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15.ショッピング(1)

 細かく刻んだ野菜が少し入ったスープを渡され、喉に詰まらせないようにちびちびとスプーンで掬う。お腹はかなり空いていたが、2日空けての食事なら、あまり多くは食べてはいけないだろう。


 フォルカーさんはもう自室に戻った。普段通りの2人だけの、静かな空間になる。

「サヤ」

 声をかけられた。アデルの薄い青い目が、こちらを見下ろしている。

「3日、ずっと寝たきりってわけにもいかねえだろ。何かやりたいことがあるなら言え。俺ができる範囲でだが、都合はつけてやる」

「……」

 やりたいこと…と言っても、特に思いつかない。趣味は無い。首を捻って固まると、彼は向かいに置かれた自身のベッドに腰を下ろした。

「やりたいことや好きなことが、無いわけじゃねえだろ」

「…」

「昔は、…お前が自分の国にいた時は、何してたんだ」

 少し記憶が戻ったことで、はるか昔の出来事のように感じられる。


 学生をしていた。趣味はあの頃から特に無く、スマホのゲームで遊ぶくらい。パズルゲームが好きだった。仲の良い友人がいたから、強いて言えば彼女らと遊ぶのが趣味だったと言える。


 そんなことをざっくり伝えると、アデルは低く唸った。

「遊ぶっつってもな。お前に友人はいねえだろうし」

 おっしゃる通りだ。だが友達がいないとはっきり言われると、普通にショックではある。

「じゃあ、何をするのが好きだ」

 うーん、何が好きだろう。昔はカラオケが好きだったけど声は出ないし、買い物がてらの散歩も好きだったけど歩けない。そう伝えると、何やら憐れむような視線を向けられる。客観的に見れば、私、結構可哀想なのでは。ふとそう思った。

「…他に、やりたいことはねえのか」

 今はそうだな、読書は嫌いじゃない。フォルカーさんが、図書館、という単語を口にしたのを思い出し、図書館に行きたい、と告げる。

「王立図書館は、入るのに許可証がいる。許可が出るのは魔術学院の卒業生か、事前に申請を行った自国民のみで、審査も入る。だからそもそもお前は入れねえし、俺も興味がねえから許可証は持ってねえ。普通に本屋に行った方が良いだろうな。貴重な本が読みてえって訳でもねえなら、そっちで事足りるぞ」

「……」

 でもそれだと、お金がかかってしまうんじゃないか。そう尋ねると、アデルはにやりと人の悪そうな笑みを浮かべた。地の顔が少し怖いので、なんというか、…邪悪というか、圧がある。

「お前が魔硝石を作れんなら、金の心配はいらねえ。むしろ儲けがデカすぎて危ねえくらいだ。どこに睨まれるかわからねえからコッソリやれよ」

 言い方、なんとかならないのか。その口ぶりは犯罪に手を染める奴のそれだ。

「本屋か。明日連れてってやる。ついでに適当に街も案内してやるから、欲しいものがあれば買えば良い」

 それは楽しみだ。気分が高揚して、ありがとうございます、と伝えると、アデルは小さく笑った。先程の笑みとは違う、穏やかな笑みだ。

「それ食い終わったら、さっさと風呂入って寝ろ」

 こくり、と頷く。

 優しくしてくれるのは、憐れみからなのだろうとは思う。それでも、その優しさが酷く身に染みた。


 ◇ ◇ ◇


 翌日は、少々早い時間に起こされた。

「人が少ねえ時間に出る。また隊員にじろじろ見られちゃ溜まったもんじゃねえ。朝飯も外で食うぞ」

 まだ眠い目を擦って、あくびを噛み殺す。立ち上がって杖を探すと、アデルに杖を渡された。顔を洗って、服を着替えなくては。


 ベッドの隅に畳んである服を掴んでよろよろと立ち上がり、ず、ず、と足を引きずって歩く。ぼうっとしていたので、ベッドの足に右足を引っ掛け、床に倒れてしまった。動かないくせに邪魔にはなる。面倒なことだ。

 うう、と物理的に声にならない呻きを心の中で漏らしながら、体を起こす。その時に無駄に長い髪を肘で踏み、頭皮を引っ張られる痛みに悶えた。

「鈍臭え」

 一連の流れを見ていたアデルに、呆れた声で助け起こされた。そのまま脇に抱えられ、浴室の方へ運ばれる。中に入れられ、扉が閉じられた。私は確かに鈍臭いが、彼は彼で乱暴だ。

 顔を洗い、白いシャツと緑のスカートに手早く着替えて、浴室から出る。椅子に座っていた彼はチラッとこっちを見たが、すぐにローブを投げて寄越した。

「着ろ」

 それを羽織って、どうにかこうにか動ける体勢になった。先日のようにアデルに背負われ、まだ人通りの少ない隊舎の廊下を抜け、我々は街へと繰り出した。


 私は馬に乗せられ、それをアデルが引く。これも先日と同じだ。

 白いでこぼこの石畳、石と木のさまざまな建物たち。朝日で照らされる通りを、ゆっくりと進んでいく。空気は澄んで、あまりの気持ちよさに馬上で眠ってしまいそうだ。

 朝早い時間だが、大通りは賑わっていた。この時間は朝市が開かれているようで、魚や肉、野菜や果物が売り出されている。見たことのない海洋生物や、血の滴るような赤い肉に、驚きつつも目を奪われた。そして、市を訪れる客のためなのだろう、まばらに屋台が出ていて、簡単に食べられるような食事を振舞っていた。

「食いてえもんはあるか」

 ええと、何があるのかわからない。私が困った顔をしているのを見て、アデルは質問を変えた。

「じゃあ、食えねえもんはあるか」

 特には無いが、臭みの強い肉は苦手だ。そう返すと、アデルは近くの屋台から、新鮮な魚の切り身と生野菜がサンドされた、フランスパンのような物を買ってきた。

「近くに公園がある。そこで適当に時間を潰すか」

 頷きを返す。さっきまでは眠かったはずなのに、美味しそうな匂いで目が覚めてきた。

 15分ほど街中を歩くと、少しばかり開けた場所に出た。公園は周囲を生垣で囲まれており、中には座れそうな大きな岩やベンチが置かれていた。殆ど人影は無いが、昼時などは賑わいそうだな、と感想を抱く。石畳を通り、奥まった場所にあるベンチで、アデルは私を馬から下ろしてくれた。

 並んで座って、2人して朝食を食べ始める。2人同部屋で生活し始めて僅か数日だが、彼との食事は私にとって日常になっていた。日常になると、それがあるだけで落ち着けるというものだ。


 そういえば、隊舎で出てくる野菜は、全て火が通っている物だった。かつて私がいた場所でも、…常に同じ献立だったのだが、火が通っていた。生野菜は久しぶりに口にする。

 レタスのような葉と、薄く切られた根菜と、薄く切られた魚が何枚か挟まっている、硬いパンのサンドイッチ。

 いつものように、私よりもずっと早く食事を終えたアデルは、煙草を口に咥えた。


 沈黙はそう苦ではない。何故なら喋れないから。気を遣って話をする必要もなくなったので、全く気にしなくなった。

 しかしアデルの方はそうではないらしく、2人でいる時も良く話しかけてくる。大抵は雑談というより、私の出自や、魔術についての確認のためのものだったが。

「それで、どんな本が欲しいんだ」

 今日は少し違う。彼は煙を目で追いながら、呟くように聞いてきた。

 魔術の本が欲しい、と答えると、彼は苦笑する。真面目か、と軽く突っ込む様に言われて、私も釣られて笑ってしまった。

「今日は馬で来てんだ、何冊でも買って帰れる。魔術の本だけが欲しいのか?」

 うーん、と首を捻る。昔も、あまり本は読んでこなかった。強いて言うなら、小説は読んでみたい気もする。それから、少し毛色が変わるが、医学書も読んでみたい。そう返すと、アデルは不思議そうに「医学書?」と問い返してきた。

「そんなもん、必要か?」

 こくりと頷く。魔術で治療というものができるらしいというのを、魔術理論の本で読んだ。ただ、治療において魔術でできるのはあくまで「物を動かす」ことなので、例えば切り傷を治したいなら、出血場所を見極めて止血しなければならない。実物の糸などを使って縫い合わせれば、魔力を流し込まなくとも、本人の治癒力に任せられる。やっていることは手術と同じだが。そんなことをざっと説明すると、彼はふうん、と呟いた。

「まあ、使えそうな技術か。てっきり足だか喉だかを治してえのかと思ったが」

 それはもうどうにもならない様な気がするが。顎に手を当ててじっと考え込むと、アデルは言葉を続けた。

「足はまだしも、声がな。話をするのも一苦労だろ」

 うむ、と頷く。

「代償がどうのとか言ってたが、逆に魔力を代償にして、声を戻すことはできねえのか」

 考えたことがなかった。どうにもならないことなのだと受け入れてしまっていたから。

「俺は魔術なんかは専門外だからな。よくわからねえが、フォルカーが調べるっつってたし、そっちに期待してもいいんじゃねえか」

 声が戻るなら、なんて幸せだろう。表情が明るくなるのが自分でもわかる。

「まあ、俺はあんまり本は読まねえし、興味もねえからな。時間はあるから好きに選べ」

 本を読まないと言っても、執務室には大きな本棚があり、ぎっしり本が詰まっているじゃないか。そう返すと、アデルはニヤリと悪い笑みを浮かべた。

「大隊長室だぞ、威厳ってのも必要だろうが」

 つまりは、読んでいないらしい。


 ◇ ◇ ◇


 私の知る本屋とは、さまざまなジャンルを網羅して販売している場所、だったのだが、こちらは少々事情が変わるようだ。細い通りに、小さな本屋が密集している場所がある。それぞれの本屋が、何らかの部類の本に特化している、らしい。

「魔術書は別の通りにあるが、大抵のものはここで揃う。付き合ってやるから、好きなもん選べ」

 本にそこまで興味を持っていなかったはずなのに、数々の本屋が軒を連ねるのを見て、気分が高揚してきた。まずは1軒目。ここは小説が置いてある本屋のようだ。手近な本を手に取り、パラパラと捲る。あちらの本は、大抵あらすじがどこかに書いてあるから、内容に興味を持つまでが早かった。が、こちらの本はそんなこともなく、表紙の装丁も同じような感じで、色が違うだけ。ここから本を選ぶのは至難の業ではないか。どうしたものかと迷っていると、店長らしき男性が声をかけてきた。

「珍しい、魔術師のお客さんかな」

 頷きを返すと、彼はこちらに近付いてきた。本当に本屋か?と疑いたくなるような、背の高く筋肉質な男性だった。

「何か迷ってるようだけど、欲しい本があるのかい」

 いや、欲しい本があるわけでは無いのだ。首を振ると、彼はふむ、と首を捻った。そうだ、おすすめの本を聞いてみたらいいかもしれない。宙に文字を出して、おすすめの本を出してくれないか聞いてみる。私が声を出さずそんなことをしたせいで、彼は一瞬面食らった表情をしたものの、直ぐに気を取り直したように「ああ、いいよ」と頷いてくれた。

 彼は店頭に並ぶ本を4冊ほど取り、私にプレゼンし始めた。どれもなかなか分厚い本だ。恋愛小説多めなのは、私が女性だったからだろうか。

「どれも読んだけど、面白かったよ。僕のおすすめさ」

 一通り説明されて、それぞれの本を手に取り、最初の何ページか読み進めてみる。時間はたっぷりあるし、全部読んでみてもいいかもしれない。ちらりと背後のアデルを見上げると、軽く片眉を上げて頷いた。

 全部ください、と言うと、店長はにっと笑った。アデルが代わりに代金を払って、買った本を馬に括り付けた鞄に入れる。隣の店もどうやら小説らしい。何冊か手に取ってみたが、先ほどの店のものと比べると、文体が重く、純文学的な物を感じた。しかしそれも面白そうで、薄めの本を2冊買ってみる。


 案外直ぐ買い物は終わるかな、と思っていたが、ついつい立ち読みが捗る。特に医学書は難解で、なるべくわかり易いものを…と探していると、かなり時間を使ってしまった。迷った挙句3冊になり、どれも大判の本で分厚く、「こんなに読めんのか」「まずお前、こんな重いもん持てねえんじゃねえか」とアデルに小言を言われてしまった。


 通りを抜けると、今度は魔術書がある方へ案内してもらう。

 どうやらその一帯は魔術師向けの商品が並ぶ場所のようで、通りに怪しげな黒いフードを被った人影が増えた。——いや私もそうか、と気付いて、どうして魔術師はこんなに怪しげと言うか、暗い印象なのだろうかと不思議に思った。

「……」

 あ、通りに、あの魔硝石というのが売られている。それに気付いて、馬の上からアデルの髪を一房掴んで、軽く引っ張った。ここから届くのはそれだけだったから。

「何だ」

 魔硝石の方を指差して、見てみたいと伝える。彼は「ああ」と頷いて、私を地面に下ろしてくれた。


 魔硝石は、薄く黒く色付けされたガラスのような透明な石だ。それが綺麗な正八面体の形になって、店先に積み上げられている。

「これはまだ、魔力がこもってねえ空の魔硝石だ」

 耳元でアデルがぼそぼそ説明してくれた。魔術師にこんなことを説明している構図は、側から見たら妙に見えるだろう。だからか、アデルの声はかなり小さい。

「あそこに色がついてるもんがあるだろ。赤いのが火、青いのが水…て感じで、魔力の属性で色が変わるんだ。白いのは純粋な力だけのもんで、一番使われてる石だ」

 ふむふむ、と頷く。

「例えば、風呂の湯を出すときは、間に火の魔硝石を咬ましてる。石の大きさで温度が変わんだ。石は全部で7規格ある。一番でかいのが第1規格、小さいのが第7規格だ。熱湯が必要な場所では、でかい石を使ってる。洗濯は水と風だな。洗剤を入れんのは機械だが、機械を動かしてんのは白い魔硝石だ」

 へえ、なるほど。感心して頷いていると、店の奥から不審な視線を向けられているのに気付いた。…店の前で商品を見ながら、ボソボソと小さい声で話している客など、「怪しい奴」を絵に描いたような構図だ。強盗かと疑われているかもしれない。

 アデルのシャツを軽く引っ張って、馬の方に戻る。魔術師は何となく怖い。

「買わねえのか」

 うむ、と頷く。どうせそのうち、フォルカーさんが持ってきて、魔力を入れる訓練をするだろうから。


 その隣の店は、黒いローブを売っているようだ。何で黒ばっかりなんだろう。ピンクとか黄色とか、可愛い色は無いのか。いや、めちゃくちゃ派手だろうから、着たいというわけでは無いのだが。

 何で黒しかないんだろうと、試しにアデルに聞いてみる。彼も首を捻って、さあ、と答えた。

「当たり前に全員黒いからな。疑問に思ったことすらねえ」

 他の色は無いのかな、と店の奥をチラチラ覗いてみる。ただただ黒いローブが並んでいるだけだ。なかなかに異様な光景だと思う。

「そういえばお前、ローブは1着しか持ってねえだろ。要らねえのか」

 言われてみれば必要、なのかもしれない。確かに、と頷くと、お店の前に連れて行かれた。店先に並んでいるいくつかの黒いローブをじっと見下ろして、アデルは私の顔の位置まで身を屈めた。

「…お前、違いはわかるか」

 ギリギリ聞き取れるかどうかという小声に、ふるふると首を振る。私にも全部同じに見えている。中のひとつを触ってみるが、ただの黒い布。

「…お前のとは素材が違うか。それくらいしか判別できねえんだが」

 私にも判別できない。こくこくと頷く。

 私が着ているものの方が、おそらく質は良いのだろうと思う。いっそ、これと同じものありますか、と訊いた方が手っ取り早いのでは。

「……」

 お店の奥にいる店主は老人で、煙管をのんびり吸っている。こちらに気付いているのかいないのか、しかしこちらには視線を向けず、その場でただ無言で座っているだけだ。

 迷いつつ、店の奥に足を踏み入れる。恐る恐る老人に「すみません」と文字を見せるが、彼はそれには気付いていないようで、無反応だ。

「あの」

 代わりにアデルが声をかける。老人は顔を上げた。

 私が今着ているのと、同じ素材のローブが欲しい、と文字で伝える。老人は「んん〜?」と声を上げ、文字のあるあたりをじっと見つめた。

「今こいつが着てるローブと、同じ素材のローブが欲しいんだが」

 アデルが伝え直してくれた。老人はああ、はいはい、と答えて、私のローブを確認すると、店の中にかかっているローブを漁り始める。それを横目に、アデルにはお礼を言っておいた。彼が一緒でよかった。


 程なくして、老人から渡された黒いローブは、確かに私が身につけているものと同じ素材のものだった。触っただけでちゃんと分かるものか、と驚く。それを高く掲げて広げてみると、裾が地面につきそうなほど長い。私がこれを着たら、裾を踏んでしまうだろう。

「うちは裾上げはしてないよ。魔術師だったらそれくらい自分でやりな」

「……」

 魔術師、逆に面倒な生き物なのでは。そう思わずにはいられなかった。

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