ。

「あの、話聞いてます?」

「………弟子って」

「はい?」

「弟子ってどいつだ」

「私の後ろに立っています」

 初めて彼と目が合った。驚いたような視線が、徐々に胡乱なものになる。

「これが弟子か?」

「はい」

「女か?」

「見ての通りです」

「使い物になるのか」

「わかりません。今日一日、現場を見せてやってくれませんか」

「……」

 むすっとした目で睨まれた。

 よろしくお願いします、と頭を下げながら伝える。顔を上げると、相手は変な顔でこちらを見ていた。


 ◇ ◇ ◇


 後で迎えに来ます、と言って部屋から去っていったフォルカーさんを2人して見送った後、部屋には沈黙が流れていた。

「お前、名は」

 そのままたっぷり3分ほど経過した後、そう問われた。サヤです、と答える。

「サヤか。俺のことは師匠と呼べ」

 はい、と頷く。

「お前、どういう経緯でフォルカーの弟子になった」

 どう話せば良いか迷うが、端的に言えば「成り行き」だ。

「成り行き?じゃあ何でこの道に興味を持った」

 正直なところ、高尚な理由は無いのだ。ただ、できることを増やしたいと思ったから。師匠はふうん、と変な顔で頷いた。それじゃダメだと言われるかと思ったのに。


 ベッドに座ったままだった師匠は、ゆらりと立ち上がった。ひょろりとしていて背が高い。猫背気味だが、180センチ以上はありそうだ。

「見たところ大隊に所属している兵士だな。衛生兵にでもなりたいのか?」

 そういうわけではない、ただ、何かの役に立ちたいのだ。

「声が出ないのは何故だ」

 生まれつき、と答えようとしたが、その前に顎を掴まれた。

「口を開けろ」

 無理矢理口を開かされた。じいっと喉の奥を覗き込まれる。

「喉に異常は無いな。これなら音くらいは出せるだろう。それができないなら、精神的なものか?」

「……」

 迷ったが、頷く。

「声が出せないなら、この仕事は向いていない。諦めろ」

 えっ、と師匠の顔を見つめる。

「医療現場は連携が重要だ。声で伝えるのと文字で伝えるの、どちらが速い」

 それはもちろん、声だ。

「そうだ。悠長に文字を読んでいる時間などない。才能が無いから帰れ」

 言葉を失い、立ち竦む。私が動かないのを見て、師匠は顎に手を当てる。ぽりぽりと無精髭の生えた顎をかいて、彼はこちらを睥睨した。

「嫌か」

 頷く。

「嫌なら、道は一つだ」

 細長い人差し指が、私の額を指差した。

「連携がいらない医者になれ。1人で全てこなせば、声が出ずとも支障は無かろう」

「………」

「それくらいの覚悟が無いなら、この道はお前には向いてない。ああ、フォルカーなら向いていたのに…。こんな使えない弟子を寄越すとは、あいつも手を焼いているんだな…」

 なんだかとても、猛烈に悔しくなってきた。天を仰いでいる彼の服の裾を掴み、引っ張る。

「何だ」

 やります、と返答する。彼は「そうか」とだけ返して、部屋を横切って出入り口の扉に手をかけた。

「突っ立つな、行くぞ」

 慌てて彼の後ろを追いかける。なんというか、フォルカーさんとは似ても似つかない人だとは思った。


「戦場で治療するのは病ではなく、殆どが外傷の類だ。つまりどういうことかわかるか」

「……」

「切り傷、刺し傷、裂傷、擦過傷、火傷、骨折、切断、そういったものだ」

「……」

「消毒し、止血し、切除し、縫合する。大まかにいえばそういう傷だ。魔術で行う場合、人の手で対処するより短時間で対処可能なことが多いが、コントロールの難易度が跳ね上がる。だから魔力の消費よりも、精神力の消費が大きい。器用なフォルカーには向いていたのだが…」

「……」

 口を挟む間がない、というか、師匠はまるで独り言のように矢継ぎ早に喋り続けていて、私の方を振り返らない。先程から廊下をすたすたと歩く師匠の後ろをついていくので精一杯だ。

「あいつは血がダメだ。何度手術に立ち合わせても慣れなかった。毎度毎度ぶっ倒れる。それなのに軍に入りやがった。意味がわからん」

 フォルカーさん本人も、血が苦手だと言っていた。確かにそんな人が、兵士として前線にいるというのも不思議な話だ。

「まあ、フォルカーにどれくらい説明されたかは知らんが、この軍立病院では緊急性の高い怪我人の治療と、戦場から帰還した兵士たちの治療と療養を行っている」

 彼の手が扉の一つを開けた。その部屋はかなり大きな空間を占めており、所狭しと簡易ベッドが並べられている。ベッドで横たわるのは男性ばかりで、血の滲む包帯を身体中に巻いている。複数の微かな唸り声がここまで聞こえて、本能的に恐怖を感じた。

「ここは帰還兵の部屋だ。重い怪我の連中が多い。俺の仕事の多くは、この部屋の連中が日常生活に戻れるように治療することだ」

 師匠の目がこちらをちらりと見下ろした。

「今日は手術が1件入ってる。病巣の摘出手術だ。取り敢えず見学で入れ。血や臓物に慣れる良い機会だ」

 少しばかりその言葉に尻込みした。

「今なら辞められるぞ」

 眼鏡越しに、黒い瞳と目が合った。深海のような静かな瞳だ。

 迷いつつも、やめません、と首を振って伝えると、ふん、と鼻を鳴らされた。

「いつまで続くか見ものだな」

 彼はそう言って、再び廊下を歩き始めた。


 ◇ ◇ ◇


「倒れなかったな」

「……」

 手術は僅か1時間だった。本当に1時間だったのかと思ってしまうほど、私にとっては長い時間だった。


 手術は、病に犯された内臓の一部を切除するというもので、腹を開け、病巣を切除し、縫合して、閉じる。簡単にいえばそれだけなのだが、見慣れない色々をみて、血の気が引いて貧血気味だ。倒れはしなかったものの、倒れそうにはなった。


 手術室の外の廊下で、しゃがみ込んだまま動けなくなった私に、師匠はつらつらと言葉を投げかける。

「体の中は綺麗だ。血管を傷つけなければ、出血も少ない」

「……」

「戦場の方がきついぞ。抉れたり、千切れたりした人体の治療は、かなり凄惨だ。出血もなかなか止まらないし、手早くしなければ失血死する。治療のしようもないことも多い」

「………」

「剣を振り回す兵士は外傷が絶えんが、それより面倒なのが骨折だ。鎖帷子や鎧で守っていても、衝撃を無くせるわけじゃない。複雑骨折なんてのは面倒だな。砕けた骨が内部を傷つける。内臓を酷くやられてれば、俺でも助けられん。ここにいるよりも、戦場の方がより死が身近だ」

「……」

 嘘偽りのない感情で言えば、この場に来たことを後悔している。

 私には荷が重い。軽い気持ちで来ていい場所じゃなかった。


 師匠は、手術の間、患者に一切触れなかった。魔術で腹を裂き、病巣の周囲を取り除き、皮膚を完璧に等間隔に縫った。美しい手腕だった。フォルカーさんが彼を紹介した理由がわかった。

 早ければ早い方が、体への負担は軽く済む。彼は手術をしながら、そう口にした。命を助けるということは、その命を長らえさせるということ。


「それで、まだやる気はあるか」

「……」

 わからない、と返答する。初めから自信なんて無かったが、重みが心にのしかかる。

「素直だな」

 師匠が初めて笑った。ほんの少し、片頬の口角を上げただけだったが。

「初日で倒れなかっただけで上出来だ。明日朝起きて、まだやる気があるならまた来い」

 こくり、と頷く。すると、師匠に腕を掴まれ、その場に立たされた。

「今日はもう終わりだ。ほら、健康な奴は出て行け」

 そのまま出入り口まで連れて行かれ、建物の外に追い払われてしまった。しっしっと手を払う動作のおまけ付きだ。


 今はまだいっぱいいっぱいで、明日どうするかを考えるには、脳の許容量が限界だった。


 ◇ ◇ ◇


 外はもう薄暗い。

 フォルカーさんが迎えに来るのは何時か、聞いていなかった。遥か遠くの時計塔は18時半ごろを指している。

 病院の敷地は広く、正面玄関の周囲には庭があった。そこをゆっくり歩き、見つけた平たい岩に座る。

 そろそろ空腹になりそうな時間帯なのだが、一向に食欲が湧かない。今肉料理でも出されようものなら吐く自信がある。


 この国は、夜はそこまで明るく無い。街灯はあるにはあるが、間隔は広く、大通りを薄ぼんやりと照らしているだけだ。

 室内の灯りもそう強いものでもないので、街全体が日本の都会と比べて格段に暗い。しかしそのおかげで、星はよく見えた。ぼうっと空を見上げながら、先程から自問自答を繰り返している。


 自分はどうするべきか。

 果たしてこの道に入れるか。


 自分が怪我をしている分にはまだ冷静でいられるものの、誰かの体を切ったり縫ったりというのは結構辛い。麻酔しているから、相手は痛みを感じていないとはいえ、痛そう、と思ってしまう。それに、手術はあまりに繊細な動きを求められる。私は多分、不器用だから、人一倍努力しないとできない。

「…おい」

 突然話しかけられて、驚いて肩が跳ね上がった。肩どころか心臓も飛び上がった気がする。深く考え事をしていたから。


 声の方を振り返ると、アデルが立っていた。あれ、なんでいるんだろう。彼はもう軍服は脱いだようで、今は白いシャツに黒いズボンの、いつもの格好に戻っていた。

「フォルカーが来れなくなったから、気分転換がてらに代わりに来た」

 ああ、なるほど。

「こんな外で何してんだ。寒いだろ」

 言われてみれば寒い。指先がすっかり冷たくなっていた。

 座っていた岩から地面に降りて、アデルの前に立つ。どうしてここにいるとわかったのだろう。訊ねてみると、首を指差された。

「そいつで大体わかる」

 そういえば、最初に首輪を嵌められた時、そんなことを言われたような。

「まだ俺も飯食ってねえし、その辺で食って帰るか」

 そう言って、ポケットに手を入れたまま歩き出す。慌ててその背中を追いかけて、慌てたせいで脚がもつれて転んだ。

「お前なぁ…」

 腕を掴まれて助け起こされた。呆れた顔で、頬についた土を落とされる。こうして助け起こされるのは何度目だろう。

「…顔色が悪いな」

 アデルの眉間に皺が寄る。

「医者になんか教わってたんだろ。何してたんだ?」

 手術の見学をした、と伝える。

「どおりで。そりゃあそういう顔にもなるだろうな」

「……」

「無理して学ばなくてもいいんじゃねえか。真っ青だぞ」

 アデルはポケットに手を戻し、今度は私の歩みに合わせて歩調を緩めた。

「まあ、やってりゃいつか役に立つ日が来るだろうし、こっちとしては助かるが」

「……」

 何の気なしに言われた言葉だったが、それが心の中に引っかかる。

 横を歩くアデルのシャツの裾を掴んで、歩みを止めさせた。

「何だ」

 私が医療魔術を使えた方が、アデルは助かるのか。そう聞いてみる。

「まあそりゃ、使えるに越したことはねえが」

 アデルはそう答える。そうか、使えた方がいいのか。


 国の為に励めと言われたが、全くピンとは来なかった。

 誰かの命を救いたいとか、そういう気持ちもそう強くは無い。

 しかし、アデルやフォルカーさんの役には立ちたい。私が努力することで、彼らの恩に報いることができるなら。


 それなら、明日からも頑張ります、と伝えて、アデルの服の裾から手を離す。彼はきょとんとした顔をしつつも、そうか、と呟いた。

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